天御クサナギ、異世界へ①
盲亀浮木
大海の底に住む盲目の亀が、百年に一度海面に浮きあがった時、漂うたった一本の浮木にぶつかり、浮木に空いている穴に頭がすっぽり入る確率。
人間に生まれる確率なんてのは、そんなものだそうだ。
生まれることが奇跡、なんて何処かで聞いた台詞は本当のことだけど、普段生活をしているとそんな確率なんて実感する機会はない。
じゃあいつ実感するのかって話なんだけど……。
「シクシク」
どこぞの真っ暗な道を歩きながら半泣き状態の俺、天御クサナギ。
男が泣くのはみっともない? いいんだもう、別にどうでもいいのだ。
「あー! もったいない! 俺の人生もう終わりなの!? 可愛い彼女1人もいないまま!? 童貞のまま終わるのが俺の人生だったの!?」
そう、生まれることが奇跡ということを実感するのは死んだ時だ。
次に人間に生まれるには、浮木に亀が頭を突っ込む確率という、よくわからない理屈の確率にかけなければならないのだ。
それでも天寿を全う出来れば諦めるかもしれないが。
「まだ高校生なのに」
これに限る、さっきも言ったとおり可愛い彼女なんかもおらず寂しい人生だった。ちなみにどうして死んだのとわかるのかというと。
子供を助けるためにトラックの前に飛び出して突き飛ばして轢かれたのだ。
こんなドラマのようなシチュエーションが本当にあったのかってことと、本当に自分でこんなことをしてしまったの事の方にびっくりした。
だって俺は人並みに自分の身が可愛いし、自分第一だと思ったのに、自分で自分が信じられない。
まあでも、女の子だったかな、俺に突き飛ばされて歩道に転がっていったのは見たから命は大丈夫だろう。後は突き飛ばして擦り傷ぐらいで終わればいいなってぐらいだ。
んでこれが物語とかだったら周りから喝采されたりして、名乗るほどの者ではありませんよ、なんてちょっとドヤ顔で現場を立ち去り、偶然それを見ていたクラスメイトからヒーロー扱い、なんて妄想逞しくできるところだけど。
実際はこうやって死んで終わり、今は死ぬんだったら助けなければよかったなんて、しっかり後悔しているのだからしょうもない。
記憶は子供を突き飛ばしたところまで、気が付いたら訳の分からない場所に1人で佇んでいたのだ。
もしトラックに轢かれて助かったのだとしたら病院にいるはず、そして今俺がいる場所は薄暗い街灯が等間隔に並んでいて、見覚えがある場所じゃない、ということは。
「ここが死後の世界ってやつなのか……」
気が付いたらここにいて、とぼとぼ歩いている。
「でも、死んだはずなのに、意識ってはっきりしているのだろうな」
とここでやっと俺は、歩いていることで足がしっかりしていて、手もしっかりとしている、どこも痛いわけではないし、息もちゃんとできる、匂いもちゃんとしているし、こうやって考えることもできる。
街灯に照らされる形で窓に自分が反射して映る、自分の姿がそのままの姿であることに気付いたのだ。
つまり無事だったってこと……なのか。
まあ派手な交通事故でも奇跡的に無傷なんて話も聞くけど、でもここって日本には見えないよな、夢にしてははっきりし過ぎだし、壁を軽く殴ってみても殴った相応の痛みもちゃんとある。
「やっぱり変だよな」
そんな感じで思考が巡る、俺が歩いているところはいわゆる路地な上に夜だから全然わからない。
しかも建物の中からは人の気配までする、死後の世界なんて信じじゃいないけど、でも死後の世界があるかどうかなんてそれこそ死んでみないと分からないからな。
堂々めぐり、答えが出ないまま首をかしげながらも歩いていた時だった。
「あ……」
路地の終わりだ、そこから見える景色はおそらく大通りに見える、すぐさま向かいたいけど、ここが何処か分からない以上慎重に歩く。
そして大通りらしきところに出たところでパッと視界が……。
開けなかった。
最初は、開けない理由が分からなくて、目の前にあるのが分からなくて、導かれるように首を上げて視線を上げた先に。
その「異形」と目が合った。