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 話は原作とは大きくずれて進んでしまった。

 擬態以外にも複数の魔法が掛けられているらしいと、それとなく示したヒントで大体を理解した女王はローザに真実を告げることなく協力を受け入れてくれた。最初警戒をしていたローザやマーカスも敵ではないと認識したようで徐々に態度を軟化させた。驚くことにウィルに至っては「レディが言うなら大丈夫だろう」とあっさりとシュナザル達に対して信頼を示してくれもした。

 武王の掛けた魔法のせいで、正体を明かした途端ローザが死んでしまう可能性もあるため自分たちが親子であると言えなかった女王ヴィヴァリオナは苦しかっただろう。それでも女王として毅然とした態度を取りつつ豊かな母性と親愛の情を見せる彼女を不思議がりながら、ローザも最終的には女王に心を許し二人の仲は良好になった。

 旅が終わり国に帰ればシュナザルに対する誤解を解き親交を結ぶよう努力するという健気なローザに、決して無理はしないように、どんな時でも自分達は貴女の味方だからなどと言う温かい言葉も貰いシュナザルの森を抜けることも出来た。

 原作をは違うが、彼女は満足している。誰も死んでいない。皆が笑顔だ。こんな世界もいいではないか。

 

「おい!人の話を聞いているのか?前から思っていたが君という女は…」

「いいんじゃないかなーって!こんな世界もいいんじゃないかなーって!後悔なんかしてないもん!あんたなんかやっぱりいなくていいなんて思っていないもん!!」

 

 意外と口煩いタイプのマーカスの小言を8割聞き流し、残り2割は無理に頭から叩きだして現実逃避をする彼女の頭にマーカスの拳が落ちる。女性に対してなんてことをと思うが、彼女の破天荒さや意味不明な言動に手を焼いた一行は割と早い段階で子供を叱るように教育的指導をするようになっていた。

 というか少し手加減しろ。

 目の前に火花を散らしながら唸る彼女の頬に、レニーが優しく唇を当てる。ぺろりと頬を舐めあげる濡れた感触。

「レディさん、かわいそーなのです。レニーがぺろぺろしてあげます」

「わーい、嬉しー。でも今ウィルがちらりとこっち見て顔色変えたから、もう離れた方がいいと思うよ?」

「えへへー。あんなヘタレは指を咥えて羨ましがっとけばいいのですー」

 

 どうしてこうなったんだろうなぁ。


 頬を舐められ、どさくさに豊かな胸を揉まれながらもぼんやりと考える。

 ああ、だけど、そう言えばこんな話もあったっけ?

 もやもやと頭の端に浮かんだ映像に、彼女は一人首を傾げた。

 そう言えば前後編の劇場版になった時、原作通りでは尺が足りないし残酷なシーンも多いからとマーカスは生き残り戦闘メインの恋愛糖度も低めになったはずだ。

 そうか、そうだった。思い出した。ここは本誌ではなくアニメ版、しかも劇場版の世界だったのか。

 頭の中に光が射し、パンパカパーンとファンファーレが鳴る。ようやく思い至った正解に心が透くのを感じた。

 眉間に皺を寄せていた彼女の顔が急に緩んだのを見たローザが、どうかしましたの?と問うてくるのに明るく笑う。


「ううん、なんでもない。ちょっと色々思い出しただけ」

「思い出した?……それは、新しい記憶を思い出したということ?」

「ん?」

 

 彼女とは対照的にすっと目を細め探る様に覗き込んでくる美しいお姫様にちょっとときめく。

 いや違うだろうとセルフツッコミをしている間に、眉間に皺を刻んだローザが深い深い溜息を吐いた。


「……ヴィヴァリオナ様が、人間の初代聖女は彼らと共に魔竜を倒す旅に参加したと仰ってましたわ」

 

 聖女。それは人の世界に闇が落ちる時現れる神の使い。

 闇を祓う魔法や人の心を癒す力、聖女ごとに能力は様々ではあるがそんな力を使って世界を救ってきた伝説の人だ。

 この世界ではローザこそが聖女ではないかと謳われている。


「初代聖女の力は先読みだったそうですの。彼女は未来を先に見て、そのおかげで戦いに勝ったと言われています。これは後世の聖女には現れなかった力です」

「はーん、そうなんだ。まあ未来が見えたら楽よねぇ。その通りに行動したら勝てるんだもの」

「ええ、そうね。ヴィヴァリオナ様が言うには、初代聖女は、この世界は本に書かれた出来事だと言っていたそうですわ」


 美しい翠玉の瞳にじっと見られ、彼女はぱちくりと瞬いた。


「……本?」

「ええ。気がついたら誰もいない白亜の図書館で本を読んでいるんだそうです。大好きな物語で彼女はどんどん読み進めていく。読んでいる最中、彼女は自身のことを別の世界で別の生活をしている人間だと認識しているそうです。我に返ればそこは現実で、さっきまで読んでいた本はこの世界の物語だったと思い出す。彼女は物語として世界の未来を見ていたと、シュナザル達には語り継がれているそうです。……どこかで聞いた話ですわね?」


