Part26「行ったり来たり」
──結局、説明を終えた。
「なるほどペンダント探しをしながら、先生方のお手伝いをしてるんだ。そうだ! これから教頭先生のとこ行くんだったらさ、私もおつかい頼んでいい?」
「やっぱりっ!」
「えぇ~またぁ?」
大事なペンダントを捜していると言ってるのにも関わらず、次から次へとおつかいが舞い込んでくる。流石に二人そろって、呆れと驚きを合わせたような声で不満を表す。
「教頭先生から砂糖を貰ってきて欲しいの。取りに行くって連絡はしてあるからさ、片手間に運んでくれるだけでいいから」
「なんで誰も自分で行かないんですか」
「そもそもナナ先生の待機室って三階で、一階の理事長室とは真反対なんですけどっ!」
「届けてくれるのはペンダントを見つけ終わった後でいいからさ、お願いっ」
抗議の声を上げるロッテにどうしても必要なの~と両手を合わせて頼み込む。
正多が確認するような目を向けると、確かに教頭先生の所でペンダントが見つかればそれ以降は暇になるし……と、渋々といった感じでロッテは首をこくこくと動かした。
そんなことがありつつ、二人はやっと同じ階にある教頭室の前までたどり着く。正多がパネルの『呼び出し』のタブを押すと扉が開いて八山教頭が顔を出した。
「事情は聞いていますよ」
八山はその強面な顔立ちに似合わぬ優しい声で物腰柔らかく語りかけた。
ようやく物分かりの良い人──そしておつかいを頼まない人──に会えたので、二人はほっと息を吐く。
少し待っていると、八山は落とし物を入れている箱を持ってきた。四角い箱の中にはハンカチやペンなどの小物が幾つか入っているが、箱の大きさに対して落とし物の数は圧倒的に少なく、一目で目的の物が無いと分かる。
「探している物はないようですね。この学校は人に対してだいぶ広いですから、人目につかない場所にポツンと落ちているかもしれません。私も協力しましょう」
「本当ですか!」
肩を落としていたロッテが顔を上げると八山はゆっくりと頷いてみせる。
「私は校舎を一通り見てみますから、二人は落としたと思う場所の当たりを再度、確認してみてくれませんか?」
八山の指示に正多とロッテは勢いよく頷いて返した。
「あ、あと、ナナ先生に砂糖を届けることになったんですけど」
このままでは合流が難しくなりそうだったので、おつかいも済ませる事にした。
八山はすぐに袋に入ったステックシュガーを持ってきてロッテに手渡す。
落とし物として届いていない以上、ここからできることと言えば地道にペンダントを捜すだけだ。二人はその前に理事長に頼まれていた醤油を回収して届けるべく、家庭科室を目指した。
「更衣室は見当たらなかったから、もっと場所を広げないとダメかも……」
ロッテは肩と落とす。
彼女は授業の際、運動着に着替えた際に一度外したことは覚えていたが、その後の記憶については曖昧だった。もしかしたらちゃんと付け直していて、授業中に落としたのかもしれない。そうなると今日の体育はグラウンドで行われたので、更衣室から校庭までどこに落ちていても不思議ではなかった。
「二人じゃ厳しいか。史家にも手伝ってもらう?」
「シカ君の補習、終わるのかな……」
無理そう、と二人して同じことを思いながら歩みを進め、やがて家庭科室に辿り着いた。
理事長の口ぶりから鍵は開いているだろうと、正多はドアを開く。予想通り鍵は掛かっておらず、ガラガラと音を立てて少し古びたドアが開く──と、すぐに、二人の視界には戸棚に四つん這いになって顔を突っ込む怪しげな人影が飛び込んできた。
「あー。……先生? シュミット先生?」
恐る恐る正多が声をかけてみると、シュミットが戸棚の中から顔を出した。灰色の瞳で二人を見た後、彼女は立ち上がって頭に着いた埃を払う。
「やあ、ナミキ。それとシャルロッテも、昼ぶりだね。どうしたんだい?」
「先生こそ家庭科室で何してるんですか? てっきり史家の補習をしてるのかと」
「ああ、ロクタチなら試験中だ」
「なら教室に居ないといけないのでは」
