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 彼女の強引な交渉で、お姫様ことローザに不審がられながらも何とか一行は一緒に旅をすることになった。

 しかし騎士の庇護など必要なさそうな戦うことを決意したお姫様と、その凛とした姿に驚嘆はしても心惹かれた様子の微塵もない騎士様に恋の芽生える気配はない。どころかなんだか妙な友情と連帯感が結ばれてしまったようで、気が付けばお姫様は彼女とウィルを二人きりにして陰からこっそりと見ていることも多い。なんでこうなる。

 何とかローザに主人公様の魅力に気付いてもらおうと彼がいない時にそれとなく褒めちぎってはみるのだが、大抵目を輝かせたローザに「ええ、本当に彼は素晴らしい騎士ですわ。美しくて品もあり、少し頑固だけど愛する人に誠実。やっぱりそんなところに惹かれたんですの?」なんて女子会ノリで喰いつかれるのだ。お姫様も人の恋愛話は大好物らしい。

 原作では兄や母など極一部の信頼できる人間の前でしか崩れなかったローザの無表情は、最近割とよく砕ける。主にウィルの件で彼女を揶揄う時が多いがこれも原作とは大きく違う点だ。

 氷姫と渾名されるほど無表情のお姫様が初めてウィルの前で優しい微笑みを見せた時は、ちなみに見開きだったが、あまりの愛らしさにネット上で祭が起きたくらいだった。それがどうだ、笑みを見せるより前から早々に呆れ顔やジト目、嘲り、怒り、果ては舌打ちしての「この、ヘタレ」と言った罵りなど数々の表情を惜しげもなく見せてくれるではないか。ちなみに呆れやジト目、怒りは主に彼女の奇行に向けてだ。

 それと初めて見せたはにかんだ微笑みも彼女に向けてだった。鼻血が出そうな程可愛かったが、「可愛い!」と叫んで抱き着いた彼女にウィルは色々入り混じった複雑な表情を向け、そんな騎士にお姫様は勝ち誇った微笑みを見せていた。

 

 


 考え事をしながらぼんやりと目の前の光景を見ていた彼女の前で、激しい砂煙が上がった。

 けらけらと笑いながら髪を掻き上げる優男に吹き飛ばされたウィルが唇を引き結びすぐに立ち上がる。


「ウィルの応援をしないのか?」

 聞いたのはローザの護衛騎士にして幼馴染のマーカスだ。

「んー…でもねぇ…」

 相手は強いが、ウィルはその身に流れる古の力とかそんな感じのアレを目覚めさせて勝つはずだ。そうしてボロボロの体で目に涙を浮かべて見守っていたローザに駆け寄り無言で強く抱き締める。ローザははらはらと涙を零しながらそっと彼の背中に手を回す。明確な言葉にはしないものの、今まで互いに秘めていた想いを二人が初めて交わす彼女の大好きなシーンだ。

 原作の場面を思い出して口の中でぐずぐずと言っている彼女をどう思ったのか、マーカスが笑った。

「冷たいな。彼は君の為に戦っているのにな、ワンダ」

 女性受けする甘い顔に、にぃ、と意地の悪い笑みを浮かべて覗き込む男に溜息を吐く。さっきからワンダワンダと皆煩い。

 『黄昏の系譜』に登場していた主要人物に対し「あたしはただのモブだから」と名前を名乗らず隙あらば一行を離脱し陰から見守ろうとする彼女について、思うところは皆あったらしい。

 突然現れた優男が彼女をワンダと呼んだ時、誰もが驚いた。そんな名前だったのかと問われ、困って言葉を返す前に話は彼女を置いてどんどん進んで行ってしまう。

 優男は以前出会った邪法使いの魔導士だ。出会った時はここが漫画の世界だと思い出す前で、あの男が登場人物だということにも当然気が付いていなかった。

 男は条件に合った女たちに邪法を掛けその魂を自分の目的の為に使っていたのだが、ワンダにだけは掛けることが出来なかったのだという。その理由を彼女の魂自体の魔法防御力の高さだと考えた彼はその珍しい特性に狂喜した。彼女に自身の子供を産ませ、自分たちの特質を受け継いだその子供を生贄に目的を叶えるのだと整った顔を綻ばせて陶然と語る様子は恋する男のようにも見え、その異質さに全員が不快感を露わにする。

 

 レディは、彼女は渡さない。


 怒りに震えながら剣を抜いたウィルが男に戦いを挑んだ。邪法使いは恐ろしい程強くウィルは明らかに押されていたが、これは彼の愛とプライドを賭けた戦いなのです、とローザが誰にも手出しを禁じた。

