第十話 私たちの知らない、「これから」
第十話 私たちの知らない、「これから」
夕方。放課後の、帰宅の時間帯である。
不知火と雪羽の住むマンション、その玄関の、オートロックの外でその人は待っていた。
「ええと。夕矢くん?」
背の高い少年だった。まだ中学生ということを知っていなければ、相手のほうが年下であるという感じはあまりない。
それなり以上には身長があるつもりの、不知火が更に見上げるかたちになる。大きいなぁ。率直に、素朴にそんな感想を抱く。
「どうしたの? うちの前で」
こちらからかけた声に気付いて、友人の弟である彼は振り返る。
どうも、と小さく会釈をして。背中に背負った黒いナイロンの、ギターケースが一緒に揺れる。
「まだ、雪姉帰ってないみたいで」
「雪羽が? ……ああ、そういえば」
今日は駅のむこうのスーパーまで足を伸ばすって言っていたっけ。なんでも月に一度の特売だとか。
「これ」
「?」
なるほど。誰も家にいないから、彼はここで待ちぼうけを強いられていたわけか。ひょっとして長く、待たせてしまったのだろうか?
不知火が理解し、心配するとほぼ同時、夕矢は手に提げていたスーパーのビニール袋包みをこちらに向かい、持ち上げる。
「これは?」
「オレンジ。長野に住んでるおじさんに大量にもらったから雪姉たちのとこに持っていけって、母さんが」
おすそ分けしろって。
手短に、そっけない調子で彼は言う。
早く受け取れ、という感じに、ビニールを鼻先へと突き出してくる。
「ああ、うん。ありがとう」
幾度かこうして言葉を交わしてはいるけれど、よくわからない子だな、というのが彼に対する素直な感想だった。
簡潔で、淡々としていて。今だって、袋を受け取った不知火に対しては小さく頷くばかり。
そりゃあたしかに、雪羽や彩夜に比べたら接した回数なんかはまだ全然だし、距離を掴みかねているのかもしれないけれど──……。
「じゃあ」
「あ。よかったらうちに上がっていく? もうすぐ雪羽も帰ってくると思うよ」
どうせ来たのなら自分よりも雪羽と話せたほうがいいだろうと、不知火は水を向ける。
しかし少年は首を左右に振って、
「どうせ店で会うし」
それじゃあ、と踵を返す。
店で──……?
「ああ、そっか」
そういえば期末テスト、雪羽も無事にノルマの点数はクリアできたんだっけ。その納得が、不知火の、彼を呼び止めようと発しかけた声を押しとどめる。
まあ、幼なじみだしね。そういうものか。じゃあ、いいのか。
そんな素朴な納得。
オレンジが、ビニール袋の中で、がさりと音を立てる。
夏服の制服にあわせた、くるぶしまでのソックスから露出した膝上の素肌に、夕方の風が気持ちよかった。
* * *
「そーそー。あのオレンジ、おいしかったよねー。全然苦みとかしぶみとかなくってさ。すんごい甘かった」
仕切りになっている隣の壁の、反対側から、雪羽の声が聴こえてくる。
するり、と。幾度かの衣擦れの音を重ねながら。
「ん……と。これでいいのかな」
どこか、おかしいところはないだろうか。
素肌の殆どを露出したその恰好で、奥面に貼り付けられた姿見の鏡と自分とを見比べる不知火は、試着室の中にいる。
「ユウくん、あれでけっこう人見知りですから。口下手というか」
そして外界とこちらとを隔てるカーテンの向こうから、彩夜の声。
姉である彼女が言うからには、そうなのだろう。もちろん不知火だって、夕矢くんに対して別に悪感情を抱いているわけじゃあない。接していて、純朴な子なんだろうなぁ、と思ったりもしている。
だいたい。人見知りとか口下手を言うなら、不知火自身もあまり人のことを指摘できたものではない。
「お姉ちゃん、着替えたー?」
「うん。えっと、たぶん大丈夫」