「それならカメラを置いてあるから大丈夫。電源は入ってないけど」
二人はシュミット先生の適当な感じにそれでいいのか、と思いながらも今は関係ない事は置いておいて、目的の品である醤油が置いてあるのかを聞く。
シュミットは醤油のボトルを取り出して、何も持っていない正多に渡した。
「ところでシャルロッテ。キミ──」
「先生! 先生! 先生!! 私たち今、すーっごく忙しいんです! 沢山のおつかいをこなさないといけないんです! 急いでるんです!」
「あぁそう?」
更なるおつかいの気配を感じたロッテは即座に話を切り上げようと割り込むように言って、それに気圧された様子のシュミットは困惑するように「まあいいよ」と肩をすくめた。
「ところでそれ、少し分けてくれないかい」
シュミットはそういうと、スティックシュガーの入った袋を指さす。
「お砂糖ですか? これはナナ先生からおつかいを頼まれた物で……」
「クッキーを焼こうと思って材料を探しに来たんだけど、思いのほか無くってね」
「……え、学校でクッキー作ろうとしてるんですか? なんで?」
「セータ君!」
ロッテは正多のブレザーをぎゅっと強く引っ張って、早く行こうと急かした。確かにシュミットのやることは意味不明すぎて気になるけど、それはそれとして下手に首を突っ込むと、どうせまたおつかいが増えるに決まっているのだ。
「材料が小麦粉しかなくて困ってたんだ。牛乳は僕の部屋にあるから、足りないのは砂糖とバターと卵。それを貰えるなら一つ手に入るからあと二つだ」
「バターと……」
「卵?」
その材料に正多もロッテもかなり心当たりがある。
少し迷ったが、この状況で流石に放っておくわけにもいかず、二人はシュミットになぜ醤油が必要になったのかをできるだけ簡潔に話すことにした。
「なるほど。これから理事長室に行くんだったら、その二つを貰ってきてくれない?」
シュミットの言葉を聞いても二人は「やっぱり」という感想しか出てこず、無言を貫いて家庭科室を出ようとしたが、すぐに引き止められる。そして「今から史家の様子を見に行くので自分では取りに行けない」と頼み込まれてしまった。
こうして二人は、仕方なくおつかいのおつかいのおつかいの……ともう何度目かも分からない依頼を渋々受注したのだった。
「なんでまたおつかいが増えるの」
ステックシュガーの袋を持ったロッテが不満げに呟く。
「ペンダントの事、忘れないでね……」
「もちろんペンダントが最重要。おつかいの方は一個ずつ順番に片付けて行って、優先順位は逆になっちゃうけど最後に史家と先生と連れて校庭でペンダントを捜そう」
「そうだね。これだけ歩き回ってるんだからこっちだって、全員に助けて貰わないと割りに合わないよ!」
一方その頃、ペンダント捜しの協力が勝手に決まっていた史家。
「へっくしょん!」
「ゲゾンタイト。英語が嫌い過ぎてアレルギーでも発症したかい」
シュミットの皮肉に、史家はふんと鼻を鳴らした。
教室には二人だけ。他の補習生たちはとっくに試験を終わらせて帰宅していた。
残っている史家は課題が一向に終わらなかった結果、試験を受けることすら叶わず、先ほどになってやっと試験を受けていたのだ。
「きっと誰かが俺の噂してるんです。って言うか集中させてくださいよ!」
「いや、キミがクシャミをしたタイミングで時間切れだ」
シュミットは有無を言わせず、史家の半分ほどしか回答できていない用紙を回収して確認する。一目でしばらく補習が続きそうだと分かる散々たる内容だ。
すべての回答を確認した後に赤いペンで解答用紙に大きく「2」と書き込む。
試験は五十点満点だった。
「お砂糖の事なんですけど」
奈々の待機室に着くと、ロッテは手早くシュミットとクッキーの件を話す。時短のために必要な量を既に渡した後である事も説明した。
それに対する奈々の反応と言えば、特段驚いたり疑問を呈することもなく、あっさりとそれを受け入れていた。どうやら生徒たちが知らなかっただけで、シュミットと言う人はそういうことをするタイプらしい。
「ナナ先生がおつかいを頼まなければこんな事には……」
