北に海賊が来た
「は⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇」
モグリは耳にした情報を頭でどうにか整理しようと思考を巡らせる。
海賊が来て、コユとか言う娘が行方不明。ランダスの娘なのか。北の砂浜とやらにコユがいるらしい。そこは確か、自身が打ち上げられた場所だ。海賊が北の港に向かっておりランダスもそこに向かっているという事は、北の砂浜も港に近い場所なのだろう。
「しかしなんでコユは北の砂浜なんかに」
ドアの向こうの村人がそう呟いた。
「さあな。おおかた、自分が見つけたクジラ亜人が気になったんだろうよ。健気よな、幼子は」
「もうあの子は10歳だ。ランダスさんの娘なのに落ち着きがないな。まあ良い、扉を開けてくれ」
「よし、5秒数えるぞ」
は?
俺を見つけて助けてくれた子が、
俺を探しに砂浜へ向かった?
そしてそこに海賊が向かっている。
最悪だ。自分のせいで、命の恩人が危険な目に遭うかも知れない。
やり直しに来たこの世界で、早速、モグリは恩人を⋯⋯
『お前のせいだッ。あの子の命を返せ、人殺し人殺し、人殺しッッッ‼︎‼︎』
殺してしまうのか。
ああ。
はあ。
結局、そんなもんか。
いや。
違う。
「ギャリッ」
恩人を、
2度とそんな目に遭わせないための、
「ガキンッッッッ」
やり直すための、転生じゃないのか。
こんな所で終わってたまるか。
「ギギギギギッッッ」
マッコウクジラになって、広く深い海で穏やかに暮らす夢は諦めきれない。マッコウクジラそのものに成れずとも、その亜人なら同じ能力はある筈。なら、同じ生活は出来るだろう。好きなだけ。
だが、それは、
一旦、過去の自分を、
ガッッッッ
今の自分を、
深い沈み切った場所から、
一度這い出て、息をしてからだ。
ガッ
モグリが全身に力を込めると、
ギンッッッッッッ
鎖と縄が音を立て、いとも簡単に引き千切れて地下室に散らばった。椅子も後ろに倒れ、モグリは雄叫びを上げながら腕を伸ばした。全身が伸びて関節がバキボキベキバキブキと音を立てると、モグリは恍惚な表情を浮かべた。首や上半身を捻り、くまなく関節音を立てる。
決心し、拘束を自ら解いたがそこでモグリは動けなくなった。そう。今彼は、
猛烈な空腹に襲われていた。
◇ ◇ ◇
ドアが開き、村人らが地下室に入ってきた。
「なんだ今の音は⁈って、何⁈拘束が解かれているだと⁇」
「やはりこいつ、この機を伺っていたな」
「確信した、こいつは海賊の仲間だ‼︎」
「殺せ‼︎」
村人らは、腕を伸ばして天井を見上げた状態で微動だにしないモグリに向かって銛を構えて突進した。モグリはそれに気付いていないが⋯⋯
ん?
モグリは鼻をクンクンと動かした。なんだか妙に空腹に刺さる、美味な匂いがする。なんとも耐え難い、甘い旨み溢れる芳醇な匂い。涎と腹の音が止まらん。こんな芳しい匂い、嗅いだ事が無い。この匂いは一体何処から来るのか。それを考えるよりも先に、モグリの体が勝手に動いていた。
「ばくんっ」
モグリは自身に向けられた銛の切先を物凄い勢いで咥えていた。そしてそのまま切先を噛みちぎると、咀嚼せずに丸呑みした。村人らはモグリの突然の行動に反応出来ずに固まっていた。
「は?こいつ今、銛を食べたか?」
「食べたな。刺そうと渾身の力で突き刺した銛を。目にも止まらぬ速さで」
「いや、速さもだがなんだこいつ。この銛の切先は、選び抜いたスルドイカを丸々使用した逸品だぞ?乾燥させ加工すればどんな生物も軽く触れただけで切り傷が出来、岩にも突き刺さるスルドイカだぞ?」
村人の1人が「そうか」と固唾を飲んだ。
「スルドイカだからだ。彼がマッコウクジラの亜人だからだ。マッコウクジラの主食はイカ。そして、亜人は元の生物の特徴や生態の一部をより強く宿す場合がある」