 だから逸る気持ちを抑えながら皆はただ見ている。ウィルの勝利だけを信じながら。

 

 ちなみにこの間、本当に珍しいことに彼女は殆ど喋っていない。

 口を出す隙がなかったのだ。

 え、あたし?いまもしかしてあたしの話をされてる?なんて驚いている間にあっという間に話は進んで行き、気が付いたら勝利の景品のような扱いになっている。

 

 解せん。どうしてこうなった。

 

 本当は、あの男に目を付けられるのはローザのはずだったのに。

 そもそも魔導士が出てくるのはもっと後のはずだ。

 仲間を失い疲れ切ったローザが辿り着いたある街で偶然出会うのだ。包み込む様に優しく接してくれる男にローザの心は少しだけ慰められる。読者がすわライバルか、いや当て馬に違いないと予想する中で実は狂った敵でしたと解るまでのストーリー展開はかなりぐっときた。好きな話のひとつであるが、まさか自分がローザの立場に置かれるなど予想もしていなかった。

 彼女の口から深い深い溜息が漏れた。

 

「……なんでこうなるかなぁ…。ワンダって、あたしの名前じゃなんだけどな」

「ふぅえぇええ?」

「はあ!?」

「なんですって?」


 ぽつりと呟けば予想以上に大きな声で反応をされ、気まずさにそっと目を逸らす。

 だって彼女が悪いわけではない、はずだ。

「……だからぁ、アイツ、人の名前を媒介に呪いを掛けるのよ。まあ出会った時はあたしも知らなかったんだけど、でもなんか獲物を見てる感じの目付きも嫌だったし相手もしたくなかったから、名前聞かれた時に少し前に死んだ知り合いの名前をぽろっと名乗っちゃったのよねー」

 あははと乾いた笑いを零せば、ローザがあっけにとられた様子で大きな瞳を瞬かせた。

「じゃあ、呪いが効かなかったのは……」

「だってあたしの名前じゃないし。本名でもなければ普段使ってる通称でもない。あたしを表すものじゃなくて本当にその瞬間名乗っただけの偽名だからねぇ。本当の持ち主は死んじゃってるし、呪いなんて掛かりようがないのよねー。あはははは」

「あはははじゃないだろう!」


 怒鳴る男をちらりと見て口を尖らせる。

 色々原作通りじゃないのは理解しているしどうらやそれが自分のせいらしいということもわかっている。だがこれまでは何とか原作に沿っていた話の筋が大きく変わったのは彼、マーカスを助けたせいなのに、と彼女は胸の内で不平を零した。


 旅の途中で通るしかなかった魔の森で、人間を憎む種族、膨大な魔力と青い肌を持つシュナザルの追撃から仲間達を逃すため、囮となってマーカスは命を落とすはずだった。それは今後の展開に密接に関わる重大な場面だ。

 人間とシュナザルの確執は古いが、それが一層深くなったのは16年前に人間の武王、つまりはローザの父親がシュナザル侵攻を成功させたことにある。

 人間の歴史で語るならば魔力を操り世界を我が物にせんとする粗野で邪悪な種族を勇猛な武王率いる精鋭の兵団が打ち払い、魔の森に張った結界に閉じ込めた。

 これによりシュナザルは外界に出ることが出来なくなり、世界の平和は守られたことになっている。


 だがシュナザルの側から見れば全く違う。

 ずっと以前から自分達の魔力や美しい外見を妬んできた野ザルの如き種族、ニンゲンの一団がある日シュナザルの土地に迷い込んできた。聞けば王都から和平の遣いだという。いい加減争うのも馬鹿らしい、和平を受け入れてはどうだという女王の優しさにより王宮に招き待てなしてやったというのに、深夜になって野ザル達は突然に牙を剥いた。

 生まれたばかりの幼い王女を人質に、王配を殺害し宝を奪い毒をばら撒き無辜の民の虐殺を始めたのだ。

 もともとシュナザルの人数は多くない。生き残った少数のシュナザル達が逃げ込んだ森の周囲に女王が結界を張り侵入を防げば、人間はさらにその周辺に赤子である王女の命と連動した結界を張って彼らを閉じ込めてしまった。

 人間達は引き上げたが、結界を破れば王女が死ぬ。ジレンマに悶えながらシュナザル達は慣れない森で新しい生活を始めるしかなかったのだった。

 それから16年。訪れたのが主人公一行だ。

 結界の中にどうやってか人間が入り込んだと気が付いたシュナザル達はとにかくこの非道な扱いを止め、1日も早く王女を解放して欲しいと交渉するつもりだった。

 だがローザ達は幼い頃からシュナザルは残虐極悪な魔物で捕まればおぞましい拷問の末に殺されると教え込まれているため、そもそも顔を合わせる気がない。そんな前提の齟齬は世界の悲劇を加速させた。

