二話 何もしなかったことを嘆く少年と、してしまったことを後悔する少女(4)-1
Ⅳ (モニク)
「あわわ奥様! た、大変です! たくさんの男たちがっ」
応対した侍女が慌てふためいてモニクを呼びにきた。モニクはそのただならぬ様子に、いったん屋根裏部屋にあがって格子のあいだから外を見下ろし、玄関を取り囲む剣を携えた男たちの姿に声を失った。リシャールが侍女が戻ってくるのを待つ間、屋敷の周辺を見まわっている。敷地には人気がなく、いまは中庭に干された包帯が風にたなびいているだけだ。侍女にロランに一声かけるよう告げて、モニクは浮き足立たぬよう気を引き締めながらリシャール元へと向かった。
モニクは肩掛けを直しながらリシャールに近づいた。
「何事ですか、ずいぶんと仰々しいではございませんか」
男たちに目を通してモニクが不満をぶつける。リシャールはドルレアンの私兵たちに威厳を示すためか、挨拶もせずに普段よりずいぶんと横柄に対応をした。
「魔女がいるとの告発があった。クロエという女を直ちにここへ連れてくるんだ」
「そんな魔女だなんて。あの子は普通の娘ですよ」
「真偽は裁判で明らかになる。いいから連れてくるのだ」
「いまはここにはおりません。出直してくださいな」
「そうはいかんのだ。行け」
若者たちが家の中へどっと押しかけた。奥で侍女の悲鳴が上がる。リシャールも屋内に入って家捜しの様子を観察した。モニクはリシャールに抗議した。
「ちょっと、乱暴な真似はよしてくださいな」
「こちらが欲しいのはクロエという女だけだ。抵抗しなければ何もしない」
「いませんっ」
「こっちにもいませんっ」
男たちから次々と報告が入る。厩舎や家畜小屋、穀物倉を探しても侍女以外に誰も見つからなかった。リシャールはほぞを噛む。「ここで女の帰りを待つ」と口に出した矢先、リシャールの目に中庭の風景が映った。さきほど包帯が干されていたはずの麻縄には、いまは何もかかっていなかった。
「ちっ逃げられたかっ! 探せ!」
リシャールは歯ぎしりして悔しがった。モニクは跪いて二人の無事を祈るほかなかった。
☆(ロラン)
そのころロランは痛む足を引きずって懸命に駆けていた。剣と包帯を抱えたクロエがロランの脇にぴったりと支えるようついている。
「ロラン、傷が開くわ。止まって」
「だめだ」
逃げる間際に家を取り囲む兵士たちが目に入った。いまは逃げなければならない。ロランは無人の農家から壁に掛けられていた松明を拝借して、とにかく走った。
ロランは一カ所だけ安全な場所を思い浮かべた。一縷の望みをかけて、抜け道を使って森へと向かう。肩車をしてクロエに防壁を越えさせた。ロランはいつものように割れ目に手をあてがって乗り越えようとしたが、怪我のせいでかなり無理な体勢になった。脇腹に鋭い痛みが走って呻き声をあげる。どうにか町を抜けたが、治りかけた傷口から血がにじみ出していた。
「……傷を塞がないと……」
クロエが蒼白な顔でつぶやいた。
「いまはいい。その包帯できつく巻いてくれ。とにかく進むんだ」
ロランはクロエに支えてもらいながら森の奥を目指した。