 彼女は何度か瞬きをして、言葉の意味を理解するとゆっくりと首を振る。

 そんなはずはない。そんなことはあり得ない。

 彼女は文明の発達した平和な世界から転生してきた、ただのモブだ。


「あなたの荒唐無稽な前世のお話は素敵ですけど、ねえ、では前世のあなたのお名前はなんておっしゃるの?たまに出てくる腐った思考をお持ちのお友達のお名前は?わたくし、ずっと思ってましたの。この世界の本のタイトル以外、あなたから固有名詞を聞いたことがないなって」

「姫、待ってください。それはレディが今代の聖女だと?」

「黙っててちょうだい、マーカス。ねぇレディ、実はヴィヴァリオナ様にもこの話を致しましたの。あの方も私と同じお考えでしたわ。それで、この前あなた言ってたでしょう?原作から踏み外しちゃったって。困ったみたいに呟いてたわ。本当はシュナザル達と会わない筈だったのかしら。それとも戦う筈だった?それが変わってどうなるか、わたくし少し気にしてましたのよ」


 一旦息を置いて、美しい少女が静かに口を開いた。透き通る瞳は真っ直ぐに彼女を貫いて。


「未来から道を外したらどうなるか。……あの方の読みでは、あなたは現状に沿った新たな物語を『思い出す』」

「っ……」


 息を飲んだ。

 確かにここは劇場版の世界だったと思い出したのは事実だ。


 だけど違う。そんな筈はない。


 自分は転生をしたのだ。生まれる前のことだから記憶がぼやけているところはあるが、確かに学校の教室で友人達と盛り上がったのだ。物語が進む度に泣いて笑って、劇場版だって友達と見に行ったし、アニメの放送直後には友達と「今週の作画は神!」なんて感想をメールで送りあった。本誌の発売日にはコンビニに寄って、ドキドキしながらページをめくった。あの週刊誌独特のちょっと荒い紙の感触も覚えている。


「違うわ。あたしは、本当に」

「ねえ、レディ。あなたはわたくしとウィルをくっつけようと必死になってましたわね。でもそれは無理ですわ。わたくしは他の女性を思う方に迫ろうとは思いませんし、それに、わたくしはお兄様が好きだもの」

「ぅえっ?!」

「はっ…?ひ、姫?!」


 衝撃の告白に目を瞠る。普段色男然としたマーカスもアホのように目を剥いてぽかりと口を開けた。彼女の胸に顔を埋めていたレニーだけがちらりとローザに目をやってあーあ、言っちゃったとばかりに息をつく。

 ローザは静かに静かに微笑んだ。それは柔らかく優しく、哀しい笑みで。


「……お兄様が、好きなんです。確かにウィルには少しだけ惹かれましたわ。だって髪の色も目の色もお兄様と似ているんですもの。逞しい体も、力強く微笑むところも。彼があなたを想っていなければ、彼のことを好きになっていたかもしれません。お兄様の代わりとして」


 だけど彼にはあなたがいるし、彼はお兄様じゃないもの。

 そう微笑む美少女を見ながら脳裏に浮かんだのは劇場版公開後に本誌で書き下ろされた特別版だ。

 劇場版で主人公達の恋愛が描かれなかった為のアナザーストーリー。確かにそこでは血の繋がらない兄妹の、種族を超えた愛が描かれていて。

 悲恋に終わるそれを思い出し顔を強張らせた彼女を見て、ローザが静かに首を振った。


「……あなたが何かを思い出したとして、結末は聞きません。ここから先はわたくしの物語だもの。ただ、知って欲しかったの。あなたは、無関係などこにでもいる誰かではないわ。ここは現実で、これはあなたの物語。あなたとウィルの、かしら。ねぇ、だから、認めていいのよ?」


 本当は、ウィルを好きなこと。

 彼に選ばれたいと願うこと。


 真摯に向けられる翠玉に彼女は言葉を飲み込んで唇を噛んだ。

 違うのだ。違うはずだ。

 ここは物語の中で、自分はただのモブだ。

 自分はこの先を知っている。漫画で見たのだから間違いない。

 そうでなければ、自分がモブでないのなら、なぜ自分がここにいるのか、この先どうしたらいいのか、全くわからないではないか。

 


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