「ならモグリにとってスルドイカは⋯⋯ただの硬いイカ」
「加えて乾燥したスルドイカは、ただの干しスルドイカだ」
「う、うまあ。こんなに美味い食べ物は初めてだあ。なんだあ、これ?」
モグリはスルドイカの美味さに涙していた。が、村人らはジリジリとモグリから距離を置く。
「まずい。ならこの銛はこいつの致命傷にはならんぞ。だいたい、鎖と縄を引き千切る奴をどうしろってんだ」
「だがここで殺さなければ。口の中か、目玉を狙うぞ」
「よ、よし」
村人らは覚悟を決め、モグリに距離を詰め始める。モグリはそれに気付き、素早く両手と口を開いて身構えた。その口からは涎が垂れている。
「こいつ、餌やりだと思ってないか?」
「だがこの銛が村で一番強い武器だ。これが効かないなら⋯⋯あら?」
パッ、という音とともに村人らの銛の切先がモグリの両手と口に移動していた。
「あ」
「終わった」
「うまあ。ゲェプ」
モグリはスルドイカを次々平らげると、満足気にゲップをした。そして狼狽えながら壁に背をつけ、切先の無い銛だった棒やナイフを構える村人らを見渡す。
「く、くそ。ここまでか。だが俺らは最後まで戦うぞ。来い海賊亜人‼︎シオサイ村は、」
「北の砂浜は何処ですか」
「俺らが守、はい?え、なんて?」
モグリの問いに、村人らは目をぱちくりと瞬き首を傾げる。
「皆さんがくれたなんか美味いやつで、少し空腹がマシになりました。お返しに、どこまで役に立つかはわかりませんが、コユさんの捜索を手伝わせてください」
「信用、出来るか。信用出来るかあ‼︎後、俺らはお前におやつあげた訳じゃねえ‼︎武器を無力化したんだ、お前は敵だあ‼︎‼︎」
村人の1人が棒を振り翳し、モグリの頭を全力で叩いた。
バキンッ
棒は乾いた音を立てて折れた。村人は即座に棒を投げ捨てナイフを取り出し、モグリの胸に突き刺そうとした。が、モグリの長い頭に自身の頭を激突させ、その村人はナイフを握り締めたまま床にひっくり返り後頭部を強打した。モグリは微動だにせず、頭も無傷である。モグリは、
「だ、大丈夫ですか?」
と村人に手を差し伸ばしたが、村人はひっくり返ったままナイフを腰の鞘にしまった。
「モグリさん。北の砂浜にご案内します」
◇ ◇ ◇
同時刻。
シオサイ村 北の港と隣接する砂浜にて。
ランダス達や自警団が到着し、自警団は警戒を。ランダス達は砂浜周辺を重点的にコユの捜索に当たる。だがその時既に、目視出来る距離に海賊船団が浮かんでいた。ランダスは小型望遠鏡で海賊船を眺める。
「3隻か。随分悪趣味で豪華な船なんだな。ずっとこの距離なのか」
「そうだ。港に停めてあった船を港に並ばせて防衛線を張ってある。今の内にコユを探せ。気を付けろよランダス、既に小舟で接近しているかも知れん。砂浜の見回りも合わせて自警団も数名向かわせる」
「すまない助かる。急ぐぞッ」
ランダス達は馬から降り、明かりを持ちながら砂浜をコユの名前を呼びながら駆け回る。
「コユ、コユー‼︎何処だ、返事をしろ‼︎」
「コユー」
「おーい、コユさんやーい」
「おいランダス、これっ、」
「なんだ。こ、これはっ」
村人が砂浜に付いている足跡を見つけた。
「コユの足跡じゃないか?あの子、砂浜は素足派だろう。それに足跡の先は、」
「モグリを見つけた場所の方角だ。あっちだ‼︎」
村人が仲間達を呼びかける中、ランダスがなりふり構わず走り出した。
「はあ、はあっ、コユ。コユッ‼︎」
ランダスはコユの名を叫びながら砂浜を走る。と、
「な、これは⋯⋯」
モグリを見つけた砂浜の波打ち際に、コユのサンダルが落ちていた。ランダスの全身に最悪のシナリオによる悪感が走る。
「そんなまさか、コユ。そんな、」
