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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
一章 城の庭にいた狂人
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第五話

「そういえばちゆのさん、どうやってここに入ってきたの?」


沈黙が苦手というか、単に何か話していたい気分だったシノトは、わずかな時間のうちに次の話題を見つけていた。一方のちゆのはあまりシノトと話したくないという意思表示なのか、背を向けたまま淡々と床を掃いている。しかし性懲りのないシノトがまた口を開けようとしたとき、それを肌で感じたのかタイミングよくちゆのも口を開いた。


「それは昨夜聞くべきことですね。なぜ今頃になってそんなことを?」


「国の王様が住む城なんて、簡単に忍び込める場所じゃないって考えてたら自然とね。ちゆのさんって凄腕のスパイか何かなのかな?そこまで年取ってる様にも見えないけどその年頃が適正なの?」


「・・・・・・確かにここは外からみれば城の中ですが、より正確には城の庭の端っこです。城内部に入るわけではないので、ここまで入るのはそう難しいことではないでしょう。」


掃除の手を止めてシノトに向き合ったちゆのがそう言うと、再び小屋の中は静かになる。律儀にシノトと目を合わせていたちゆのは、シノトが物言いたげな視線を向けてくるのを見て内心げんなりした。


「まだなにか聞きたいことでも?」


「俺が自分の立場を分かってないってところの説明はしてくれないの?」


シノトの目に悪気がないことはちゆのもわかっていた。だが、それを思い出せば己の失態に自然と顔が強張るのか、ちゆのは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「・・・・・・あなたがここにいる理由は二つ考えつきます。一つは見張っておくことができかつ、なるべく国民と自分たちから離れた場所であるから。もう一つは囮として機能するからです。」


「囮役とは、またそれはなんで?」


「他人に聞く前に、自分で考えてみたらいかがですか?」


ちゆのの返答はそれはもう、ほとんど反射ではないかと思われるくらいに早かった。ちゆのによってぴしゃりと閉められた会話の戸口だったが、背もたれに深く座り直したシノトには関係のないことだったようだ。


「そうだね、一晩考えてみるよ。でもわからなかったら、そのときは教えてくれるかな?」


「そうならない様に祈っております。」


小さなため息をつきながら、ちゆのはまたシノトに背を向けた。実を言うとちゆのは、ただなんとなく掃除がしたいといったわけではない。この家のすみずみまでを触っても、掃除ならその行動を怪しまれないし、昔趣味としていただけあってそれをする間は心が安らぐからだ。だがシノトの前に限ってはそうもいかないようで―――。


「じゃあどうやって入ったのか、それとちゆのさんぐらいの年頃がスパイでは多いのか教えてよ。」


再び床を掃く音が止まった。ちゆのの体が緊張で傍から見ても分かるほどに強ばむ。恐る恐る、といった感じに再び振り返ったちゆのだが、その考えが杞憂だとでも言うかのように、その目に緊張感の欠片もないシノトの顔が映った。ちゆのは悟られぬように静かに緊張をときながら、できるだけの平静を装う。


「もしかしてお暇ですか?」


「暇ってわけではないと思うけれど、教えてはくれないの?」


「私はスパイではないと言っているではありませんか。迷い込んでここに入って、それであなたを見つけただけです。スパイの事情なんてわかりません。」


「そういやそうだったね。なら今度は、君の家族の話を聞きたいな。」


このシノトの言葉にちゆのは思わず言葉を詰まらせた。


「・・・・・・そういうあなたの家族は?まさかここにはさらわれでもしたんですか?」


「そんなもんだね。もう随分と会ってない気がするけど、多分まだ元気にやってるんじゃないかな?懐かしいね、ほんと。」


シノトは自然と、遠くを見るように目を細めていた。その視線が向く窓の向こうには、彼の故郷にも同じようにあるであろう、青と白の二二色でできた景色が広がっている。しかしそこに郷愁の念がないことは、ちゆのにもなんとなくわかっていた。


「故郷に帰りたい、というわけではないんですね。」


「まあ、ここには向こうにはなかった理由があるからね。戻る方法も俺は知らないし、聞いた人はみんな知らないって言ったし、そもそも帰る気はまだないからそういうわけではないと思うよ。」


