狙われた青宝眼
用心棒に志願しようという他の連中に混ざって、俺達はフォスター邸に到着した。
華美な門構えに、壮麗な西洋風の屋敷。レンガ色の頑丈そうな外壁には威圧感と落ち着きが同居し、若草色で溢れた庭園と見事に調和している。敷地の広さはルーラント邸ほどではないが、首都内でのコレはかなりの上流階級ぶりであるらしい。
よく整った芝生の前庭には、すでに大勢の人間が集まっていた。自ら用心棒を志願するだけの事はあり、集まっている誰もが屈強そうな男達ばかりだ。そんな中にあっては、当然俺達という存在はかなり浮いてしまう。
奇異と好奇の視線が注がれる居心地の悪さに嫌悪感を覚えつつも、俺はそんな男達に負けじと、眼に冷たさを宿して視線を巡らせる。
もちろんと言えば情けないが、地球にいた頃の俺にはとてもこんな真似はできない。が、今の俺は違った。ここにいる連中はいつぞやの三人組同様、その実力は下の下だ。見ただけでそれが判るという時点で大きな変化だけど、それ以上に変わった事は、『自分に自信を持てる』ようになったという事だろう。
この世界ではまだまだ新参者である俺だが、地球では味わう事のなかった幾つもの死線をそれなりにかいくぐって来たつもりだ。それが、たとえ傲慢な独りよがりであったとしても。
その事実が、肉体的にも精神的にも俺を強くしたのは間違いない。
睨み返す俺に対し男達が嘲笑を浮かべたところで、いよいよ屋敷の扉が乾いた音を立てて開き、初老の男が二人現れた。
一方は、細身で線の薄い、誠実そうな白髪の男。
一方は、煌びやかな衣装を纏い口髭を蓄えた、恰幅のいい男。
恰幅のいい男が前庭に集まった一同を見回し、口を開く。
「静粛に、諸君。私が屋敷の主、ロイ・フォスターだ。こんなにも大勢の猛者達が集ってくれた事、誠に嬉しく思う。まだこの後も集まる者が居るかも知れないが、一度ここで私から事の詳細を説明しておこうと思う」
ロイは後ろについていた白髪の男──おそらく使用人だろう──に「おい」、と合図を出す。使用人は懐からおもむろに一枚の紙を取り出し、開いて見せた。
「見ての通り、昨日我が屋敷にゼピュロスを名乗る者からの犯行予告状が届いた。その内容は、明日の0時、つまりは今宵0時に私の所有する宝の中で最も高価で貴重な“青き宝石眼”──『青宝眼』を盗み出すというものだ。確かに私は青宝眼を所持している。が、これは極限られた者以外は知りえない事なのだ。どのような経緯で情報が漏れたのかは定かではないが、今となってはもはや瑣末。ゼピュロスに知れた以上、私は私の力でこれを守らねばならない」
ロイはここで話を区切り、今度は自分の懐から手の平サイズの青い宝玉を取り出す。遠目に見た感じ俺達の持つ『赤宝眼』よりややくすんでいて、光もない……あまり保存状況が良くないのか?
「青宝眼は、私が肌身離さず持っている。諸君らの仕事は、ゼピュロスの手から私を守る事。ひいてはそれが青宝眼を守る事に繋がる。0時、見事私を守り抜き、私の一番近くに立っていた者一名に報酬として100万グランを支払おう。それ以外に、この件に十分貢献したとこちらで認めた者にもそれぞれ5万グランを支払う。さて……これに賛同するのならここに残り、そうでない者は速やかに立ち去ってくれ」
言って、ロイは辺りを見回す。屋敷の前庭には依然静寂が続いた。それは、ロイの出した条件に集った者達からの不満がない事を意味していた。
……ふ~ん、不満がないのは意外だな。この条件、最後にロイの一番近くにいた奴にしか報酬はないって事だ。つまり他の奴らは全員タダ働き。貢献した奴にも5万グラン支払うなんて言ってるけど、そんな曖昧な言い方じゃ何だかんだでケチをつけられて終わりだろう。
もともと俺達は報酬目当てにフォスター邸を訪れた訳じゃないから文句はない。ここに集まった人達も、ひょっとしたら報酬が目当てなのではなく、ゼピュロスという大盗賊団を捕らえて名を挙げる事を目論んでいるのかもしれないな。
「予告時間まではまだ余裕がある。それまでに準備を整えるなり、各自で判断し行動してくれ。また18時にはこの場所で立食パーティーを開く事にしている。是非参加して夜への英気を養って欲しい。──では、解散!」
ロイの声を合図に、用心棒達は思い思いに行動を開始した。
戦闘に備え備品を調達しにいく者、ゼピュロス出現後の立ち回り方を練る者、周囲に声を掛け同志を募る者、殺気を撒き散らし、ただ時を待つ者──。
そして俺達はというと……、
「カエデ、私達はどうする?」
「そうだなぁ……勝ちポーズでも決めておくか」
そんな気の抜けた台詞をルナに返すと、
「……カエデ。私達は……どうする?」
ぐい、と胸倉を掴まれて同じ質問を繰り返された。──魔物みたい、この笑顔。
「ひぃぅっ!? と、とと、とにかく一度商店街に戻ろう。一日分の食料を買い足しておかないと」
「? それはそうだけど、ゼピュロス対策は?」
「ふん、たかが盗賊風情。我が策を講じるまでもないわ。臨機応変に動き牙城を崩す。なぁに、造作も無い事よ」
「…………あ、そう」
あれ、何か今すごく馬鹿にされたような……。
「で、でもわかり易くていいよね! シンプルが一番って言うし」
と、和やかな団欒? を楽しみつつ、俺達は時間を潰したのだった。
○ ○ ○
──0時10分前。
賑やかな晩餐会を終えてから、すでに3時間以上が経過していた。
場所は変わらず、屋敷の前庭。煌く星々が散らばる漆黒の天蓋を頭上に、辺りは、ただひっそりと。来るべき時が来るのを、ひたすらに待ち侘びていた。
張り詰めた緊張の中で、俺はふとロイに目をやる。ロイは屋敷の大扉を背に、二人の使用人(先の使用人とは別)を両隣に置き、不安げに眉をひそめている。
……何か、妙だ。
ロイは本当に青宝眼を守る気があるのだろうか? これだけ大勢の用心棒を雇っておきながら、隣には用心棒ではなく使用人を配置している。この意味は何だ?
