Part25「ペンダント探し」
【国連管理都市・札幌──2052年4月後半】
ロッテにはハンサムな彼氏がいる。
そんな噂が広まったのはあっという間の出来事で、知らないのは当の本人ぐらいだった。
発端は一年生が車に乗り込むロッテの姿を見たという話。運転席から降りてきたのは長身のイケメンだったらしく、一年生の間で話題になって、すぐに二年生でも「イケメンの彼氏に送迎されていた」と広まった。
そんなの、どうとでも解釈できそうな話だ。
兄とか親戚かもしれない。だから、特段気にすることもない。そうやって強がってみたけれど、やっぱり気になってしまう。
結局、本人に聞くような勇気は持ち合わせていなくて、真相は闇の中だった。
正多はそんな噂にドキリとした自分が嫌になった。
ロッテほどの美少女なら、彼氏がいても不思議じゃない。
むしろ、フリーな方が不自然だ。
「セータ君」
隣を歩くロッテの声ではっとした。
「体育館になかったね……」
ロッテはしゅんとした様子で呟く。
静かな廊下には、こつこつと二人の足音だけが響いていた。
この一時間、正多はロッテが紛失してしまったペンダントを捜していた。右腕に付けている琥珀の飾りが付いたペンダントだ。
史家は相変わらず英語の補習があって不在。「行きたくない!」と何度か叫んでいたが、最後にはシュミットに連行されていった。もはや見慣れた光景なので、特段思うところはない。
さて、そんな史家のことは置いておいて、今はペンダント探しだ。今日は体育の授業があったので、更衣室で落としたのかも体育館中を捜してみたが結果はハズレ。
今は落とし物として届いていないかどうかを確認しに行くところだった。
教員待機室の入り口にある固定端末を操作して、体育教師の惣谷が在室中であることを確認する。さらに操作して、パネル上にある『呼び出し』と書かれたタブを押した。
横開きの自動扉が開く。部屋の中では椅子に腰を掛けているTシャツ姿の大柄な男性、惣谷の姿が見えた。体育の時はジャージ姿だったが、今はすこし恰好が変わっていた。
「ペンダントかぁ」
二人から事情を聞いた後、首をひねる。
「落とし物は教頭先生が管理してるんだ。聞いてみるよ」
デバイスを取り出して教頭の八山に連絡を取るが、電話に出ない。
「あのひと忙しいから、気が付かないことあるんだよな」と肩をすくめて「たらい回しにするようで悪いが教頭室まで直接行ってきてくれないか?」
「あの、さっきパネルを見たんですけど待機室に居るのは惣谷先生だけでした」
正多の言葉に惣谷は何か急用でも入ったのかなぁと呟く。
「理事長に頼んで教頭室の鍵をもらってくるのが手っ取り早いな」
「それってつまり、勝手に入るってことですか? それはまずいんじゃ……」
「本人が『必要なら入っていい』って言ってたんだ。今は必要な時だろ?」
「じゃあ次の目的地は理事長さんの部屋だね」
そんな会話を交わして待機室から出ようとすると、惣谷から少し待ってくれと声をかけられて、足を止めた。
「忙しい所で何なんだが、理事長に届け物があるんだ。おつかいを頼んでもいいか?」
惣谷はリュックの中から三つ卵の入ったタッパーを取り出した。
「これを理事長のトコまで届けて欲しいんだ」
「えっとぉ、タマゴ?」
卵をまじまじと見つめるロッテと正多だが、惣谷は落ち込んだように話し始める。
「ゆで卵を持ってきたつもりだったんだが……意気揚々と殻を割ったら……」
惣谷は窓に掛けられてヒラヒラ揺れるジャージと、その傍にポツンと置かれている雑巾の入ったゴミ箱を見ながら言った。
「それはもう大惨事だった……」
「なんでナマタマゴを理事長さんに?」
「理事長室には、炊飯器と醤油が置いてあるんだ」
「……どういう意味ですか?」
正多は言葉の意味が分からずに聞き返す。
「理事長の好物なんだ。卵かけご飯」
「は、はぁ……。まあ、行く場所は同じなので」
