二話 何もしなかったことを嘆く少年と、してしまったことを後悔する少女(4)-2
☆(クロエ)
「それで、ここに来たのか……」
薄ぐらい洞窟で、ロランはマリーの寝台で横になっていた。
「……すまない」ロランが擦れる声でつぶやく。
「ま、ここまで追っ手は来ないだろう。夜中にセバスチャンが来るから、様子を聞いてみればいい」
ロランの意識はもうろうとしており、クロエは傷口を確かめるためにロランの服を脱がせて包帯を解いた。マリーは傷を見て、顔をしかめる。
「うへぇ、血はちょっと苦手だな」
「治療したいの。針はないかしら」クロエは尋ねた。
「あると思うよ。セバスチャンがときどき破れた服を縫ってくれるから……ほらあった」
櫃からマリーが針と糸を取り出した。こんな洞窟に人が住んでいることをクロエは不思議に思った。しかもこんな若い女性だ。だが詮索をするような暇はなかったし、なによりロランが頼ってきたのだから、敵ではないのだろう。
「ロラン、これから傷口を縫うわ。痛むと思うけど、我慢してね」
ロランが凍えながら頷いた。血を失って寒いのかもしれない。クロエは急いで蝋燭の火であぶり消毒した針をロランの肌に突き通した。皮膚を破る感触に思わず手が止まる。知識はあったがクロエには初めての経験だった。ロランが眉根をしかめて苦しげに息を吐いた。クロエは緊張しないように、これは刺繍だと自分に言い聞かせた。
「うわー。ちょっと見てらんないな。ほかに何か欲しいものはある? 蜂蜜とか、ハーブとか、ビネガーとか」マリーが手で顔を覆い隠したが、指の隙間からは好奇の瞳が覗いている。
「ううん。今は大丈夫。それより部屋はこれ以上暖められないのかしら」
「ここは火を起こせないのが唯一の欠点なんだよな。寒さしのぎの毛皮があるからもってこよう」
クロエは丹念に傷口を縫い上げた。きちんと医者に診せないといけないが、これでも急場しのぎにはなるだろう。
「もう終わったか?」
マリーが入り口で声をかける。クロエは血のついた包帯がマリーの目にはいらないよう手元に集めると大丈夫だと返事をした。
「ちょっと臭いが暖かいぞ」
マリーから上等な毛皮を受け取ってロランに掛けた。ロランは眠ってしまったのか、浅く不安定な呼吸を繰り返している。体がひどく震えていた。クロエは考えるよりも早く体が動いた。服を脱ぐとロランと一緒に毛皮にくるまる。少しでも温めなければいけない。ロランの腕や腿を目一杯さすり続けた。
「あたしも手伝うよ」
様子を見ていたマリーも服を脱いで毛皮の中にクロエとは反対側に潜り込んだ。
「幸せな奴だ」
マリーは眠っているロランをみて笑った。クロエもその仕草に思わずほっとして笑みがこぼれた。確かにこれならロランもずっと温かくなる。
「あんた名前は?」マリーが訊いた。
「クロエ。あなたは?」
「マリー」
互いにロランを抱いて挟みながら会話をするのはなんだか変な気分だった。
「クロエはロランの恋人か?」
マリーへの遠慮のない質問にクロエは大きく首を振った。
「違うわっ。その……マリーこそ、どんな関係なの?」
「なんだろうな。たまたま知り合っただけだけど」
マリーはボリボリと頭を掻いた。
「そんなに掻いちゃダメよ。あなた髪の毛ぼさぼさよ。ちゃんと梳かさなきゃ」
子供の頃、次姉イザベルが長姉カトリーヌによく言われていた言葉を思い出して、クロエはそのまま口にした。言うことを聞かないイザベルを見かねて、カトリーヌが髪を梳かしてあげていたのを思い出す。
「セバスチャンがやると痛いんだよ。かと言って自分じゃ面倒くさいし」
マリーの言い訳にクロエはくすりと笑った。
「それなら私がやってあげるわ」
「そうか。でも痛いのはダメだぞ」
クロエはこうやって普通の会話をするのがひどく久しぶりに思えた。ずっとリュカや他の男たちに怯えて過ごしてきたのだ。こうした瞬間に立ち合わせてくれるロランに感謝をした。ロランの冷たくしっとりした肌を感じながらクロエは神に祈る。
(ロランのために私が死ぬことはあっても、私のためにロランが死ぬようなことがあってはならない。決して自分を許すことは出来ないけど、彼を救うことで少しでも贖罪になれば……。神よ、どうかお助けください。彼と、彼の家族を……)




