第四話
朝食を食べ終えたシノトとちゆのは、シェルに言われた明日の仕事の内容を確かめるために王城の一角に足を運んでいた。シノトにとってよく慣れた道を通り、ある部屋の前まで来たシノトが扉をたたくと、中から入室を促す声が聞こえる。
「来たか。ここに用は書いてある、よく読むことだ。あと奴隷を勝手に連れてきたことは不問にするそうだ、寛大な国王様に感謝することだな。」
シノトが扉を開けた先では、狭い部屋の中で不機嫌そうにこちらを見る老人がいた。シノトの姿を見るやいなや、開口一番口を尖らせてさっさと背を向ける。老人が向くその先の扉をくぐる前に、シノトはその背中に向かって声をかけた。
「いつもありがとうございます、国王様にも、そう言ってください。」
シノトの言葉が老人に聞こえたかはともかく、老人は何も言わずに扉の向こうに消えていった。そのやりとりを黙って見ていたちゆのは鼻を鳴らすと、いそいそと用意されていた用紙に目を通しているシノトを一瞥する。
「やっぱりといいますか、あからさまに嫌われてますね。」
「これでも結構話してくれた方だよ?なんせ、最初は会うことすらなかったからね、あの人とは。部屋に紙が置いてあっただけ。それと比べたら随分ましだとは思わない?」
肩をすくめたあと振り返って笑顔を見せるシノトに、ちゆのはため息をつくしかなかった。
「お、もうそろそろ出来るころだと思ってたけど、思ってたよりも早かったね。」
それは小屋ももうすぐそこというとき、シノトが明日の仕事の用を確認して帰ってきたところだった。シノトは小屋まで小走りに駆けると、扉の前に置いてあった小さめの箱を抱え上げる。そして振り返ったときに見えたシノトの無邪気な顔を見て、顔には出さずともちゆのはゲンナリとした。
「聞きたいでしょ、ちゆのさん?」
「いえ、私は何も言ってませんが。」
ちゆのの言葉もどこ吹く風と、早速箱を開けたシノトは中に入っていた金髪のカツラを頭にかぶり、ちゆのにその頭を見せた。周りと同じ髪の色となる、それはまだなれぬ土地で周りに馴染もうとシノトが講じた方法だ。だが―――
「どう?これさえあれば、この国でもやっていけると思わないかな?目の色は流石に無理だけど、これなら街に出ても変な目で見られることは―――」
「私にはあなたが何をしたいのか、さっぱりわかりませんがとりあえず、あまりお似合いではないとだけ言っておきます。さ、ドアをお開けします。早く中に入りましょう。」
ちゆのはシノトのわきを通り抜けると、まるで早く入れとでも言わんばかりに扉を開けた。思ったような反応を見れなかったためか面白くなさそうにシノトはかつらを取ったが、そこでやっと何が起こっているのか理解する。
「あれ、色が変わってる。おかしいな、さっきまで確かに金色だったのに。」
シノトがかぶっていたかつらは、いつの間にかその色を変えていた。光沢ある艶はそのままに、光を明るく照らす金色は吸い込まれるような黒色に。思いもよらなかったことにシノトが唖然としていると、ちゆのはその光景を見てため息をついていた。
「何を言い出すかと思えば。自分の髪とちがう色の物をかぶれば、そうなるのは当然のことではありませんか。まさか知らなかったんですか?」
「うん、知らなかった。」
ちゆのはもう何も言わなかった。扉を開けたまま、表向きは自らが仕えているということになっているシノトが自ら扉を潜るのを待つ。だがそれに気づいていないのか、シノトはいろんな角度からかつらを眺め始めていた。
「しかし不思議だね、かぶっただけでかつらの色が変わるなんて。初めて魔法を見たときも俺は驚いたけど・・・まさかちゆのさん、なにかしてないよね?」
「私からすれば、それを不思議に思うあなたが難癖つけて、私のせいにしようとしていると見えますがね。だいたいかぶったものが変色するのは今に始まったことでもないでしょうに、まさか今までものをかぶったことがないとでも言う気ですか?」
よくみればちゆのは片眉が上がっていた。シノトも今すぐ聞きたいことがあったのだが、そんな同居人を見て流石に機嫌を損ねさせるのは悪いと思ったのか渋々といった感じで開けられた扉をくぐる。
