サウスパール王国の闇
『エリザ、エリザ。まだ、苦しんでる子がいるよ』
ポケットの中から出てきた緑の精霊ミールが言った。
(ミールも付いて来ていたのね)
今日はこの小さな友人の存在をすっかり忘れていた。
突然聞こえてきた声で、その存在を思い出したエリザは、ちょっとミールに申し訳なかったなと思いながら苦笑した。
『苦しんでいる子?このお城にいるの?』
ミールに念話で尋ねた。
『そう、このお城にいるわ。この部屋の空気はとっても清らかになったけれど、その子の部屋は真っ暗で息苦しそう。その子が助けを呼んでいるよ』
「この部屋の他にも、まだ私が浄化しなければならない場所があるようですわ。
ロザリー様。出てみないと場所は分からないのですが、この部屋を出てもよろしいでしょうか?」
レティシア様がミールの言葉を聞いて王妃様に言った。
王妃様をはじめ、サウスパール王国の全員が困ったような顔をした。
「原因がそこにあるなら、この部屋を浄化した意味がなくなってしまいます。原因の場所を浄化しなければ、この部屋もまた元の状態に戻ってしまうでしょう」
それでもサウスパール王国の全員は、ドアの前に立ち塞がる。
「レティシア様、実は外に出れない重要な理由があるのです」
王妃様は決心したような表情で、サウスパール王家の隠された闇の部分について、語り始めた。
サウスパール国王の側室の女性は、何やら怪しげな輩と繋がっていて、彼女の護衛と称して彼らはこの城に自由に出入りしているらしい。
きっと城全体が見張られている。この部屋から一歩でも出たら、私とレティシア様の存在が彼らに見つかってしまうと言うのだ。
その輩が城に出入りするようになった頃から、サウスパール城の雰囲気が変わって行ったらしい。
王の信頼していた側近が亡くなったり、重い病に倒れたりして、王の周りには信頼できる重鎮が殆どいなくなってしまった。
側室は言葉たくみに彼らを王に紹介して行ったらしい。
そしていつの間にか、国王陛下の周りの重要なポストの殆どすべてが、彼らの仲間で埋まっていたそうだ。
側室の息子(第2王子)を次の国王にする為に、彼らは闇魔法をつかって、王太子であるアンソニーを亡き者にしようと企んでいる。
ドリミア学園の魔法学教室での事件も、そんな彼らからの攻撃だったのだ。
彼らはアンソニーがいなくなったら、王は王妃様が産んだサミュール様に、王位を継承させるつもりではないかと考えている。
「サミュール様。虚弱体質を改善できると聞く果物をお持ちしました。このお薬も巷で虚弱体質に効くと評判ですのよ」
そんな優しい言葉をかけて、側室はサミュール王子や側近に近づいて行った。
初めは側室を警戒していた第3王子の側近や従者も、たびたびの贈り物に慣れていき、警戒心も薄れていった。
そして、周りが気がついた時には、明るく素直だったサミュール王子は笑わなくなっていた。口数も少なくなって、どこか人を警戒するようになってしまっていた。
2年前の魔法学教室の事件には、闇の魔法が使われていた。
アンソニーは第3王子が変わってしまった原因も、闇魔法に関係があるのでは?と気がついたのだ。
それからは、側室からのお見舞いの品を、全て破棄してその後は受け取らないようにと、サミュール王子の側近に指示を出した。
そうする事によって、サミュール様は薬が切れた時に中毒症状で苦しんだけれど、やがて抜け出すことができた。
けれど、サミュール王子の明るさは戻らず、先日、とうとう寝込んでしまい、目を覚さない状態になってしまったという訳だ。
彼らは恐ろしい。だから王妃様達は、お祖母様と私がここにいると彼らに知られないように、部屋から出る事に反対しているのだ。
『ミールがレティシア様とエリザを見えなくしてあげようか?』
思わぬ助けが入った。
『そんな事が出来るの?ミール。』
『出来るよ。他の人間からも見えなくなってしまうけどね』
『いい考えね』
レティシア様が言った。
「ロザリー様、近くに可愛らしい精霊が来てくれているんです」
「まあ、素敵!」
「側室達に見つからないように、精霊が私とエリザの姿を消してくれます。だから、自由にこの部屋から抜け出す許可を頂けませんか?」