納得できたような出来ていないような、微妙な感じで正多が答える。
タッパーを受け取ると、二人は理事長室へ向かった。
中央棟一階の奥まった場所には木製の両開きドアがある。そこが理事長室だ。
どこの学校でも校長室や理事長室と言うのは高そうな絨毯が敷いてあって、木目調の家具や黒い長椅子が置いている物だが、例に漏れずそんな感じだった。
「いらっしゃい。お二人さん」
荒川は柔らかな笑みを浮かべると、手招きして二人を机の前まで呼び寄せた。
「卵を持ってきました!」
ロッテが机の上には卵入りのタッパーを置く。
「本当にありがとうね。今日はちょうど卵を切らしていて」
荒川は満面の笑みでタッパーを自分の前まで持ってくると、机の引き出しからお茶碗を取り出す。それを眺めていた二人はいかにも高そうな見た目の机から、当たり前のようにお茶碗が出てくることにまず驚く。
荒川は不敵な笑みを浮かべると、お茶碗が入っていた引出しの更に一段下を開けた。
「「炊飯器⁉」」
机の一番下の段にある収納スペースにはすっぽりと中型の炊飯器が入っていた。
「さらにこのボタンを押すと」
炊飯器の下には何やら機械を仕込んでいるらしく、ボタンを押すと機械の音を立てて炊飯器がご飯を取り出しやすいように机の高さまで上がってきた。
「どうかしら、いつでも白米が食べられるように改造した机。内側は装甲版で補強してあるから即席爆弾を仕掛けられてもビクともしないように出来てるのよ」
小粋な戦争ジョークを挟みつつ、荒川はまだあるの、と反対側の収納スペースを開いた。そこには小型の冷蔵庫がすっぽりと収まっていて、中には黄色い箱のバターが入っている。
「おぉ! すごい! かっこいい!」
「いいでしょう? この理事長室は私の砦。これ以外にも色々あるんだけど、一番の目玉はやっぱりこの机なの。座ったままバター醤油卵かけご飯が作れる最強の机。私はこの机目当てで桜鳥の理事長になったのよ」
ご飯のために机をそこまで改造しなくてもいいのでは? と思っている正多を横目にロッテは目をキラキラと輝かせていた。
「それでここにはね、お醤油が入って……」
引き出しには醤油のボトルが入っていた。が、その中身は空っぽ。数秒間沈黙が室内を支配する。意気揚々としていた荒川はすんと真顔になり、視線を正多とロッテの方へ向けた。
「お金上げるから超特急でお醤油を買ってきてくれない?」
「え? いや、その、えっとぉ」
「俺たちペンダントを捜してて……」
「ペンダント?」
どうやら惣谷は卵の事だけ連絡してペンダントの事は忘れていたようだった。
二人はペンダント捜しのついでに来ただけなので、おつかいには行けないことを伝える。
「あらあら、それは大変。すぐに鍵を……って教頭先生、帰ってきているみたいよ」
荒川は手元のタッチパネルを操作しながら続ける。
「教頭先生に連絡はしておいたけど、やっぱりお醤油が欲しい……。そうだ、教頭先生のとこに行くついでに、おつかい頼めるかしら?」
そこまで醤油が欲しいのかと思いつつ、荒川の話に耳を傾ける。
「二階の家庭科室に実習授業で使う用のお醤油があったと思うの。だから待機室に行ってペンダントを見つけた後にお醤油を取ってきてくれないかしら」
「ついでなら二度手間ではない……かな?」
「届けるのはペンダントが見つかった後で構わないから。お願い!」
正多とロッテは卵も似たような経緯で承諾したわけだし……と承諾した。
「さっきもここを通ってたけど、何かあったの?」
二階の廊下をさっきとは逆方向に進んでいると、保健室から出てきた奈々と出くわした。聞かれるたびに一々説明していたら埒が明かない上に、このパターンだとまたおつかいを頼まれるに違い無い。
察しのいい正多はさっさとこの場を切り抜けるべく、
「ロッテ、こういう何度目かの説明の時は『かくかくしかじか』って言うんだ」
「ナナ先生! カクカクシカ君です!」
「色々間違ってるよロッテちゃん!」