「・・・結構高かったんだけど、どおりで誰もしないわけだ。しょうがない、どっかに飾っておこう。何かに使えるかもしれないしね。」
扉は思いのほか、優しく閉められたそうだ。
「しかし、この国があなたに頼む任務とは一体どんなものですか?まあまともなものではないとは思いますが、あなたにしてみれば簡単なのですかね?移動手段は用意していると言っていましたが遠いのですか?」
小屋に一つしかない食卓に座り、再び書類に目を通すシノトに、その向かいに座るちゆのはさりげなく話しかけていた。特にやることもなく足をゆらゆらと揺らしていたちゆのに、シノトは書類から目を逸らさずに首をかしげてみせる。
「レタス村・・・かな?俺は初めて聞く名前だね、そこに出た魔物の討伐らしいよ?大きな人型の魔物だってさ。討伐は今までも何度か受けたことあるけど、人型って魔物は初めてだね。」
「レタス村といえば、山岳地帯の村の一つにそんなところがありましたね。ここからだとかなりの距離になるはずですが、よくもまあそんなところからここまで任務を届けたもので。」
そう言ってちゆのがため息をついて少しの間の後、シノトはちらりとちゆのを見たがすぐに書類に目を戻した。
「ちゆのさんレタス村のこと知ってるんだね。」
「勉学は得意な方でしたので。」
ちゆのの言葉に喉を鳴らしたシノトは、ひとまず書類を見る必要が無くなったのかそれを食卓の端に置くと、小屋の中にあったこの世界で時間を示す道具に目を移した。
「それにしても暇な時間があるね。ちゆのさんはなにかしたいことはない?」
「・・・そうですね、それではここでの役割に従って掃除でもいたしましょう。掃除道具の場所を教えてください。」
そう言って席を立つちゆのは部屋を見渡す。家具もほとんどない殺風景な小屋の中は、そのおかげか実際より少し広く見えている。しかし、実際に掃除し始めれば数刻もしないうちにすみずみまで綺麗に出来ることだろう。
「ここそんなに汚かった?」
「やりすぎて困るわけでもないでしょう。用具をお借りしてもよろしいですか?」
シノトはばつが悪そうな顔をしていたが、ちゆのにそういわれて小屋の外に一回外に出ると、その手に使い古された箒を持って帰ってきた。ちゆのがさっそく掃除を始めようと箒に手を伸ばすと、シノトはその前に一回手に持った箒を手前に引いた。
「ちゆのさん、魔法って・・・掃除には使えないのかな?」
「それ相応の教育を受けたものならできるでしょうが、あいにく私はそのような環境にいませんでしたゆえ。それにあれは他に手放せない何かをしている時に、同時に掃除をするためのものでしょう?掃除しかしない今は必要のないものです。」
ちゆのはシノトの手の箒を半ば強引に奪い取ると、部屋の隅から掃き始めた。とは言っても狭い小屋の中、そう移動はしない。シノトはひとまず座ると、ちゆのが部屋を掃くのをぼんやりと眺める。
「それはちゆのさんが、単に魔法が苦手ってわけじゃなくて?」
「そうですね、確かに苦手ですよ。少なくともあなたよりも。」
「俺よりも?それはまた、本当に苦手なんだね。俺ですら未だに初歩魔法が使えるかどうかも怪しいのに。」
シノトがそう言うと、不意にちゆのが振り返った。そのうさんくさげな目と視線があったシノトはどういうわけか、自然とついていた肘を離している。
「今なんて言いました?初歩魔法が怪しい?冗談ですよね?」
「いや、全く素質がないことに遭遇したのは、俺もこれが初めてなんだけどね。肌に合わないというやつだろうね、ははは。」
わざとらしく明るく笑うシノトにちゆのは心の中でため息をつく。振り向いて手を止めていたちゆのだが、また箒を動かし始めた。
「嘘ですね、人によっては歩くよりも早くできることですもの。第一、魔法が使えなくて一体どうやって、東の砦であなたがしたことができるというのですか。」
「そりゃあもう素手でだよ。なんせ金属よりも体が丈夫だし、俺武器とか使えなかったからね。」
「そう言うならそういうことにしておきましょう。」
その話は終わりと言わんばかりに、ちゆのは無言でシノトに背を向ける。小屋の中にはしばらく、箒の掃く音だけが響いていた。




