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二話 何もしなかったことを嘆く少年と、してしまったことを後悔する少女(5)-1

 Ⅴ (クロエ)


 ひどい頭痛にクロエが目を覚ますと、ロランが足下で寝台を枕にして眠っていた。ずっと側にいてくれたのだろうか。試しに足の先でつついてみたが起きる気配もなかった。口を開けて随分とだらしない顔をして寝ている。一体どんな夢を見ているのか。クロエは思わず微笑ましくなった。人の顔を見て笑うなんていつ以来だろう。クロエはその顔をしばらく見ていたが、あまりに見つめすぎたのか、視線を感じたロランが重そうにまぶたを開けて起き上がった。


「大丈夫か?」


 ロランがぼんやりした目をこする。


「ええ。もう平気」


 頭痛を隠してクロエは答えた。


「いま何時? みんな無事だったの?」


「いまはまだ夜中だよ。みんな無事だ」


「……そう。ごめんなさい」


「突然倒れたらびっくりしたよ。良かった、目が覚めて」


 ロランが胸を撫で下ろす。


「あの力は続けてはできないの。消耗するから」


 クロエは力なく笑った。何故だか知らないが、あの力を使うとひどく疲れるのだ。クロエの笑みをみて、ロランが怒鳴った。


「そういうことは先に言ってくれっ。心配したじゃないかっ」


 ロランは知らずその力を利用したことを後悔しているようだった。苛立った声でクロエを責めた。無事を喜んでいたはずの空気が澱む。また迷惑をかけたのだと、クロエは思った。


 夜明けを待ってクロエが屋根裏の階段を上がるとマリーはすでに目を覚ましていて、鎧戸を開け放って鮮やかな朝の光を浴びていた。逆光になっていてマリーの顔はよく見えないが、彼女の指先や肩には小鳥や栗鼠たちが心地よさそうに体を休めている。とても美しい光景だとクロエは思った。


「なんか用かい?」


 いつまでも声をかけてこないクロエに疑問を感じたのか、マリーが先に声をかけた。


「朝が早いのね」


 クロエはマリーの近くへ用心しながら寄っていった。動物たちは安心しきっているのか逃げる気配もない。


「あんまり寝なくても平気な質なんだ。寝ていた方が都合が良かったかい?」


「そんなつもりじゃないわ。朝ご飯が出来たようだから、どうするかと思って」


「ああ、お腹ぺこぺこだよ。こいつらを喰ってしまおうかと思ってた」


 小鳥の喉を撫でながらマリーは言った。言葉とは裏腹にその仕草や表情からは優しさが溢れている。その愛らしい姿にクロエも笑みが浮かんだ。


「噛んだりしないの?」


「こいつらは平気だよ」


 興味深く見つめ過ぎたのだろう。マリーが


「動物は好きかい?」と訊いた。


「あまり接したことがないから。わからないわ」


 リュカとの生活では動物は食料であり、ただの道具であった。可愛がるようなことはしたことがない。


「触ってみるといい」


 マリーは肩に乗っていた栗鼠の一匹を手のひらに乗せるとクロエの前へと差しだした。


「下からゆっくりと手を出して、まずは匂いを嗅がせてやるんだ」


 言われた通りに手を出すと栗鼠は指先の臭いをクンクンと嗅ぎ、撫でろと言わんばかりに頭を指になすりつけた。恐る恐る頭を撫でると栗鼠は気持ちよさそうに目を細めた。


「……かわいい」


 しばらく動物たちとじゃれ合っていると、ロランが階段の下から声をかけてきた。


「なあ、起きてるかー?」


「あ、いけない。食事忘れてた!」


「そうだよ。お腹ぺこぺこだって言っただろ? ほら、お前たちもお帰り」


 マリーが声をかけると、動物たちは言葉がわかっているのか一斉に鎧戸から外へと駈けだしていった。


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