 原作ではローザ達を逃した後自分を包囲したシュナザルの若者を倒し彼らの行く手を阻んで微笑むところでマーカスの出番は終わる。コミックスの8巻だ。長期連載であったことを考えれば結構早い退場だ。

 その後ウィル達は怒り狂ったシュナザルの女王の呪いによってさまざまな魔物を差し向けられる。中でも三つ目の白馬の跨った首なし騎士は特に恐ろしく、10巻での初登場から実に32巻に至るまで今彼女の胸に頬擦りを続ける美少年色欲獣人のレニーを始め沢山の仲間や知り合った人々、時には街一つを蹂躙し殺しつくし主人公達を苦しめ続けた。

 まあネタバレをしてしまえばこれが女王に殺され、呪いで魔物に落されたマーカスの成れの果てだったりする。

 32巻で初めて彼の正体を知り、ウィル達は絶望の底に叩き落される。切り落とされたマーカスの首の、拷問でぐちゃぐちゃにされた顔も恐怖と苦痛に狂い仲間達への恨みと呪いを吐き続ける様子も凄まじかった。おかげでいつかマーカスの再登場を願っていたお姉さん方の絶望も凄かった。悪堕ちも萌えるなんてすぐに立ち直っていた人も中にはいたようではあったが。

 そんなこんなで黒いこととか暗いこととか色々あって、ウィルとはぐれたローザはたった一人でシュナザルの女王ヴィヴァリオナと戦うことになる。森に張られた結界が壊れたため自分の娘が死んだのだと確信した女王は十数年に渡る怒りや絶望、憎しみの全てを魔力に込めてローザに叩きつけ、そうして一人爆ぜて死んでしまう。

 ローザには何が起こったのかわからない。だが女王は気が付いてしまった。

 いま発動したのは16年前、産まれたばかりの王女に自分が掛けた殺意を跳ね返す防御魔法だと。つまり目の前の少女は魔法によって人間の姿に変えられた自分の娘で、自分はずっと愛しい我が子を殺そうと呪い続けていたのだと。

 訳が解らぬまま助かったローザは涙を一筋流して息絶えた女王を憎々し気に見下ろし、その遺体を火で燃やしてしまう。それがシュナザルにとっては死を穢す行為であると知った上でだ。

 怒りと憎しみの連鎖。それがもたらす無常。黄昏に向かうこの作品の本質はどこまでも重い。


 ちなみにローザが全てを知るのは世界の異変の元凶、魔竜と対峙する時だ。複雑な星の運行が一巡する度、つまりは1500年周期で蘇る魔竜を倒せるのはシュナザル王家に流れる特殊な血だけだったのだ。精霊や妖精、様々な種族からシュナザルが一目置かれていたのは世界を守る役割を持っていたからで、蚊帳の外に置かれた人間だけが何も知らず世界の覇を争っているつもりでいたわけだ。

 魔竜を倒したものの赤ん坊の頃父王、否、誘拐犯である武王に掛けられた人間へ擬態する封印魔法が解けてシュナザル独特の青い肌を晒したローザは自身を厭い逃げ出そうとする。それを捕まえて、ウィルは初めて告げるのだ。

 『君が何者であろうと構わない。君を愛している』と――。

 

 初めて読んだ時には鳥肌が立った。彼女の同級生の中には授業中にこっそり本誌を読んで泣き出してしまい立たされたお間抜けさんもいる。

 だが重い物語の中で寄り添う騎士とお姫様は美しく、互いに想いながらも遅々として進まない恋愛にもだもだしつつコミカルな描写や圧巻の戦闘シーンも多いこの漫画は、やっぱり大好きな作品だった。


 だから、原作に沿って話を続けるためにはシュナザルの土地でマーカスを置いて行くのは正しい。そうでなければならない。彼女が見たかった数々の萌シーンは、その悲劇があったからこそ起きるのだから。

 

 だけど。

 だけど、彼女は一緒に旅をしてしまった。

 原作では見られなかったマーカスの面倒見の良い一面やローザがどれほど彼を信頼しているかを見てしまった。

 

『女王様!いますかー!!私達、人間ですが話し合いに来ましたー!!手を貸してくださーい!』

 

 シュナザルの森の中、先に行けというマーカスの背中にしがみ付いて、気が付いたら大声を上げていた。

 

 

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