滅ぼす覚悟と救う決意
「ねぇコロナちゃん。何でプリムちゃんも連れてきたの?」
そろそろ人数が増えて窮屈になってきた馬車の中で、ルナが言った。すると問われたコロナは隣に伏せていたプリムに抱きつきながらこう答える。
「だぁってぇ、ルナお姉ちゃんもリピオっち連れてるんだもん。だから私もプリム連れてくの! そだ! あと彼氏も探さないと……」
「かっ……!? ちょっ、彼氏って……カエデと私は別にそういう関係じゃないんだってば!」
うろたえて否定するルナ。しかしコロナはニヤリと笑みを浮かべると、
「およよ~? 私、ルナお姉ちゃんとカエデちゃんの事を言ったんじゃなくて、単に彼氏がほしいって思っただけだよ~? な~んでカエデちゃんの名前が出るのかなぁ~?」
と、ルナにイタズラな目を向けた。ルナはさらに狼狽して、しどろもどろに反論する。
「そそ、それはっ! 話の流れ的に……ね、念! 念を押しただけよ! 勘違いされたら困るじゃない? 誰があんな奴なんか……」
あ、あんな奴って……黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって……ったく。
その後、これといった問題もなくガルツァーク大陸へ戻ってきた俺達は、何度も往復した王都への道を行く。辿り着いたアスラートでは、自慢の諜報騎士から前もって情報を受けていたアスラート王が俺達を盛大に迎え入れてくれたのだった。その王城にて──。
「おお、カエデとその一行! よく来てくれた。……だが済まないな、探している情報についての有力な手掛かりは未だに掴めていないのだ」
玉座の間に通された俺達の姿を目にすると、王は玉座から立ち上がって頭を下げた。
「あっ、いえ! 今回は別件で訪れただけですので、その事はお気になさらず……」
「ふむ……別件とは? 詳しく話を聞かせてもらえないだろうか」
王様はキラリと目を光らせ、すぐ話に食いついてきた。なので俺は、単刀直入に用件を言う。
「実は今回、王様にお願いがあって参りました。魔の呪印を冥界に繋げる秘術について教えてはいただけないでしょうか? 俺達、どうしても冥界に行かなくてはいけなくなったんです」
「ほう、秘術について知っているとは驚いたな。他ならぬ君の頼みだ、喜んで協力しよう。ただし……訳を聞かせてもらいたい」
予想以上にすんなりと快諾してくれた王様に少し驚きつつも、俺はティリスの身に起こった様々な不幸が、冥王デゼスの手によるものだった事を包み隠さず話す。それに伴い、ケイネル村を滅ぼした犯人がデゼスに操られたティリスだった事も正直に話した。
「何と……そのような事が……。ティリスよ、さぞ力落としの事とは思うが……うぅむ……気を、落とさぬようにな……」
アスラート王は俺の話を疑うでもなく、国民を手に掛けたティリスを責めるでもなく、そんなような台詞でティリスを慰めようとしてくれた。
「しかし、冥王デゼスか……ずいぶん話が大きくなってしまったものだ。先ほどは気軽に協力すると言ってしまったが……私個人の感情を抜きにしてしまうと、とても協力はできない内容だな」
「えっ! やっぱり駄目ですか!?」
「いや、協力はするとも。ただ……君達が行おうとしている事は、世界を滅亡させようとしているのと同義だ。『デゼスを復活させて倒す』……それが君達の目的だろう? では問おう。万が一、君達がデゼスに敗北した場合……グランスフィアはどうなってしまうと思う?」
俺は、そう言われて初めて気付いた。これから俺達がやろうとしている事は、グランスフィア全体を危険にさらす行為なのだと。
「そうですよね……すみません。俺、全然考えてませんでした。俺達が負ける未来なんて、これっぽっちも。だって……」
言葉を区切り、俺はその空白に決意を込めて言い切る。
「俺達は、絶対に勝ちますから」
俺のその言葉にアスラート王は驚いた顔をしたが、すぐに力強く笑って返した。
「ふっ……どうやら愚問だったようだな。秘術の件なら心配は無用。我が城の宮廷魔術師を魔の呪印まで同行させる。私にはこれくらいの事しかしてやれないのが心苦しいが……」
「そ、そんな滅相もないっす! むしろそこまでしてもらえるなんて思ってなかったくらいなんで!」
「そうか、そう言ってもらえると私も気が楽になる。よし、では宮廷魔術師を町の内門に待機させておくから、出発の準備が整い次第合流してくれたまえ」
その他の情報収集も引き続きやっておく、と言う王様の心遣いに感謝しつつ、俺は玉座の間をあとに……しようとしたところで、王様に呼び止められた。
「どうかしました?」
「いや……もしやと思って尋ねようと思ったのだが……そこのフェヌアスの少女……」
ミリーを指差して言う王様を見て、俺はとんでもないミスを犯した事に気が付いた。
「あっ……!」
ま、まずい! 俺とした事が迂闊だった! ミリーはここの宝を盗もうとした前科があるのに、普通に王様と引き合わせてしまった。俺は勝手にミリーの罪を許した気になってたけど、王様はどうだろう? ここで対応を少しでも間違えたら、せっかく取り付けた協力の約束がご破算になってしまうかもしれない!
