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八年前『結婚する』と言った幼馴染が、俺を睨みながら弁当をくれる  作者: 芦名 雅


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18/24

幕間 恋人になった翌朝

付き合い始めた翌朝。


陸は教室の前で立ち止まった。


昨日までと同じ扉。


なのに、開けた先にいる茜はもう「幼馴染」だけではない。


彼女だ。


その事実を意識した瞬間、妙に緊張した。


「何やってんだ、お前」


後ろから悠人に押された。


「入れよ」


「分かってる」


教室へ入る。


茜はもう席にいた。


目が合う。


二人とも止まる。


「......おはよう」


陸が言う。


「......おはよ」


茜が答える。


それだけ。


昨日、泣きながら好きと言った二人とは思えない。


悠人が後ろで吹き出した。


「何その初対面みたいな挨拶」


「うるさい」


「うるさい!」


二人同時だった。


教室が笑いに包まれた。


噂はすでに広まっていた。


「付き合ったんでしょ?」


「昨日の文化祭で?」


「どっちから告白したの?」


質問が飛ぶ。


茜は真っ赤になった。


「べ、別に付き合ってない!」


教室が静まった。


陸も固まった。


茜自身も固まった。


「あ」


数秒後。


「ち、違う! 今のは違う! 付き合ってる! 付き合ってるから!」


今度は教室が爆発したように笑った。


茜は机に突っ伏した。


「もう帰りたい......」


陸は笑いながら隣に座った。


机の横に、小さな弁当袋が置かれる。


「これ」


「俺の?」


「......彼氏だからって特別じゃないから」


「前から俺の分作ってたけど」


「うるさい!」


昼休み。


弁当を開ける。


卵焼き。


から揚げ。


いつもの味。


でも卵焼きの端には、以前の「り」ではなく、小さなハートが焼き目でついていた。


陸は無言で茜を見る。


茜は顔を逸らした。


「偶然」


「ハートが?」


「フライパンの都合」


「すごいフライパンだな」


「黙って食べて!」


放課後。


初めて「恋人として」一緒に帰った。


何度も歩いた道なのに、距離感が分からない。


手をつなぐべきか。


昨日はつないだ。


でも学校を出てすぐは人が多い。


陸が迷っていると、茜の小指がそっと触れた。


見る。


茜は前を向いている。


もう一度触れる。


陸は手を開いた。


茜の手が入ってくる。


指を絡める。


「......見ないで」


「見てない」


「見てる」


「手つないだだけで怒るなよ」


「怒ってない。恥ずかしいだけ」


陸は少し驚いた。


「今、普通に言ったな」


茜も気づいた。


「......忘れて」


「無理」


「やっぱり今のなし!」


恋人になっても、茜は茜だった。


でも少しずつ違う。


『別に』の後ろに、本音がついてくるようになった。


『別に嫌じゃない。恥ずかしいだけ』


『別に会いたかったわけじゃない。ちょっと寂しかっただけ』


『別に手をつなぎたいわけじゃない。でも離す必要もないでしょ』


陸は、その変化が嬉しかった。


全部素直になる必要はない。


不器用なままでも、最後に本当の気持ちへ辿り着ければいい。


家の前。


「じゃあまた明日」


「うん」


茜は手を離した。


でも玄関へ向かわない。


「どうした」


「......何でもない」


「また?」


「彼氏なら察しなさいよ」


「エスパーじゃないって前に言っただろ」


茜は頬を膨らませた。


それから一歩戻り、陸の制服の袖を掴んだ。


「......もうちょっとだけ」


「何が?」


「帰るの、もうちょっとだけ後でいい」


陸は笑った。


「じゃあコンビニまで遠回りする?」


「仕方ないから付き合ってあげる」


「はいはい」


「その返事嫌い」


「でも来る?」


「行く」


二人は家の前を通り過ぎた。


恋人になったからといって、劇的に何かが変わるわけではない。


ただ、帰り道が少し長くなる。


それだけで十分だった。


文化祭当日の朝、茜は鏡の前で三度髪を結び直した。制服のリボンも曲がっていない。なのに落ち着かない。


「今日、何かあるの?」


 母に聞かれ、茜は櫛を落としかけた。


「文化祭」


「それは知ってる」


「それだけ」


「そう」


 母は笑った。


「頑張ってね。文化祭も、その後も」


「その後って何!」


 返事はなかった。


 学校へ着くと、陸はすでに教室にいた。エプロン姿で段ボールを運んでいる。茜を見ると、いつものように手を上げた。


「おはよう」


「おはよ」


 たったそれだけで心臓が速くなる。


 今日、何かが変わる気がした。


 開店後は忙しさで考える暇がなくなった。注文、会計、片付け、追加調理。茜が指示を出し、陸が走る。二人の動きは不思議なくらい噛み合った。


「相楽、三番テーブル!」


「了解!」


「茜、紙コップ残り一袋!」


「倉庫から出す!」


 名前を呼び合うことさえ自然になっていた。


 昼過ぎ、一瞬だけ客足が途切れた。陸が紙コップの水を差し出した。


「お疲れ」


「そっちも」


「楽しい?」


「......うん」


「よかった」


 陸が笑う。


 茜はその横顔を見て思った。八年間待っていたのは、告白されるためではない。もう一度、この人の隣で笑える日を待っていたのかもしれない。


 そして屋上。


 風に揺れる文化祭の旗の音を聞きながら、陸の言葉を待った。


 告白された瞬間、茜は泣きそうになった。嬉しいのに、八年間分の感情が一度に押し寄せて、声が出なかった。


 だから返事をしようとした。


 その時、下から呼ばれた。


「桜庭さーん、レジお願い!」


「なんで今なのよ......!」


 本音が漏れた。


 陸が笑った。


「放課後、待ってる」


「......絶対、待ってて」


 今度は言えた。


 八年前の約束ではなく、今日の約束だった。


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