父の姿
天保8年、江戸幕府が始まり、戦国の世からようやく平穏な時代が訪れようとしたのである。
時代が変われも刀を持つ武士を多く、何かあれば刀で切り捨てる剣客は多く、
そんな剣客の中に異質な剣客黒木小作なる人物の物語。
小作にとっての剣客とは幼き頃から憧れつづけた父の姿そのものだった。
小作には剣客=父それしか知らないのもあるからだ。
剣術の道場での先生としての父に物心付いた時から竹刀を握らされていた。
竹刀を振ること一年を過ぎると幼くて一人の少年、松本冬志が入門ことになる。
小作と冬志の因縁にも似てた運命が交わり始まるのである。
剣の稽古積む日々が続く。
「やぁー、やぁー」
小作の体格の小柄でありで対峙する相手は小作よりも一回りもふたまわりも体格の男である。
どこをどう見積もっても小柄の小作には不利な相手力押しで問う手うテい叶わない。
竹刀を握りしめ、静かに構えを取る。
面の上から、相手の威圧感がひしひし伝わり、『ヤー』と言うかけごえとともに竹刀が頭上から迫る。
小柄な小作は面を押さえるより、胴を狙う。
隙だらけの胴を狙うは容易で、あっさりと一本を取る。
胴2本先取し、蒸れて、汗まみれの面を脱ぐ。
「小作の身長がもう少し高ければ、面も狙えるのにな」
小作の頭をなでる、同じ同門で友であり、ライバルの松本冬志は小作より少し背が高い。
「冬志、俺の頭は、お前に撫でられるためにあるわけじゃない。」
「次、小作と冬志、面を付けて前に出ろ」
黒木宗二郎は小作と冬志の試合をさせる。お互いに対戦するのはこれで何度目の試合かになる。
成績はお互い引けを取らない成績でもある。
二人が向き合うと、空気の流れが重く圧し掛かるようにピリピリと張り詰めてゆく。
宗二郎が始めの合図をすると、お互いの竹刀が交差する。
力と力がぶつかり、睨みあうように時が流れる。
小作が力をわざと抜く、勢いの余った冬志は身体が流れる。
素早く、振り返りに面を取る。
「勝負あり! 勝者小作」
冬志はなっとくできずに竹刀を振り回す。
「もう一本、勝負だ 小作」
振り回していた竹刀を今度は小作に向ける。 小作も竹刀を払いのけるように戦う意思を示す。
さっきまでの冬志と違い、気力を充実させ目の前の敵だけ殺気にも圧力をかける。一方、小作は落ち着きを払うように
まるで心を無にする。
「はじめ」の合図で二人の竹刀は素早く交差する。
何本目の勝負になろうか二人の白熱は日が暮れるころまで続いた。
宗二郎は小作と冬志の頭をなでる。
「お前たちのはいずれよい剣術家になる。それまでお互いを高めあえ」
一言伝えると宗二郎は「今日は遅くなる残った二人で道場の掃除を頼むぞ」
宗二郎は松本海馬という男と会うことになっていた。
夜道を提灯の明かりをたよりに歩くと一軒のおでん屋そこが松本海馬との落ち合う場所である。
のれんをくぐると店の親父が熱燗を出してくる。
「へい、なんにしましょう?」
見覚えのある男が会話に割り込むように「こいつにはガンモと……」
宗二郎は文句もいわず、お酒を口に運ぶ。
「海馬、お前のとこの倅うちの小作より素質があるぞ」
「おい、もう寄ってるのか宗……」
「まぁ、聞け、うちの小作なんか太刀筋もばらばらでまったくなってない」
二人でお互いのおちょこに入れて飲みかわす。
一軒じゃ物足りない二人は二軒目に行くことになる。
黒い影は、一面問屋の中に何人か入る。
「おい、宗二郎もう一件いくぞ」
宗二郎は詫びを入れる。
「悪い、先に行っててくれ、ちょっと、かわらに行ってくる」
黒い影達は宝物庫から千両箱をもちだす。何人も担いで逃げる。
先回りし、宗二郎は黒い影達に刃を向ける。
「今なら見逃す、すぐにでも持ち主に返してまいれ」
無言で獲物を構える影達。
一人が襲いかかる。 宗二郎はすっとかわすと刀を振り下ろす。
「これでお前たちには勝ち目はない そのまま引き返せば、命だけは・・・・」
冷たく硬いものが宗二郎の腹を貫く、口から大量の血を吐き出すと、すっと冷たく硬いものが抜かれる。
倒れ込む宗二郎の目には見覚えのある顔がちらつく。
「おまえ……冬……なぜ……」
「……俺はも……あんたたちのごっこ遊びに疲れた……さようなら先生……」
騒々しくも慌てて道場に現れる一人の男は「大変だ、小作くん、落ち付いて聞いてくれ」
「藻助さん、今日は早いですね。父上なら珍しく昨日から留守をしています」
「君の宗二郎さん、いや、お父上さんが川岸でどざいえもんと見つかった」
小作は愕然とその場に肩を落とした。
藻助もどう声をかけていいのやらあぐねいて入れると正気に戻った小作は藻助に必死にしがみつく。
「父上はどこの川岸ですか? 」
「米屋の前の桟橋の下……」
流行る気持ちと可能性をゼロにしたいように父、宗二郎と別の人だと思いこの目では見るまでは信じられない気持でいっぱいの小作だった。
桟橋の下には、群がる野次馬ばかりで、息を整えた小作は野次馬をかき分けるように中に入る。
上半身に黒い派織物着た男に止められる。
「小僧これより先に言ってはならん」
「離してください、僕の父かもしれないのです」
「尚更、通すわけに行かぬ」
男の隙をついて通り抜けると遺体に被せてあるむしろを捲る。
小作は声を失い、その場に泣き崩れる。
「父上、どうして、どうして……」
次第に地面を強く叩く何度も何度も……
小作の手から皮がずるむけて血がにじむ、それでも宗二郎の悲しみを紛らわすように叩き続ける。
細く弱々しくも力強い手が小作の手を握る、その細い手の向こうには右目下にほくろのある白肌の女性であった。
「小作くん、しっかりしなさい。」
女性は涙を流しながら、小作の顔を平手打ちする。
「おきぬ姉ちゃん……」
「小作くん、あなたがしっかりしないでこれからどうするの」
「……わかった 強くなる父上よう、いや父上以上に……」
あれから、1年が過ぎ流れた。
父、宗二郎が亡くなった後、姿を消すように冬志も道場にこなくなっていた。
残った門下生も次第に少なくなり、小作ただ一人が残された。
ひたすら一人でも剣の修業を繰り返す中、父、宗二郎の変わりに見守るのはおきぬであった。
剣の道に関してはど素人のおきぬでも小作が逞しくなるのがわかるようだった。
そんな、ある日、小作はとある場所に出かけたのだった。
墓の前に線香立てると小作は手を合わせる。
「めずらしいね、小作くんがお父上のお墓、手を合わせてるなんて」
「父上に、しばらく別れを告げようと思って、おきぬ姉ちゃん、俺、しばらくの間流れようと思う」
「小作くん……」
おきぬの声を遮るように 「しばらく、道場の留守を頼みます」