旅は道連れ
客間の扉を開けると、俺はそこで驚くべき人物と再会した。
「が……ガナッシュさん!?」
「おぉっ!? カエデ君かね! 久し振りに会ったが、また一段と……」
俺に続いてぞろぞろと客間に入ってくる『カエデらぶらぶ団』のメンバー達。
「また一段と、大所帯になったものだ。しかも全員女の子とは……いやはや、恐れ入ったよ」
ニッコリと笑って言うガナッシュさんの声には、若干の呆れが含まれていたと思う。自分でも何でこんな事になってるのか不思議でしょうがないんだけど、でもちゃんとアポカリプスの捜索は頑張ってるし問題なし! ……だよな?
「いやまぁ、お陰さまで、あはは……。でも、何でガナッシュさんがここにいるんですか?」
「そうだよ、お父さんがいるなんてビックリしちゃった」
「いやぁ、私も好きでここにいるわけではないのだよ。先日魔術師ギルドに呼び出されてね……ありがたいお叱りの言葉をたっぷりと頂戴したところなのだ。アポカリプス紛失の件、隠し通すなど無理だとは思っていたが……やはり本当に無理だったな! はっはっはっ!」
あぁ、この人は出会った時とあんまり変わってなさそうで安心した。
「不祥事の報告とはいえ、せっかくエルドラントまで足を運んだのだ。たまにはゼランのところにでも顔を出そうと思ってここへ寄ったというわけだ。さて、こっちの質問に移っても?」
「あ、はいどうぞ」
「ではまず、君らがここを訪れた理由から聞かせてもらおうか」
「……分かりました。全てお話します」
ガナッシュさんに隠し事をする気なんて毛頭ない。俺は今までの旅で起こった事、出会った人物、倒した敵、そして冥王デゼスについてを全て話した。
「……正直、驚いた」
そう言うガナッシュさんの顔は、あまりそうは見えない。
「まず……宝石眼の竜に挑んだ事。次にアスラート王と個人的な面識を得た事。そしてカエデ君がメイガスの弟君だった事。本当に……驚き過ぎて逆に冷静になってしまったよ」
なるほど、驚き過ぎて驚けなかっただけか。
「挙句の果てに冥王デゼスと直接対決とは……君と言う男は本当に数奇な運命に魅入られているようだ。軽い気持ちで旅をしてみろと口にしたものの、もはや私ごときでは責任を取りきれんところまで来てしまったなぁ」
「いえ、ガナッシュさんに責任なんてありませんよ。こうなる事は最初から決まってたわけじゃない。全て俺自身が選び、決めた事。誰も責めないし、誰も恨まないし、後悔もしない。今まで起こった事、これから起こる事全てが、俺を形作っていく試練なんだと思ってます」
そんな俺の言葉に、ガナッシュさんはしきりに頷いていた。
「立派に成長したな、カエデ君。やはり君は私の見込んだ男だ。そしてカエデ君を取り巻く少女達もまた、特別な運命に導かれし者達と見た。こうなってくると……ルナ」
「何? お父さん」
「お前は足手まといだな」
「んなぁッ!? はふぅぅん……考えないようにしてたのにぃぃ~~……!」
「コラコラ、思考放棄は一番の敵だと教えただろう? お前の弱さは、仲間の弱さ。そして弱さは危険をもたらすものだ。いいかルナ。これからの旅には今まで以上の危険が常に付きまとうだろう。だが、安心しなさい。それらの危険を回避するためのものが、今ここにある。お前に……それを託す。左手を出すんだ」
ガナッシュさんが時折見せる、賢者としての顔。その真剣な眼差しに圧倒され、ルナは言われるがままに左手を差し出す。すると次の瞬間、ルナの左手が真っ白い光に包まれた。これは一体……?
「痛っ! 今チクッてした! お父さん、何なのコレ?」
光が消えた左手の甲には見慣れない形をした白い紋章が刻まれ、ぼんやりと光っている。しかし、時間が経つにつれてその紋章は光を失い、やがて消えてしまった。
「心配はいらないさ。グランスフィアの母なる大地……その力の全てを集め、紋章を宿す者に絶大な地魔術の力を与える。それがその紋章……『地聖封印』だ」
「えっ、嘘ッ!? これが、あの地聖封印……?」
「そうだ。その力を使えば、たとえ宝石眼の竜が相手だろうと引けを取る事はない。エクルオスの強さに限って言えばな。……ただし! その力の行使には大きな代償を伴う。それは以前教えた通りだ。覚えているか? ルナ」
「う、うん……覚えてるよ。えっと、確か……」
言いかけたルナの口を、ガナッシュの人差し指が塞ぐ。
「それ以上いけない。仲間と自分の決意を鈍らせるだけだ。魔術師とは常に孤独であり、孤高でもある。そういう存在なのだよ」
二人は一体、何の話をしてるんだろう。大きな代償を伴う力……ロストスペルみたいなものなのかな?
