奇禍なりし西の風
開け放たれた大扉の向こうは、華美な外観に負けないくらい豪華なロビーが広がっていた。深い赤を湛えた上質な絨毯、煌々と輝く調度や装飾の群れ──今は先に入っていった用心棒達に踏み荒らされて無残な状態ではあるが、権力がそのまま顕現したかのようなその光景に、俺は思わず息を呑んだ。
おいおい……五大賢者の屋敷だってこんな成金趣味な造りにはなってなかったぞ……おっと、余計な思考はここまでだ。
用心棒達の足跡はロビー正面の階段へと続いている。左右に伸びる廊下はとりあえず無視して、俺は迷わず階段を駆け上がった。
「……ん?」
階段を上り切った先には、ぴったりと閉ざされた大きな扉。
……おかしい。何で扉が閉じてるんだ? こんな状況でしっかり戸締りする行儀のいい奴がいるのか? あり得ない……間違いなくこの部屋の中で、何かが起こったんだ。
俺は扉をゆっくりと開け、その隙間から中を覗き込む。扉の向こうは薄暗くて、中の様子はわからない。ただ……かすかだが中には多くの人の気配が感じられた。背負った鞘からソーマヴェセルを抜き放ち、俺は意を決して中に踏み込んだ。
「! ……な、何だ、これ!」
そこで見た光景に、俺は驚く事しかできなかった。
扉の向こう側──そこには大勢の人間が確かにいた。だが、その全員が床に倒れていて、ピクリとも動かないのだ。俺の背中ごしに恐る恐る中を覗き込んだセイラは、その惨状を目にした途端に血相を変えて俺の横を通り抜ける。
罠かもしれないと注意を促す間もなく倒れた数人に駆け寄ると、セイラはその口元に掌をかざしたり手首を触ったりした後、ホッと安堵して言った。
「よかったぁ。だいじょーぶ、みんな眠ってるだけみたい。ちょっとビックリしたけど。あははっ、みんなよっぽど眠たかったんだね!」
「え、眠たかった……? いや、まぁ……そ、そっか。寝てるだけならよかった、うん」
最後の天然なセリフは聞こえなかった事にして俺は頷く。それにしてもセイラのこの行動は意外だった。この状況に動揺も混乱もなく迅速に動いたセイラに感心しつつ、俺は警戒を続ける。まだこの近くに、これをやった犯人が潜んでいる可能性は高い。
──と、今度は倒れた人ではなくその周囲の地面を凝視していたルナが言った。
「これ……『アガムケイジ』だ。何でこんな所に? ……それもこんなにたくさん」
言いつつルナが拾い上げたモノ……それは掌に収まるサイズの、筒状の物体だった。
「何? アガムケイジって」
「別名“小型簡易魔導器”。特殊な金属で作られたこの筒には、アガムを一時的に保存しておく事ができるの。これがあればエクルオスを練る事が出来ない者でも中のアガムを一度だけ使う事ができる便利な代物なんだよ。でも、その分希少価値は高い。それがこんなにたくさんあるなんて、かなり変だよ」
ルナの説明に相槌を打ちながら、俺はルナの指に摘まれたアガムケイジに目をやった。
一人残らず眠りこけている用心棒達。何が原因かといえば、明らかにこのアガムケイジだろう。アガムケイジに仕込まれた睡眠のアガムが、みんなを眠らせた……ん? ちょっと待て、何か引っかかる。屋敷に雪崩れ込んだ用心棒って、こんなに少なかったっけ?
「眠らされた用心棒と、消えた用心棒……“大量の”アガムケイジ……まさか、ゼピュロスが用心棒の中に紛れ込んでいた……?」
「ほほぉ~! いい推理するじゃねぇかよ、クソガキが」
どこから現れたのか。気付けば俺達の背後には、床に倒れている数以上の男達が立ち部屋の出口を塞いでいた。
──こいつらが……ゼピュロス!!
そうか。爆発の後、屋敷に飛び込んだロイを最初に追い掛けていった奴が、ゼピュロスの一人だったんだ。そして、後に続いて雪崩れ込む用心棒達を言葉巧みにこの部屋へと誘導して閉じ込め、アガムケイジで一網打尽にする……それがこいつらの作戦か。
──ん? おいおい待ってくれ、それはちょっとおかしい。だってそうだろ? ロイから青宝眼を奪いたかったら、こんな手の込んだ作戦なんか必要ない。前庭でロイを強襲し、堂々と強奪すれば済んだはずだ。わざわざ屋敷を爆破する意味もない……いや……。
──それに、意味があったとしたら?