「私、砂糖が無いとコーヒーが飲めなくてさぁ。ペンダントの件は私も協力するからぁ。ロッテちゃん怒らないで……」
別に怒ってないです、と明らかに不機嫌はロッテは強い口調で言ってから正多を引っ張るように強引に連れ立って待機室から出た。
「ねえ、ロッテ。おつかいと捜索で二手に分かれない?」
残ったおつかい、醤油を届けることは一人でもできるからさ、と提案する。それにシュミットのおつかいも一人で十分可能だし、その間にロッテが創作を続ければ効率的だった。
「確かにそっちの方がいいかも。何ならバターと卵、理事長さんに届けて貰うっていうのはどうかな」
ダメ元で頼んでみるよ、と正多は苦笑して返す。
そのまま二人の進路はそれぞれの目的地に向けて分かれた。
「このお醤油で大丈夫でしたか?」
机の上に醤油のボトルを置きながら訪ねると、荒川は明らかに上機嫌になる。いまにも醤油のボトルを抱きしめそうな勢いだ。
「えぇ、このお醤油が欲しかったの! ありがとう」
正多はもう一つの目的である、卵とバターを分けてもらえないかと尋ねた。
「あら。何に使うの?」
「シュミット先生がクッキーを焼くらしくて、その材料に」
その言葉を聞いて荒川は首を傾げていた。
「その……ダメですか?」
いやまあ、仕事中に学校でお菓子を焼く教師がいたらそりゃ否定的な意見を持つだろう。なんて思っていたが、荒川は「そうじゃないけど」と相変わらず首を傾げたまま呟く。
正多は、ふと、荒川の視線が机の方を上に向いたことに気が付く。同じ方向を見てみると、机の上に置かれている生卵の入ったタッパーがあった。先ほど入っていた卵の数は三つだったのだが、今見ると一つになっている。
「ついさっき録達君が訪ねてきて……」
……。
「シュミット先生! おつかいをダブルブッキングしたんですか!」
家庭科室の入口まで戻ってきた正多は、心底不満そうに言った。
卵もバターも、既に史家によって届けられていたのだ。
本当は一刻も早くロッテの手伝いに行きたかったが、人手が必要なので史家の手を借りるべく、正多はわざわざ家庭科室に足を運んでいた。
「キミたち何だか忙しそうだったからさ、ロクタチに頼んだ方が早いかなぁって」
「余計に忙しくなったんですけど。てかなんで史家は電話に出てくれないのさ」
「悪い悪い、試験中に鳴ったら困るから通知切ってた」
「ところで、キミたち何をそんなに忙しく動き回ってるんだ?」
「落とし物を捜してるんですけど、校庭が広くて人手不足で」
「なるほど、つまり猫の手ならぬシカの手も借りたいってことだな! ……な! ……な!」
正多は史家のギャグに対して完全な無視を決め込み、自分たちが校庭で捜索を続けることを告げて家庭科室を後にした。
靴を履き替えて外に出た頃には、既に二手に分かれてから十数分が経過していた。
ペンダントの見つからないロッテが一人で落ち込んでいるのではと心配で、速足で校庭を目指す。
昇降口から出て、グラウンドの方に出てきた正多が見たものは、そこら中で何やら腰をかがめたり、しゃがんだりして芝生を見る生徒たちの姿だった
「ロッテ……これはどういう状況?」
ロッテが外に出てきた正多に気が付き、手を振りながら向かってきたので問いかける。
この人たちが全員、ペンダント捜しに協力してくれているのであろうことは分かるが、一体全体、この生徒たちはどこから湧いて出てきたのだろうか。
「おっ、正多じゃん。やっときたね」
「彩里?」
声をかけてきたのは高野彩里だった。
「ロッテの探し物、手伝わせてもらってるよ」
「ってことは、あそこにいるのはサッカー部の人たち?」
「そういうこと。今日は録達と一緒じゃないんだ」
彼女は周囲をきょろきょろと見渡して史家を探すような動作を取りながら言う。
「史家ならシュミット先生とクッキーを焼いてるよ」
正多が答えると彩里は「へ~、そっか~」と素っ気ない態度で返す。が、すぐに「って、なんでクッキー焼いてるの?」と、状況が意味不明すぎて聞き返してきた。
それについては、正多だって知りたかった。