「え、え~とですね! これは何と申しますか、そのぉ~……」
「ふふん、そうよ、ウチはミリー・アスタッド! 今は無き大盗賊団ゼピュロスの若きカリスマ! 以前ここに仕事に来た事もあったけど……王様は過ぎた事をいちいち気にしないよね? ね? 今はゼピュロスも解散して心を入れ替えて、カエデと世直しの旅をしてるんだから!」
「お、おいミリー、せめてもう少し悪びれてくれよぉ……。す、すみません王様! ミリーの事、別に隠そうとか思ってたわけじゃなくて……でも、ミリーの言ってる事は本当なんです。ハイダルの町で俺が勝負に勝って、今はゼピュロスを解散して俺の旅に協力してくれてるんです」
俺は必死でアスラート王に弁明を試みた。王はしばらく眉間にシワを寄せてミリーを睨んでいたが、その表情がゆっくりと和らぎ、まるでイタズラな子供を諭すような優しい口調で言った。
「ふふ……そうか、あのミリーが改心したか。さすがはカエデだな。ミリーよ、お前が犯してきた罪は決して許せるものではない。だが、真に心を入れ替えカエデの旅に協力しているのならば私はお前を信じよう。我が国の民である、お前をな」
俺達は、王の言葉に目を見開いて驚いた。ミリーが、アスラートの民だって……?
王は一つ頷くと、驚いて硬直する俺達のために説明してくれた。
「ふむ。実は色々と調べている内に分かった事なのだが……ミリーは孤児で、しかもこの町の孤児院で育ったらしいな。そして数年前に行方知れずになり……どういうわけか盗賊団の頭になっていたわけだ」
「げげっ!? ば、バレた!? ちちち、ちょっとッ! 孤児院に……何もしてないでしょ~ねっ!」
「うむ、今のところはな。よし、ならばこうしようか……お前が再び悪さをするようなら、孤児院にその責任を取ってもらう。ミリー、そういうのはどうかね?」
口元に冷ややかな笑みを浮かべて言うアスラート王。ミリーは唸りながら王様を睨みつけていたが、しばらくするとフッと軽く笑って肩をすくめて見せた。
「ふふふ~んだ! いいよ~それで。ウチもう悪さなんてしないしぃ~? カエデといれば退屈しなくて済みそうだからね」
そんなミリーの台詞に王は安堵と満足を混ぜたような表情で嘆息する。そして冥界へと旅立つ俺達に、王は再び餞別として大金を渡してくれたのだった。
それから俺達は街で食料品や傷薬などのアイテムを購入し、宮廷魔術師との合流場所である内門へ向かおうとしたのだが、コロナたっての希望もあって俺達は服飾店に立ち寄る事に。
そこでプリムに装飾品を買ってやる事になったわけだが、その理由は至って簡単。リピオに買ったのならプリムにも買って、という何ともコロナらしいものだった。結局俺はリピオとは色違いの首輪と鈴、リボンを買ってやり、コロナが笑顔になったところでいよいよ内門へと向かった。
宮廷魔術師と合流した俺達は、魔の呪印を目指して馬車を走らせる。と言っても、魔の呪印はアスラートからそれほど離れてはおらず、半日ほど進んだところですぐに到着した。
魔の呪印は、ストーンヘンジを思わせる不思議な遺跡だ。その中央の地面には直径15メートルくらいはありそうな巨大魔法陣が刻まれていて、常に仄かな赤い光を放っている。スフィア・シフトを確実に成功させるには夜の方がいいという事なので、俺達はそれぞれ思い思いに時間を潰し、夜を待った。
やがて辺りを宵闇が包み込み、月の光が風景を優しく儚げに照らし始めた頃……。
「カエデ様。そろそろ秘術の儀式を始められます。準備はよろしいですか?」
宮廷魔術師の言葉に俺はみんなをゆっくりと見回した後、力強く頷いて答えた。
それを見た魔術師も俺と同じように強く頷きを返し、手にした巻物のようなモノをおもむろに広げて詠唱を開始した。
「……オルオス・アル・レイティオス、カーネリィモルアール・キキーロス。……ピシアス・エイム、ラグラス・フォル・ネスティレシス!! 開け……冥界の門!!」
秘術と言うだけに、全く聞いた事のない詠唱だ。その一風変わった詠唱が終わると同時に魔法陣から黒く禍々しい闇が立ち上り、魔法陣の中に立つ俺達を一瞬にして飲み込む。どこまでも暗く、果てしなく深い闇。目を閉じているのかと錯覚するほどの濃密な黒に囚われながら、俺は思う。
この闇が晴れた時、俺達は冥界にいる……。そこはきっと、今までとはまるで違う世界だろう。そこで何が待ち受けているのか、俺には分からない。押し潰されそうな不安に震える体を、俺は必死に抑えて強く拳を握り締めた。
一人では負けてしまいそうなこの不安な気持ちも、今の俺には振り払う事ができる。『混沌を映す瞳』があるからじゃない。俺には……俺を支えてくれる、俺に命を預けてくれる掛け替えのない仲間達がいるから……。
だから、後戻りなんてできない。する気も、ない。
俺は前だけを見つめ、立ちはだかる壁を全力で越えていくんだ。
そう……みんなと……仲間達と共に……──。
第九章、完。いよいよ冥界編に突入します。
私事ですが、そろそろ小説賞応募用原稿の推敲作業に入らねばならない時期になってきました。推敲作業と並行してのストック作りになるため忙しくなってしまいますが、なるべく更新が滞らないように頑張りますので今後ともよろしくお願いします。