ちゆのは何も聞かなかった。ただそこからシノトが黙り込んだので、また掃除を再開させる。シノトはじっとちゆのの背中を見つめていたが、静かな小屋の中で響く箒の音に満足したのか、穏やかな表情を作った。


「いいね、ほんとにいいよ。久々に会話らしい会話が出来てる。付き合ってくれてありがとね、ちゆのさん。」


シノトの感謝の言葉は、ちゆのの背にあたって消えた。











「ちゆのさん次何かやりたいことはない?よければ付き合いたいんだけど。」


ちゆのが掃除を終わり、箒を片付けたシノトは帰ってくるなりそう言った。食卓でうつぶせになっていたちゆのはその言葉に内心うっとおしさを感じたが、それをグッと我慢すると今自分が知るべきことを順に思い浮かべる。


「・・・・・・では便所をお借りしてもよろしいですか?あとできれば水浴びもしたいのですが。」


「そういえば昨日から君トイレしてなかったね。いいよ、家の裏にあるから案内するよ。水は冷たいものならすぐに用意できるけどどう?」


「よっぽど汚いもの以外ならなんでもいいです。あと家の裏なら案内は要りません。一人で行きます。」


ちゆのはそう言ってさっさと小屋を出ようとした。だが一緒についてこようとするシノトを見るとその足を止める。無言で見つめてくるちゆのを見て何を思ったのか、勝手に弁明を始めていた。


「まあまあ、すぐとはいえ迷子になることもあるよ。ここに来た時みたいにさ。ね、ちゆのさん?」


「どうぞご勝手に。」


表情のないちゆのが小屋を出ると、シノトもすぐそのあとに続いた。二人が小屋の裏に回ると、便所らしき人一人が十分に入れそうな大きさの木箱と、その脇に山と積まれた薪が置いてある。ちゆのはトイレと思わしき箱が意外と綺麗なものだったことも気になっていたが、山と積まれた薪を見て首をかしげた。


「あの小さな竈しか使う場所が見当たらないと思うのですが、多いですね。」


「ああ、それはもうここに来てから、たまに薪割りするようになったからね。お城の人たちもこっそりだけどたまに取りに来るんだよ?」


少し自慢げに胸を張るシノトを無視して、ちゆのは便所の扉を開ける。木と土の匂いがちゆのの鼻を付いたが、おかしなことに便所特有のあの嫌な臭いをちゆのは感じ取ることができなかった。ちゆのは不思議に感じ、シノトを振り返ったが彼を見てここが間違いではないと感じたのか、中に注意して視線を巡らせながらも木箱の中に入る。


「あの・・・・・・ここまででいいですので、あとは家に戻られてください。用を足すぐらいはひとりでもできますので。」


「そういうわけにはいかないよ。迷子になったら困るでしょ?」


ちゆのはため息をつくと、木箱の扉を閉める。木の隙間から漏れる光により中は適度に明るかったが、ちゆのは少し土を触るとやはり不思議そうに首をかしげるのだった。











ちゆのが何とかして用を足して出てくると、いつの間にかそこには巨大な、鉄製の水桶のようなものを抱えたシノトが立っていた。ずっと小屋の外に気配を感じていたちゆのは、まさかいつの間にこの場を離れたのかと驚いたが、相変わらず表情はそのまま、じっとシノトが抱えた桶を見つめる。


「いつの間に水を準備してくれたのですね。」


「俺も最低二日に一度は風呂に入るからね。用意だけならすぐにできるよ。」


シノトはそう言うと、静かにゆっくりと桶を地面に置いた。桶の中にはたっぷりと水が入っているようで、これで水浴びをするのだとちゆのは思ったが、それが自分の身の丈とほぼ同じぐらいの大きさのものだと気づくと少し感心したようだ。


「考えましたね。確かにこれなら遮蔽物があまりないここでも、人の目を気にせず水浴びができそうです。しかし案の定水浴び場は使えないのですね。」


「水浴び場?銭湯みたいなものかな?」


ちゆのの言葉にシノトは一人首をかしげたが、ちゆのはその言葉には答えず桶に近寄り中を覗き見た。人が一人・・・無理をすれば三人は入りそうな太さの桶にはなみなみと水が注がれており、その総重量は相当なものがあるように見える。とても見た目に強靭とは言えないシノトが、いやたとえ筋肉を隆々とさせた成人の男性でも、一人でもってくるには無理があるように見えた。


