第1話 幸せだった時間
登場人物
白石 美咲
物語の主人公
穏やかで芯の強い女性
恋人の健人と付き合って八ヶ月
今は、何気ない日常に幸せを感じている。
神谷 健人
美咲の恋人
優しく、人の話をよく聞くタイプ
美咲とは互いを尊重し合う関係を築いている。
白石 陽菜
美咲の妹で高校生
明るく自然体な性格で、健人とも気軽に話せる間柄
白いレースのカーテンから、午後の光が斜めに差し込んでいた。
神谷健人は、白石美咲の部屋のソファに深く身を沈めて、手元のスマホをいじっていた。
テーブルの上には、ふたつのコーヒーカップと、美咲が焼いたチーズケーキの残りが置いてある。
週末の午後によくある、何でもない光景だった。
「健人、今日もここにいるの?」
キッチンから顔を出したのは、美咲の妹の陽菜だった。
高校生にしては少し大人びた顔立ちで、短いボブヘアを軽く揺らしながら冷蔵庫を開ける。
「うん。美咲が『暇なら来なよ』って言うから」
健人は気軽に答えた。
陽菜は「へー」とだけ言って、オレンジジュースのパックを取り出すと、グラスに注いだ。
特別に警戒している様子もない。
美咲の彼氏として、もう十分にこの家に馴染んでいた。
美咲がリビングに戻ってくると、健人の隣に自然と腰を下ろした。
赤いカーディガンの袖を少し捲りながら、健人の肩に軽く頭を乗せる。
「陽菜、邪魔しないでよね」
「してないよ。ただジュース飲んでるだけ」
陽菜はそう言いながらも、チラリと二人の様子を見て、小さく笑った。
嫌味ではなく、本当に穏やかな笑みだった。
美咲は目を細めて、健人の横顔を見る。
付き合い始めて八ヶ月。
大きな喧嘩もなく、互いのペースを尊重し合える関係だった。
健人は優しくて、話をちゃんと聞いてくれる。
陽菜に対しても、上から目線にならず、自然に接してくれる。
「この人は、ちゃんとした人だ」
美咲は何度もそう思った。
安心して、背中を預けられる相手だと。
夕方近くになり、健人が帰りの支度を始めたとき、妹の陽菜がふと口を開いた。
「健人さん、今度の休みに一緒に映画行かない? 三人で」
「いいよ。美咲も三人でいいよね?」
健人が美咲に確認すると、美咲は小さく頷いた。
「うん、三人で行こうか」
ドアの向こうで靴を履く健人の後ろ姿を見ながら、美咲は思う。
このまま、何も壊さずに続いていけばいいのに、と。
そのときの彼女は、まだ知らなかった。
甘くて、穏やかな時間が、どれほど脆いものかを。