「ねぇセイラちゃん。セイラちゃんの本当のお兄さん──アレスさんってどんな人?」
結局──ロイはこれまで、一度たりともこの前庭以外の場所には誰一人入れなかった。……確かに俺達用心棒には、信用も信頼もないだろうけど。
「ん~と……カエデお兄ちゃんとは結構、似通ってるトコロあったかも。すごく冷めてるんだけど本当はあったかで、優しい人。強くてかっこよくて、集落の子達にも人気があって、ん~……とにかく自慢のお兄ちゃんだよ」
これは俺の勝手な想像だけど、ロイにとって俺達は、ゼピュロスへのプレッシャーを与えるためだけに揃えられた、ただの障壁なのかもしれない。成功報酬も高額ではあったものの、かなり条件が限定されてたし……払う気無しって可能性も……。
「へぇ……ふふん、それだけ聞くと、“今の”お兄ちゃんとは雲泥の差ね~」
だけど……犯行予告状まで寄越すような大胆な盗賊団に、多勢というプレッシャーなんかが果たして通じるのか……。
「えー、そんな事ないよ~。強いし優しいし、かっこイイし、それに面白いし。あ、そういえば目つきが鋭いトコロとかちょっと似てるかも! カエデお兄ちゃんもボクの自慢のお兄ちゃんだよ」
何はともあれ、あと数分後には事態に変化が出るはずだ。俺としては変化が出ないことを期待したいけど……せめて、怪我人が出ないことを願おう。
「む……セ、セイラちゃんは危ないところを助けてもらっちゃったりしたから、ちょっと錯覚してるんじゃないかなぁ? アレは単なる変人だって」
「……おいこらルナ。黙って聞いてりゃとんでもない事をぬけぬけと……いいか、俺は変人じゃない。奇天烈なだけだ」
「自分でそんな事言うなんて、確かに奇天烈よね」
不機嫌に言い捨て、そっぽを向くルナ。あれ? ルナのやつ、何だか少し怒ってるみたいだ。よく聞いてなかったけど、セイラと何の話をしてたんだろう?
──と、その時だった!
耳をつんざく爆音が轟き、その衝撃が夜気と大地を震わせる。慌てて見上げた屋敷の屋上が、もくもくと黒煙を吐き出していた。
「なッ……何事だッ!?」
「本当にゼピュロスが来たのか!?」
誰のものとも知れない狼狽した叫びが飛び交う中、俺は時間を確認する。
0時──5分前──!
くそっ! そういう事だったのか! ゼピュロスの犯行予告時間“0時”とは、『その時すでに仕事を終えている時間』だったんだ! つまり奴等は、これから5分以内に青宝眼を盗み出す……!
全くの意表をつかれ、前庭を埋め尽くした用心棒達は完全に浮き足立っていた。これでは本当に、無意味な障壁にしかならない。
「カエデ! どうしよう!?」
ルナとセイラが怯えたように俺にすがり付いてくる。
「どうもこうも……そんな慌てる事ないよ。俺達の仕事はクライアントであるロイの護衛。爆発があったからって……えっ?」
努めて冷静に今後の方針を口にし、その途中で俺は愕然とした。クライアントであるロイが、どういうわけか血相を変えて屋敷に飛び込んでいったからだ。
一体何を考えてるんだ、あの人! こんなに混乱した中で勝手に動くなんてマトモじゃない。クライアント失踪なんて、今の状況じゃ火に油を注ぐのと同じだ。
「おいッ! 依頼主が屋敷に入っていったぞ!!」
「それじゃ報酬はどうなるんだ? 最後に目の前にいた奴のモンなんだろ!?」
ロイの奇行に気付いた者が叫ぶ。同時に、その場の全ての人間が屋敷へと殺到した。
「これは……だめだな」
俺は殺気立った空気に押し出され、呆然と立ち尽くし呟く。混乱どころの騒ぎじゃない。絵に描いたような修羅場が、そこにあった。
まさか……ゼピュロスの犯行予告はコレを見越しての事だったのか? だとしたら……相当キレる。ただの荒くれ者の集団じゃないって事か。
「……ハッ!? か、カエデ! 私達も行かないと!」
俺にしがみ付いたまま止まっていたルナが、気付いたように叫んだ。その声に尻を叩かれ、俺達も一歩遅れて屋敷に入ったのだった。