おかしなところ、ないよね。再度自身の全身を見回して、確認をする。
正直、これでいいのかどうかはわからない。自信はない──そう思いながら、外界から空間を閉ざしていたカーテンを、引く。
「どう……かな?」
そうして、姉妹がふたつの開かれたカーテンに、並び立つかたちになった。
水着姿のふたり。
不知火は、シンプルな赤。もともと好きな色だから、なんとなく。腰のところに黒の飾りリボン、ひとつ。
一方の雪羽は、白と黒のモノトーンストライプの水着。下半身には、マリンデニムのショートパンツも重ねて。
彩夜の前に立つ。
駅前のショッピングモール。
七月の水着売り場にて。次の日曜のため。期末テストの打ち上げに、また一学期お疲れ様会に、皆でプールに行くのだ。
「おおー。お姉ちゃん、すごーい」
「そう、かな?」
「うん、すんごい大人っぽいよ。すっごい、きれい」
なんだか、語彙力低下してない? と妹に対して思いながら、なんだか気恥ずかしくて、不知火は頬を掻く。
水泳部員だから、別に水着には慣れっこだけど。
こう、しげしげと見つめられるのにはむしろ慣れていない。普段の着衣とは違って、不知火にとっては水着はどちらかというと、競技のための衣装だから。
「水着なら別に持ってるのに、何枚も」
「ダーメ。それ、競泳用でしょ。あたしたちが行くのはレジャーだよ。遊ぶんだよ。楽しむんだよ。めいっぱい、きれいだったり、かわいくなきゃいけないの」
まあ、そういった点ではその水着で十分合格でしょ。お姉ちゃん、もともと素材はいいんだからさ。
似合ってるよ、その水着。
「そうかなぁ」
ちらと、彩夜のほうを見る。
呆けたように、こちらをじっと眺めていた彩夜は不知火の視線に気づいて、はっと我に返って。
「はい、とっても似合ってます! 不知火ちゃん、すごく素敵です!」
「……それはどうも」
なんで彩夜まで、語彙を低下させてるんだろうか。
「素敵で──あと、ずるいです」
「へ?」
「そんなにスタイルいいのは。そんなに背があって、胸があって。すらっとしてて。彩夜にも分けてほしいです」
「む、胸?」
彩夜はしきりに、制服に包まれた自分の胸元を触っては、不知火の水着の胸元と見比べている。
身長相応というべきか、彩夜のそれは──けっして豊かとは呼べない、なだらかなカーブであり。
「いいなぁ」
「なにが?」
「だよねー。いいよね、お姉ちゃん、胸大きくって。っていうか、また少し大きくなった?」
別に雪羽だってけっこうあるじゃない。
心の中での密かなつっこみをしかし声に出さず、不知火は肩を竦める。
「雪羽まで……。彩夜は水着、選ばないの?」
「あ、はい。じゃあ、行ってきますね」
「うん、私たちも着替えて待ってるから」
とことこと小走りに売り場に向かっていく彩夜の背を見ながら、溜め息をひとつ漏らす。
「ねーねー、あたしのはどう? 似合ってる?」
雪羽の声に、彼女の試着室のほうへと目を向けて。
くるりとその場でまわってみせる雪羽を眺める。
うん、似合ってる。とても似合ってるよ。
「すっごいかわいい」
率直に、言う。雪羽は思わず一瞬、息を呑んだ様子で。
ちょっと紅くなって、目線をそらす。その仕草が。攻守を入れ替えるとこうやって見られる無防備な、不慣れな様が。姉としてはたまらなく、可愛く見えてしまうのである。
自分が下の立場だけだった頃には感じなかった気分。悪くない。
これが、姉馬鹿というやつなのだろうか。
「ほ、ほら。着替えよっか。お買い上げー、ってことで」
「ふふっ。うん、そうだね」
うちの妹は、可愛い。
* * *
「そういえば不知火って、もうすぐ誕生日なんだっけ」
お客さんの疎らな店内にて。陳列する本たちの伝票をレジで確認していた詩亜は、ふと立ち止まって発せられた妹の声に、きょとんと目線を上げる。
