転生したらクジラの亜人なんだが。①
「知っているかい艾理。全ての命は、海から始まったんだよ」
「俺は母親からだ」
「そうじゃなくて。祖先の祖先のそのまたずっと祖先。全ての命は、海に発生した一つの命から始まったんだよ。あらゆる植物も動物も等しくね」
「はあ。凄い話だね」
「そうさ。だから海は別名、こう呼ばれている」
「生命の母」
◇ ◇ ◇
⋯⋯ザ⋯⋯
⋯⋯ザ⋯⋯
ザザ⋯⋯ザ⋯⋯
ザザザ⋯⋯ザザ⋯⋯
「ん......が」
耳に届く、謎の騒めきに艾理の意識が起き始めた。肌が焼けるように痛い。加えて、肌が触れる箇所の大半が乾燥している何かに当たっている。下半身は冷たい何かが触れたり、離れたりしている感覚がする。目がなかなか開けられないのは、乾燥と眩しさだろう。強い日差しに瞼が開ける事を拒んでいる。艾理は力の入りずらい腕を上げて目元に影を作り、どうにか瞼を開けた。
ザザーン⋯⋯ザザーン⋯⋯
(波の音。ここは砂浜か)
謎の騒めきは波音、乾燥した何かは砂浜の砂、冷たいのは押し寄せる波だった。強い日差しに白い砂浜、青く澄んだコバルトブルーの海。目にして耳にして、艾理はここが南の常夏の島の風情に満ちていることに気付いた。
(そうか俺、マジに転生したんだな)
艾理は目元に影を作っている手を見つめた。
(あれ?俺、マッコウクジラに転生した筈だよな。早速砂浜に打ち上げられてね?詰んでるやん。てか、俺の手)
その手は紺色に近い青色をした、
(なんだこれ)
人間の手をしていた。
(クジラなら、鰭の筈だよな。どう、な、なんだこりゃ)
艾理はまだ頭も痛み、朧げながら自身の色味の変わった手を眺めていた。体を起こし、全身を確認しようにも身体中が痛んで少しも動かない。喉も乾いてきた。
(とにかくこのままはまずい。どうにか転がりながらでも、一旦海に入ろう。クジラならそうすればマシになるだろ。嫌だ、このまま死んでガス爆発して海鳥の餌になってたまるか。転生したばっかなのに⋯⋯)
「あ!なんかいる」
と、その時。遠くから人の声が聞こえてきた。声からするに、小さい子供とその保護者だろうか。遠くから艾理を見つけたようで、こちらに駆けてくるのが近付く足音でわかった。
「ほらお母さん、大きなお魚さん。お腹いっぱい食べられるね♪」
「違うわよコユ。これは子供のクジラよ。可哀想に、親とはぐれて打ち上げられたのね。私達だけじゃ運べないから、お父さん達呼びに行きま、しょ、う⋯⋯」
「ん?どうしたのお母さん」
母親が艾理の手を取り脈を測り、口元に耳を近づけて呼吸を確認した。
「お母さん?」
「コユ、直ぐにお父さん達を呼んできて。彼、亜人さんよ。弱っているけれどまだ生きている」
「わあ、お昼ご飯さんじゃなかった。わかった呼んでくるッ」
コユは全速力で駆け出し、砂浜を抜けて堤防を駆け上がった。母親は艾理の体を観察し、肩掛けの鞄からガラス瓶を取り出した。
「もしあなた様。聞こえますか」
「ん、あ⋯⋯がはあ⋯⋯」
「聞こえては、いるんですね」
艾理はゆっくりと頷いた。母親はその艾理の様子に少しだけ安堵したように口角を上げたが、直ぐに神妙な顔付きに戻った。そして艾理の口元にガラス瓶を近付けた。
「亜人さん。これは回復のポーションです。お口に合うかわかりませぬが、全ての動物に効く薬です。さあ、お飲み下さい」
「が⋯⋯あ」
艾理は促されるまま、回復のポーションを口にした。転生先のお決まり物品であるポーションに興味があったのも理由だが、何より喉が渇いていたからだ。飲んでいく内に喉の渇きも体の痛みも癒やされていく。
「もし、大丈夫ですか」
「グウ」
「あら寝た」
痛みが引いた艾理は、急激な睡魔に襲われて気絶するように寝始めた。コユの母親はポーションの空き瓶を鞄にしまうと艾理の体を、つま先から頭まで再度まじまじと見つめる。