「これどうやって持ってきたんですか?」


「ちゆのさんにはさすがに重すぎるよ。ほら、家の中まで持って行くからドアを開けておくれよ。俺が持つから。」


そう言うとシノトは桶を抱え、そのまま持ち上げる。水の鳴る桶を軽々とシノトが持ち上げるのをみたちゆのは素直な驚きの声を上げたが、すぐ我に返ると急いで小屋の扉を開けた。まもなくして、小屋の扉は閉じ桶は小屋の中に運び込まれる。桶を床に置き肩をほぐすように腕をぐるぐると回していたシノトに、ちゆのは視線を向けた。


「水浴びを家の中でするのですね。というかそれ以前になんでそれが持てるんですか?」


「ん、あれ?俺ってそんなにひょろく見えるの?」


ちゆのの言葉に、若干傷付いたと言わんばかりの顔をするシノト。ちゆのは改めてシノトの体をジロジロと見ると、確認するように手の甲で桶を叩く。反響した音は、そこに水がなみなみと注がれていること証明するようなくぐもった音だった。


「まあ確かにそこまで力があるようには見えませんが、それでもこれは一人で持ち上げるには重すぎるように見えます。ソーン国有数の戦士でも、持ち上げは出来ても歩くことは多分――――――なるほど、魔法も武器も使えない、ですか。」


「まあそれは後にして、さっさと水浴び済ませなよ。俺は日向ぼっこしてるから、終わったら呼びに来てくれればそれでいいし。」


そういうなりシノトはさっさと小屋を出た。ちゆのは追って急いで窓から小屋の外を見たが、シノトの姿は確認できない。ちゆのはしばらく待ったが、それでもシノトの姿が確認できないと安堵のため息を漏らした。


「水浴びは後にして、部屋の中に何かあるか・・・・・・ないとは思うけど。せめて暗器はある場所を把握しないと。」


結局、ちゆのが水浴びを始めたのはかなり時間が経ったあとだった。











「お、出てきたね。水加減はどうだったかな?」


その声をちゆのが聞いたのは、彼女が水浴びを終えてシノトを探そうと小屋を出た時だった。ちゆのが頭上を見上げると、声の主は屋根の上からちゆのを見下ろしている。ちゆのが小屋の中にいるあいだ、ずっと屋根の上にいたのだろう。


「水浴びは終わりました。長く待たせてしまい、申し訳ありません。」


「いやいや、待つのはきらいじゃないし、それより気に入ってくれたようでなによりだよ。さて、次は何しようか?何かない?」


なにかないかと言われれば、ちゆのは中に視線を彷徨わせて思案する。ちゆのとしては、シノトには自分に構わず普段通りのことをして欲しかったのだが、うかつなことも喋れなかった。


「ご自分の仕事はないのですか?」


「薪割ったり、たまに遠くに行ったり、後は・・・少し前までだけど、身体検査があったなあ。」


そう言いながら小屋に入ったシノトは、あの桶を抱えて小屋の外へと出てきた。相変わらず軽々と抱え上げ小屋の脇へ行くと、桶の水をその場にぶちまけている。そこにあった溝に溜まった水は、しばらくすると地面に吸い込まれていった。


「なるほど?さすがに体調は管理していたということですね。それは確かに、あなたに調子を崩されたらこの国も困るでしょうし、当然といえば当然ですね。しかし少し前までというのはどういうことですか?」


「少し前にこれで最後だって言われたんけどね、詳しいことは俺もわからないよ。でもしばらくあってないから、これで最後って言ったのは本当だったかもね。」


そういうとシノトは桶を小屋の脇に置き、ちゆのに小屋の中へ入ろうといった。時も既に夕食時、食事を作る頃なのだろう。二人が小屋に入ると、ちゆのは扉を閉めた。小屋の外では、日が落ち始めよとしていた。


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