ランダスは明かりを落とし、その場に膝から崩れ落ちてサンダルを抱き締めた。その時、呆然とするランダスの視界に何かがぼんやり見えてきた。コユのサンダルが落ちていた波打ち際の砂浜に、大きな丸太ほどの太さがあるウネウネとした跡が幾つも走っているのだ。その模様はほとんどが乱れて掻き消されているが、何箇所か丸い模様が付いている。
「これは、吸盤か?とすると、コユはまさかッ」
「ランダス、コユは居たか⁈」
「いや、ここにこれが⋯⋯」
「なっ、そんな馬鹿な。待て、なんだこの跡は」
「これは⋯⋯」
「砂浜から離れろ‼︎海賊船が港に向かって猛進している、急げ‼︎」
その時、港の方からそう報せが届いた。港の方に視線を移すと、港に並べていた村の船と海賊船が衝突し、海賊船が港に侵入して来る瞬間であった。
「くそ、海賊ども。始めやがった」
「ランダスッ、最悪だ」
報せを届けに来た村人がランダスに駆け寄り、肩に手を置いた。
「落ち着いて聞いてくれランダス」
「な、なんだ」
「コユを見つけた」
「本当か‼︎どこだ、今何処にいる⁈港か、もう役所に戻ったのか⁈」
「違う、最悪なんだ」
「海賊船の上だ」
港の手前に2隻付き、港に直接1隻、海賊船が停船している。赤い木の上に煌びやかな金の装飾。荒ぶるクラーケンを模した悪趣味な装飾の上で海賊達が、港で銛や武器を構えるシオサイの村人達を見下す。
押し除けられ大破した村の船は沈み、乗っていた村人らは急いで泳ぎ港に上がる。港の村人達は灯りと武器を持ち、海賊船を睨み上げる。
「よおよお、シオサイの村の皆さん。ご機嫌よう」
海賊船の上で高らかに笑う影。海賊船の色と同じ赤色の服に金ピカのマントを羽織り、立派な鍔のハットを被った黒髭を生やした恰幅の良い男だ。
「俺の名はポロボラ。見ての通り海賊だぁ。八足剣のオクトランス様の配下だ。シオサイ村の皆さんに話があって来たぜ」
「話⋯⋯?我々の海域に入って来て威嚇した事への謝罪に来たのなら聞いてやるが?」
「おや?子分から聞いた話とは真逆だなあ。そちらが漁に夢中になって海域を越え、こちらの見回り船にいちゃもん付けてきたって話だぜ?」
「なんだと?貴様ら」
「おっと怖い怖い。だはははっ」
ポロボラが下品に笑い出すと、他の海賊達も同じように笑い出した。村人達は歯を食いしばりながら海賊を睨み続ける。
「ははは、はあ。そんな顔をすんなよ漁師さん。俺らは話し合いに来ただけだ。あ、そういえばな」
ポロボラが部下に顎で合図すると、部下が裏から何かを連れ出した。その姿を見て村人達は悲鳴を上げた。同時にランダス達が港に到着し海賊船の上のその姿を見上げた。
「な、コユ⁈コユッッ‼︎‼︎」
「お父さん、ご、ごめんなさい」
ポロボラの横に、縄で腕を後ろに縛られたコユが立っていた。ポロボラがコユの頭に銃を突き付ける。
「良かったな娘は無事だあ、おとーーさん♪」
「貴様らああッ、娘を返せ‼︎」
「これは我々との制約を破った罰だ。まあ、我々の言うことを大人しく聞くなら返してやらんこともないがなぁ」
「ぐっ⋯⋯。コユ、怪我は無いか」
コユは身を乗り出し、涙を堪えながら力強く頷いた。ランダスは村の人々と顔を見合わせた。
「すまない皆。娘のせいで」
「いや奴らは最初から強引に来るつもりだろう。お前らのせいじゃない」
「すまない。なら⋯⋯」
「ああ」
ランダスや村人は、船の上で余裕気に微笑むポロボラを睨み上げる。
「わかった。まずは要求を聞こう」
「いや?まずは謝罪だろうシオサイの村。こちらは被害者だ」
「貴様らどこまでシオサイを愚弄すれば気が」
「あそう。ならまあ、娘ちゃんを殺すだけだ」
コユの頭に付けた銃の引き金に指を掛けながら、ポロボラはコユの頬を撫でる。
「娘に触れるな外道ッ」
「だからまず謝れ。謝罪と謝礼として物品と金を好きなだけお渡しいたします、と」