あくまでも屋敷の中に人を入れようとしなかったロイ。用心棒を大勢集めておきながら自分から遠ざけるように配置したロイ。屋敷が爆破された途端、使用人も用心棒も置き去りにして自分から屋敷に飛び込んでいったロイ。そして、ロイが手にしていた、妙にくすんだ青宝眼。俺の中で全ての違和感が音を立てて繋がり、一つの仮説を導き出す……!
そして俺の推理が正しければ、ここにはロイもゼピュロスのボスも居ない。俺達の実力なら、こいつらを押し退けて強行突破もできるだろう。だが、追ってこられるのも厄介だし、かと言って全員を相手にしてる時間もない。よし、ここは──、
「リピオ、ここはまかせる! ルナ、セイラ! 走るぞ!!」
俺は素早く指示を出すと同時に、正面の男を殴り飛ばし包囲を突破する。
「コイツらッ……! 待ちや、が……れ?」
「グルルゥゥォオオオ……!」
「ち……こ、このバケモンがぁ……!」
リピオの唸り声に戦慄する男達の悲鳴を背に、俺達はその場を後にした。
○ ○ ○
──そこは屋敷のとある一室。使わなくなった雑貨で溢れた、単なる物置部屋。
薄暗いその中で、ガサゴソという卑しい雑音と埃とを立て、男は一心に何かを漁っていた。
「くっ……ゼピュロスめ……ま、まさか屋上から侵入してくるとは……よもやこの場所が感付かれた訳ではあるまいな……あっ! あった……良かった無事だ!」
男……ロイ・フォスターが雑貨の山から取り出したのは、暗がりの中でも蒼い光を放つ、澄んだ拳大の宝玉──青宝眼。
「うんうん。“今までは”……ね」
刹那。背後からの声──男女の区別がつかないほどの中性的な美声──に見下され、ロイは滑稽なほど大げさに驚き、振り向く。
「ひぎぃっ! おま、お前……! ゼピュロスか!?」
「フフ……大正解。奇禍なりし西の風──盗賊団ゼピュロス、ここに参上ってね」
頭から全身を覆う漆黒の外套、その隙間から嘲りに満ちた笑みが見え隠れする。
「アンタの事は事前によ~く調べててね。その腹黒さもチェック済みってわけ。アンタは自身と少数の使用人、それも権力を得る以前に雇った古顔の使用人以外は絶対に信じない。でもその一方では笑えるくらい臆病だから、利用できるモノは何でも利用する。ウチらの作戦は、アンタの用心深さを逆手にとって練られたのさ」
「~~ッ……ッ」
「予告状を出せば、アンタは必ずバウンサーをつける。でもそれはあくまでウチに対するポーズであり、“大切なお宝を大勢で守ってます”って事のアピールでしかない。バウンサーを決して信用しないアンタはニセモノの青宝眼を用意して懐に持ち、それをバウンサーに守らせようとするだろう。なるべくウチらが盗みやすいようにね。ほら、それで青宝眼を盗られてもそいつはどうせニセモノだ、アンタには損害無し。ついでにバウンサーへの報酬も無し、万々歳って寸法さ。仮にゼピュロスが現われなかったり、ニセモノの青宝眼を守り抜いてしまうような空気の読めないバウンサーがいても、報酬は先着一名だ。アンタにしてみれば端金だろ? ……さて、ここで唯一出てくる問題が、“ホンモノ”の在り処ってわけ。でもここまで予想できてれば、アンタにガイドさせるのなんてワケなかったけど」
ゼピュロスのボスは一気に捲し立て、外套を揺すって肩をすくめた。一方ロイはガチガチと歯を鳴らして、埃塗れの床を凝視していた。
「あ、ひょっとして助けを待ってる? 残念だけどそれは無理。アンタがバウンサーを雇うのも計算のうちだったと来れば、もうお分かりでしょ? バウンサーの中にはね、すでにウチの奴らが紛れてた。そいつらに特製のアガムケイジを持たせておいたから、今頃全員スヤスヤってね」
「なッ……!? ~~くそッ!! 畜生ッ!!」
「あっはは! いい気味ってゆーかまぁ……んじゃ、大人しくお宝頂戴な。仕事はスマートに済ませたいんでね~」
歯噛みし、床に拳を打ちつけるロイ。その惨めな姿にゼピュロスのボスは勝利を確信し、その口角を吊り上げた──。