「たしか、そのはずですよ? 今月の……七月の、二十日って言ってましたから」
「ふーん。海の日なんだ」
そりゃあなんとも競泳選手らしい日取りだね。
──そうかなぁ? 妹の物言いに詩亜は首を傾げる。一応これでも、まさしく水泳部のマネージャーなものだから。
「水泳やるのはプールですよ?」
「わかってるって」
でもほら、こう。海だって水じゃん。泳ぐじゃん。きわめて雑に、妹はそう持論を展開する。言いたいことはわからなくもないけれども。
「雪羽のやつ、どんな風に祝ってあげるんだろうね」
あいつのことだから。
雪羽、お姉ちゃんのことが大好きだから。
きっと盛大に祝ってあげるんだろうな。
妹の呟きに対して、詩亜もまたそこに賛同しかなく。
「なんか、いい姉妹になってきたよね。あのふたり。いい感じに打ち解けて、ほぐれてきたっていうかさ」
「はい。ほんとうに」
詩亜たちもまた彼女たちと同じく、離れていたところから、高校入学と同時に同居を始めた姉妹同士である。
けれどもちろん、違いも多い。
あのふたりはほんとうに、はじめはまるきりの赤の他人だった。血の繋がった詩亜と歌奈のようにはいかない。
「ずっと、ふたりにはあんな感じでいてほしいよね」
「はい。もっともっと、たくさん思い出をつくっていってほしいですね」
出会いが、喪失の悲しみからはじまったものなら。
今のふたりが、ふたりの関係性の中に幸福を見出せている。そのこと自体が素敵だと思うから。
似ていて、違う。だからこそ願う。彼女たちに幸せな日々が長く続くことを。
「あ。そーいえば、不知火から頼まれてた本、届いてたよ。中身は見てないけど。パートの山田さんが注文しといてくれたって。確認よろしく」
「はーい」
そこ。右の棚ね。
詩亜の背中にあるそこを指差して、歌奈は仕事に戻っていく。
問屋のロゴの印刷された茶封筒。駒江様、と走り書きされたそれを詩亜は手に取る。入っているのは二冊。
「ん……これは?」
一冊は、服飾デザインの本。このあいだそういえば、ドレスを一緒に仕立て直したっけ。しーちゃん、上手かったし。好きなのだろうか。
そして──もう一冊は。
「医学……雑誌?」
英語の。ざっと見ただけでは、高校生レベルでは成績としてはそれなり以上の英語能力はあるはずの詩亜でも、その雑誌名とジャンルくらいしかわからない、一冊の本。
その専門用語と思しき見知らぬ単語の羅列した表紙の中に、辛うじて読めるひとつの言葉に気付く。
英語というか、アルファベットというか。そこだけ明確に浮いている。
無理やり英語の文法を当てはめたそれは、ローマ字の記述。
単語、というべきか。否、それは固有名詞。聞き覚えの、見覚えのある発音をすべき、ローマ字による人物の名前。
「HARUHIKO……はる、ひこ。こまえ。──駒江、晴彦。これって」
幾度か読み上げるうちに、理解する。
それは親友の、亡き兄の名前だった。
* * *
「そういえばふたりとも、進路って考えてます?」
買った、水着の買い物袋がそれぞれの手の中で揺れている。
彩夜の不意の問いに、姉妹は顔を見合わせる。
「え。進路、って?」
「大学とか。卒業後どうしたいなーとか」
「でも、まだあたしら一年生だよ?」
「……雪羽ちゃん? ひょっとして今朝のホームルームのとき、先生の話聴いてませんでした?」
「へっ?」
──はい。ぶっちゃけ、半分寝てました。とは、言えない。
ぎこちなく曖昧に視線を逸らして、誤魔化しきれずに誤魔化してみる。
「ああ、うちも言ってたっけ、担任。夏休み明けに進路希望、集めるって」
終業式の日にプリント配るって言ってたね。
マジっすか。知らなかったの、あたしだけ?