「ッ⋯⋯」
ランダスは深々と頭を下げ、
「この度は我がシオサイの村の船があなた方海賊の海域を荒らしてしまい大変申し訳ございませんでした。ここに謝罪と、この村の財産を好きなだけお渡し致します事でお詫び致します」
と歯軋りをしながら謝罪をした。周りの村人達も同じように頭を下げた。ポロボラはその様子を海賊船の上から満足気に見下ろしながら、ワインを瓶ごと飲み出す。
「ぷはあ~。良い眺めだ。よしよしお前ら聞いたな?好きなだけ良いとよ。貧乏な村だがまあ貰えるだけ貰うとするか。じゃあほら、顔を上げてくれゃシオサイの皆々様」
ポロボラがそう言うと、ランダスを始め村人達が頭を上げた。が、その顔を見るなりポロボラは顔を顰めた後に笑い出した。
「ぷっ、ははははは‼︎その表情、全く反省してないなシオサイ。言葉だけの謝罪は意味が無い。気持ちが大切って聞いた事無いか?」
シオサイの村人達は恐怖や怯えの表情こそしているが、共通して海賊達に怒りの眼差しを向けていた。ポロボラはワインを飲み干して瓶を海に投げ捨てると、コユを縛っている縄を掴んだ。
「まあ良いか。許してやるよ俺は優しいからなぁ。代わりに、残念ながらこのガキには餌になって貰うぜ。クラーケンのなあ‼︎」
「きゃあ⁈」
ポロボラはコユを船から海に蹴り落とした。コユが水飛沫を上げながら海に沈むと、海賊達が下衆に笑い出す。
「コユ⁈⁈」
ランダスが血相変えて海に飛び込もうと駆け出したが、桟橋が突如揺れ出してその場に倒れた。
「なんだ桟橋、違うこれは海が荒れ始めた⁈」
「ランダス海から離れろ。海の下から大きな影が近付いているッ」
「何⁈だがコユが、」
その時、
ドッ
パァァァァァァン‼︎‼︎‼︎‼︎
「イッ、カャアアアアァァァ」
「クラーケンだあああああ!!」
港と海賊船の間から巨大なイカ、通称クラーケンが飛び出した。その太く長い足の先でコユを締め付けながら揺らしている。ギョロッと大きな目でコユを見つめると、体を後ろに向けゆっくりと沈みながら港から離れていく。その隙にポロボラを乗せた海賊船はクラーケンを避けるように港に船を着け、残りの2隻も続いて海賊船を港に着けた。そしてポロボラが剣を掲げ、
「よしお前らあ、奪えるだけ全て奪え‼︎女子供も好きなだけだあ‼︎」
と声高々に呼びかけると海賊達は歓声を上げながら海賊船から飛び降り、村に向かって走り出した。武器を持った村人や自警団がその海賊を止めようと迎え撃った。
「ランダス止せっ、相手はクラーケンだお前も死ぬぞ‼︎」
「構うかコユが喰われちまう。助けなければ‼︎」
「クラーケンの意識が村に向いたら、村が全部潰されるぞ」
「ぐっ、離せッ」
ポロボラが村人と揉めているランダスを見つけると、笑いながらランダスを指差した。
「お前らあのランダスとかいう男を殺せ。娘の死目を見る前に親切に殺してやれや‼︎ぎゃはははは」
ランダスの周りを海賊が取り囲み、じりじりとにじり寄る。ランダスと村人は背中合わせに銛を構えて間合いを図る。その間もクラーケンはどんどん港から離れ、コユを掴んでいる足すらもう少しで海に完全に沈みそうだった。ランダスは怒りと絶望感の入り混じった表情を浮かべながら海の方を眺める。と、
「隙ありぃ‼︎」
海賊が刀を振り上げ、ランダスに切り掛かった。ランダスは銛を横に構えて振り下ろされた刀を受けて防いだ。
「ぎゃははは、流石は漁師さん力が強いねぇ‼︎」
「こ、このやろ、あ?」
「あ?こんな時に何処見て、は?」
ランダスが何かに気付き、海賊から目を逸らし海の方を向いた。他の海賊や村人も、ランダスの謎の行動に流されるように同じ方向に目線を向けた。
ランダスの目線の先には
クラーケンの足に噛み付くモグリの姿があった。
続く。