「にしても彼は何の亜人かしら。漂流してきた割には随分とがっしりしているけれども。海棲亜人か、それとも」
「ミエラッ無事か⁈」
「あなた。ええ無事よ」
コユの元に、コユの父親でミエラの旦那である男性とその仲間たちが大急ぎで駆け寄る。彼らの手には槍や銛、ナイフや短剣が握られ後列の人達は縄を束にして抱えている。
「あなた、彼は一体?」
「わからない。だが村長の命令で彼を拘束して連れて行く。奴らの仲間かも知れんからな。で、これは今、気絶しているのか」
「そうみたい。ポーションを飲ませたら、そのままガクッと」
「そうか。何はともあれ君とコユが無事で良かった。家に戻っていてくれるか。コユが待っている」
「わかったわ。あなた達も気をつけて」
「ああ。よしお前ら、こいつを縄で縛った上に鎖で二重に拘束しろ」
コユの父親の後ろに居た仲間達が艾理に近付き、言われた通りに艾理を縄で縛っていく。
「誰か、漁から帰ってくる奴らにこの事を伝えに港に行ってくれるか。こいつは魔族か海賊の仲間かも知れん。警戒するように報せろ」
「わかった。俺らが行くよ」
「ああ頼んだ。さて、急いで運ぶぞ」
「はいっ‼︎」
「足元気を付けろよ~」
艾理は気を失ったまま縄と鎖で拘束され、数人に担ぎ上げながら砂浜を後にした。
◇ ◇ ◇
「ん、いててて⋯⋯」
艾理は再度目を覚ました。
「気失って目覚めんの何回目だよ。あれ?体が動かない」
艾理の体は縄と鎖で椅子に縛り付けられていた。少し腕に力を入れてみたり体を揺すってみたが、ガチャガチャと音を立てるのみでうんともすんとも外れる気配はない。艾理は諦めて辺りを見渡した。最低限の灯りのみで薄暗く窓のないひんやりとした部屋、地下室だろうか。艾理の目線の先にドアがある以外、物寂しい空間だ。
「俺、捕まったのか。まずいな。俺はクジラに生まれ変わっている筈だから、陸上だと干からびた上に自重で内臓が潰れて死ん⋯⋯」
「あれ?じゃあ俺なんで椅子に座れてるんだ?」
その時、ガチャ、とドアが開き数人が部屋に入ってきた。身につけている衣服や焼けた肌、逞しい体付きに荒れた指先から推測するに彼らは漁師だろうか。皆、険しい顔で警戒し、銛や刃物を構えながら艾理に近付いてくる。彼らの真ん中に構える男性が唯一、腕を組みながら臆する事無く艾理を見つめる。
「我々の言葉はわかるか」
「え、あ。わかる」
「そうか。ある程度の会話は出来そうだな。貴様、名は何と言う」
「あれぇ、なんか言葉分かる。ラッキー」
「アレー・ナンカコトバワカル・ラッキーというのか。珍しい名前だな」
「んなトンチキな訳あるか。いや、ちょっと待ってくれ」
艾理は目を閉じて思考する。異世界の言葉が分かるのは、転生お決まりの初手スキルというやつだろう。だが問題は⋯⋯
「その前に、俺から質問良いか?」
「駄目だ。自分の置かれている立場を弁えろ。まずは本当の名を名乗れ」
「人に名前を尋ねる際は、先ずは自分から名乗るのが礼儀なんじゃないか?」
「はっ。よく吠えるクジラだ。おいお前ら、このお客様に本当の『礼儀』を教えてやれ」
男がそう言うと、周りの男達が各々が携えた獲物の切先を艾理の喉や腹部スレスレに近付ける。が、艾理は焦るどころか別の問題に気を散らしていた。
「さあ、名を名乗れクジラ」
「あのう、俺、クジラですよね?」
「⋯⋯は?」
艾理を囲んでいた男達が全員目を点にして固まる。
「えっと、お前さんよ」
真ん中の男が目を顰めながら顎を摩り、艾理の体をつま先から頭の頂点までマジマジと眺める。
「お前さん、クジラだぜ」
「ほ。良かった。俺、マッコウクジラに」
「ああ、マッコウクジラの亜人だぜ」
「そうそう。俺、マッコウクジラの亜人で」
艾理の目も点になり数秒固まる。そして数秒後、艾理は部屋を崩さん限りの大声でこう吠えた。
「は?え、な、えなんて、はい?マッコウクジラの、亜人⁈⁈⁈」
続く。