「彩夜はやっぱり、『白夜』を継ぐの?」
「ゆくゆくは、そうできたらな、と思ってはいますけど。でも、両親は進学しなさいって」
せっかく進学校にいるんだから、と。
「ああ、それもそっか」
文系。文学部を目指そうかなって思ってます。
その進路については確かに、雪羽もかつて、彩夜から聞いたことがあった。
「小説書いてるんだよね。少しずつ」
「へえ。そうなんだ、すごい」
「そ、そんなことないですよ。書いてみたら楽しくって……あくまで趣味みたいなもので」
完成したらどこか、なにかに応募してみたいなぁ、とは思います。
そう言う彩夜の表情は仄かに紅くなっていて、でも同時に楽しげでもあって。いいなぁ、と、友のその姿を、雪羽は好ましく思う。
「雪羽は?」
「あたし? ……うーん、正直言って、なんにも考えてないんだよね。なにかとくにしたいってことも、別に」
「ヴァイオリンとか?」
「いやー……ブランク長いし。姉さんほどの腕にはなれないのもなんとなく、自覚してるから。演奏自体は好きだけどさ」
自分を養ってくれていた姉の腕前を知っているからこそ、それで日々の糧を得ていくにはあれほどの技量がなくてはならないのだろうと思う。
さすがにそこまで極める自信も、熱量もない。
それほどまでには至らない自身のポテンシャルを、察している。
「えー。あんなに上手いのにもったいない」
「いやいや。プロはあんなもんじゃないですって」
謙遜でもなんでもなく、素直な対比感覚としてそう思う。
「じゃあさ、お姉ちゃんは? 志望校とか、将来の夢とか」
「え」
雪羽が訊くと、この流れでどうしてそういう反応になるのか、まるで自分に矛先が向けられることを予測だにしていなかったかのように、姉は目を瞬かせて言葉に詰まる。
「わ……私? の、夢?」
「そりゃそーでしょ、ひとりだけだんまりはずるいんだー」
ねー。彩夜と雪羽で、真ん中の姉を挟んで頷きあう。
姉が打ち込んでいるものといえばプール、水泳だけど。さて。
「その、さ。私も雪羽と同じで、水泳は好きだけど。でもやっぱり、自分の限界みたいなものはある程度理解しててさ」
まず、その進路に進むことはないと思う。
でも小さな子に教えたりとか。スイミングスクールのインストラクターくらいは、やってみたいかなぁ。
「えー、なにそれ。あたしのこと言えないじゃん。横暴だ横暴ー」
「う。ごめんってば」
「じゃあ。お兄さんと同じ、お医者さんとか?」
小首を傾げて、彩夜が訊ねる。
もちろん、今朝、担任の言葉を聴いていて。その選択肢を考えなかったわけではなかった。だけど。
「それもなんだか、違うかなって」
「あれ、そうなの?」
「将来って……よくわからなくて、さ」
医大に行って、医師になる。そうやって兄が自分を育ててくれたのは事実なんだけど。自分が同じことをやるって、なんだかぴんとこなくって。
言いながら、不知火はぼんやりと視線を上向ける。
「だから繰り返しになるけど、私も雪羽と似てるかな。未来は、どうしたってわからないから」
どうしたい、というのをあまり感じていない。
呟く姉の表情は、どこか遠くを見ているようで。
「人を取り巻くものっていつか、終わりが来るものだから。終わりが来るのが、すぐかもしれないし、ずっと先かもしれない。その中で、いつ見えなくなるかもわからない先のことをあんまり、考えられないっていうか」
「えっと──今を大事にしたい、ってことですか?」
姉の言っていることが、雪羽にはあまりよくわからなかった。きっとそれは彩夜も同じ。
少し眉根を寄せて困ったようにしながら、問いを投げる。
その問いが、彼女の発した言葉に対する反応として正しかったのかどうか、それはわからない。
けれど──……、
「そう、だね。今は雪羽が。みんながいてくれるから、それでいいかな」