と、その時。客間の扉がバーン! と弾け、コロナが飛び込んできた。そういえばコロナの事、すっかり忘れてたよ。エレミヤの書を取りに行っただけなのに、ずいぶん時間が掛かってたな。
「ゴメンゴメ~~ン! エレミヤの書はすぐに見つかったんだけど、ラグナロクが中々見つから……はっ!? う、ううんっ! な、なな何でもないよッ!!」
ん? 今何を言いかけた? “ラグナロク”とか聞こえたけど……。
「ちょっとコロナ? 何でラグナロクなんか探す必要があるの? まさか……」
「ち、ちちちち、違うよルナお姉ちゃん! 別に持ち出そうとしたわけじゃなくて、え~とえ~と、あっ! ほら、アポカリプスが盗まれちゃったから、ラグナロクは無事か確認しとこうかなぁ~と思っただけ! ホントだよっ!」
「ハハハ……アポカリプスが盗まれちゃって申し訳ないね、本当に」
「わわぁっ! ガナッシュおじさん、ここにいたの!? ごめんなさ~いっ!」
アポカリプスが盗まれたというコロナの言葉に、ガナッシュさんは両手で顔を覆って声を落とす。魔術師ギルドでアポカリプス紛失の責任を相当追及されたみたいだな。……かわいそうに。
「あっ、それで冥界の行き方なんだけど、やっぱりエレミヤに書いてあったよ! ほらココっ!」
そう言うとコロナはエレミヤの書をテーブルの上に置いた。これがエレミヤの書……エゼキエルと同じ、シャローシュカノンの一つか。
「えっとね……あ、これだね。『スフィア・シフトについて』。え~っと、冥界に行くには“魔の呪印”と呼ばれるシフトポイントで地のアガムが一定値以上まで高まるとシフトできる……だって」
元気よく音読するコロナ。ただ、俺は聞き慣れない単語に首を捻る。
「魔の呪印って、どこにあるの?」
呟きとなって口から出た疑問には、ティリスが素早く返答してくれた。
「アスラートのすぐ北にある遺跡の名前が、魔の呪印です」
「へぇ、そうなのか。場所が分かってるなら話は早い。……どうする? 俺としてはすぐにでも出発しようと思うんだけど」
「あっ、ちょっと待って!」
俺の提案に、大声で待ったをかけたのはコロナだ。
「この方法だと、やっぱり無理かも。アガムを一定値以上まで高めるには特殊な詠唱が必要なんだって。しかも術者自身はシフトできないらしいよ?」
「特殊な詠唱って……?」
「うんとねぇ……アスラート王家に伝わる秘術の事みたい。秘術だけに、エレミヤにもそれ以上の事は載ってないね。アスラートの王族に知り合いでもいないと無理だよぉ」
悔しそうにエレミヤを閉じるコロナに、俺は首を横に振って言う。
「その問題ならクリアしてるよ。俺達、アスラート王と友達だからね」
「……え、ウソッ!?」
「まぁ話せば長くなるんだけど……とにかくそれは大丈夫って事。よし、じゃあまたガルツァークに戻ろうか」
ガルツァークには何度も行ったり来たりしてるけど、仕方ないな。みんなの顔を見回すと、一同は疲れた顔も見せず元気に頷いてくれた。
俺はガナッシュさんとコロナに頭を下げると、客間の扉に向かって歩いていく。
「あの~~~~、カエデちゃん」
と、その背中に控えめなコロナの声がかかる。
「え? カエデちゃんって……俺の事だよね?」
「うん! あの、その~~……よければね、私も~~、つれてってほしいな~~……なんて」
その言葉にすかさず異を唱えたのは、ルナだった。
「駄目だよコロナちゃん、すっごく危険な旅なんだよ?」
「ぶぅ~……じゃあ何でお姉ちゃんはいいの? お姉ちゃんだって危ないんでしょ?」
「私は……ほら。地聖封印があるからね。いざって時はコレで戦うよ」
「地聖封印!? え、でもでもっ、それって使ったら……」
「コロナちゃん!」
ルナはコロナの口を人差し指で塞ぐ。ガナッシュさんがルナにしたのと同じように。
「……私は使うよ。必要な時は、迷わずね。それぐらい危険な旅なの。ゼラン叔父さんだってきっと心配するよ? もし一緒にくる気があるなら、ちゃんと許可取らなきゃ」
「お父さんは今出掛けちゃってるから許可取れないもん……でも! カエデちゃん達はもう行っちゃうんでしょ? だったら今ついていくしかないでしょ?」
諦めるという選択肢は、どうやらコロナの中にはなさそうだ。
「私が許可しよう」
出し抜けに放たれた声は、ガナッシュさんのもの。
「ちょ、ちょっとお父さん! 何で勝手に……!」
「勝手ではないさ。ゼランなら娘の旅立ちを阻んだりはしない。……旅はいいものだ。ルナはどうだ? 実際に旅をしてみてどう思った?」
「それは……よかったよ。怖かったり、辛かったり、本当に色々あったけど……今は、やめたくない。もっと……旅を続けたい……!」
「ならば、コロナにも同様の感動を味わう権利があるはずだ。旅に危険はつきものだが……あえて危険を冒す事で手に入るものもある。大切な仲間との出会い、育む絆、達成感……それら全てが、胸躍る冒険譚となるのだ」
熱く語るガナッシュさんの言葉に反論する者は、一人としていなかった。
だからこそ、俺の答えも初めから決まっている。危険なんて百も承知! 足手まといも望むところ! 大切な仲間に降りかかる火の粉は、この俺が全て払ってやる。俺の旅は全員参加型だ。立ち向かおうとする意思さえあれば、他に資格はいらない。全員俺が面倒みてやる。それが──俺式異世界冒険譚だ!
「よし! コロナも一緒に来い! 君も俺の『カエデらぶらぶ団』の一員だ!」
「え? 何それ?」
「はぁぁ~……いいよコロナちゃん。カエデは無視して私達だけで行こう」
「ちょ、コラァ! 俺を置いていくなって!」
こうして俺達は新たな旅の仲間“コロナ”を加え、再びガルツァーク大陸へ向けて屋敷を出発するのだった──。