姉はそう言って、笑ってくれた。
「ここには雪羽がいて、彩夜がいて。詩亜が、歌奈がいる。今はそれで充分なんだ、私にとって。たとえそれが将来っていう先には、永遠に続いていかなくても。人生なんてそういうものだから。今はそれでいい。今、みんながいてくれるから」
* * *
じゃあ、ここで。そう言って手を振った彩夜と別れれば、家までの道はあと僅かだった。
「実は、さ」
「うん?」
「お姉ちゃんにああ言ってもらえて、ちょっと嬉しかったんだ」
ここからはもう、ふたりきり。だから素直に、彩夜の前でも恥ずかしいことも、言える。
「同じだって言ってくれたこと。あたしたちがいるだけでいいって言ってくれたことが」
きっと、それらの言葉の奥には、雪羽にだって知り得ない、姉だけの悩みや、思いや、考えがない交ぜになっているはずだ。
だけどそれでも、姉の選んでくれた言葉は雪羽には嬉しかった。
「雪羽……」
「ずっとずっと、このままでいたいなぁって思うよ。将来とか、進路とか。変わっていかなくっちゃいけないって、わかってても」
お姉ちゃんと、ずっと一緒にいたい。
「ダメなのかな、こういうのって」
それはもちろん、姉さんのぶんまで、お義兄さんのぶんまで、という代替行為じみたことではなく。
雪羽個人が知る、姉・不知火のことを好ましく思えるからこそ。
ずっと。いつまでも、一緒にいたい。
「そんなことないよ。私だって」
「お姉ちゃんってばモテモテだから、無理かもしれないけど」
「ちょ、それは」
茶化すように、歯を見せて笑う。
姉の受けた告白のこと。この間、たっぷり聴かせてもらったし。
「お姉ちゃんが変わっても。あたしが変わっても。それでも一緒にいれたら最高だよね」
あたしの大切な人や。
お姉ちゃんの大切な人と結ばれあって、繋がりあって。いろんなことを知って、深め合っていければ、それが最高だと思った。
「きっと姉さんやお義兄さんも、そうありたかったんだろうな」
ふたりで、家族になって。あたしやお姉ちゃんとも深まりあって。
そのうちにいつしか、父と母になる。
あたしたちも、そうやって広がっていく。
「雪羽」
マンションはもう、見えている。玄関も、すぐそこに。
そういう距離の場所で、姉は静かに立ち止まって。
「?」
なにかを、考え込む。ひどく、真剣な面持ちに。
「あのね、雪羽。私、雪羽にまだ──、」
そして意を決したように顔を上げる。
だが、
「──不知火ッ!」
「!」
「?」
言いかけた言葉は、声に遮られ、喉の奥に立ち止まる。
それは不知火の前に立つ雪羽の、更に背中の向こう側から。
数日前、姉にとって予期せぬ来訪者であった夕矢を出迎えた、マンションのその玄関にて、やはり同じく発せられて。
しゃがみこんでいたその人物は、立ち上がる。
「やっと、帰ってきたっ。ひさしぶり、不知火っ」
長い金髪の、女性。不知火以上のすらりと伸びた長身を持つ、ジーンズ姿の、眼鏡の、白人。
雪羽にとって、それは知り得ない人物だった。
一方で、姉には。不知火にはその姿と存在とに、双眸を大きく見開かせるに値する相手であり。
「──レイア?」
「え? ……えっ?」
「レイア、……レイア・マクマハウゼン」
驚愕の中にぽつりと、女性をそう呼ぶ声を彼女は発した。
姉と、レイアと呼ばれたその女性とを、交互に雪羽は見比べる。
女性の背には、命がある。
幼く、小さな。まだものごころすらついていないであろう、ひとりの子ども──すやすやと穏やかに寝息を立てるその幼子を、女性は背負っている。
「どうして、ここに」
レイアと呼んだその相手を、たしかに不知火は知っている。
そしてそれは雪羽にとって初めて明確にかたちとなって現れた、妹としての自分の知り得ない、姉・不知火の領域──……。
(つづく)