「さすがヴァイオレッの大聖女様ですね。精霊とも話せるなんて。わかりました。貴方様を信じますわ」
こうして、私達は部屋の外に自由に出ていく許可をもらったのだ。
「今から精霊に、私達2人の姿を消してもらいますね。ご心配なさならいで」
レティシア様は後の皆さまにそう言ったあと、念話でミールに言った。
『ミール、お願いするわ』
レティシア様が言うと、ミールは小さな手をサッと振り上げた。それはまるで踊っているように見えた。緑の光が私とレティシア様に降り注いだ。
『これで悪い奴らにも、誰にも見えなくなったよ』
『ありがとう、ミール』
「まあ、お2人の姿が本当に消えてしまったわ」
「これは驚いた!」
「ドアが開いたら僕達も外に出ます。エリザ、僕が見える?」
「見えますわ。アンソニー」
「声は聞こえるんだね。僕には君達が見えないから、どこに向かうのか言ってくれる?」
『あの部屋が真っ黒よ』
私にも『真っ黒』は見える。
「今、私たちが立っている場所から見える、前の建物の3階の部屋は、何方のお部屋なの?そこに行きたいわ」
「フレッグの部屋だ」
「第2王子の部屋です。あの部屋は危険です」
アンソニーとレオンは反対した。
サミュール王子の側近のエリオと王妃様は、そのまま王子の側に残っている。
『中には男の子1人だけだよ。他に誰もいないよ。その子が1人でソファーに座ってるんだ。『助けて』って言っているのは、その子だよ』
『行ってみましょう。ミール、瞬間移動で中に入っても大丈夫かしら?』
レティシア様は数々の危険な場所を浄化してこられた方だ。この行動力と判断力はさすがだ。
『大丈夫だよ。その子の他には誰もいないから』
「精霊に聞いてみたら、部屋のまわりにも中にも誰もいないみたい。あの部屋は誰にも見張られてはいないようよ。
誰か来る前に入りますね。心配なさらないでね」
レティシア様は他の皆さまを気遣って言われた。
「アンソニーもレオンも、サミュール様のお側にいて差し上げて。私達は大丈夫だから」
「わかった。くれぐれも気をつけて」
「ええ、気をつけますわ。では行ってきます」
私とアンソニーの会話が終わった次の瞬間、私とお祖母様は第2王子フレッグの部屋の中にいた。レティシア様が移動魔法を使ったのだ。
ミールの緑の光のおかげで、私達の姿は消えた状態だ。
立派な家具やソファーが置かれ、煌びやかな飾り付けがしてある部屋だった。
ボーっとした様子でソファーに座っている青年。この方がきっと第2王子のフレッグ様だろう。
良く見ると、彼は人には見えない黒い紐で括られていた。あの『元気の補充が必要マーク』と同じ黒い瘴気の紐だった。
何重にもグルグルと瘴気の紐は彼に巻きついていた。手にも足にも身動き出来ないほどに巻きつけられていた。
「誰だ!そこにいるのは。また母上に何か言われて私を操りに来たのか!」
「!」
「!」
「生憎だな。私はまだお前達が望むほど、弱ってはいない。アイツにも母上にもそう伝えるがいい」
第2王子のフレッグ様は、私達がいる方向を見てそう言った。
彼は真面だった。
そして、姿を消した私たちの気配を感じる魔力を持っている。彼の助けを求める気持ちがミールに届いたのだ。
レティシア様は彼から見えないままの姿で、フレッグ王子に近づいた。
「フレッグ様、お静かに。私はアミルダ王国のレティシアと言います。見えない姿のままのご挨拶で失礼いたします。」
「アミルダ王国のレティシア様?聖女レティシア様ですか?」
「はい。私はレティシアです。良く1人で頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」
そう言ってレティシア様は、フレッグ王子に巻かれた黒い紐に手を置いた。
するとフレッグ王子が光に包まれ、光の飛沫で全身が見えなくなった。黒い紐やその他、沢山の糸や紐が光の外に飛び出して、消えていく。
全ての糸や紐が飛び出したあと光の飛沫が鎮まり、彼を包んでいた光も消えていった。
彼を縛っていた紐は全て消えていた。
ミールは優雅に手を一振りして、緑の光をフレッグ王子に飛ばした。緑の光はキラキラと輝いて彼の中に消えていった。
自分も消えることで、フレッグ王子は私とレティシア様を見る事が出来るようになった。
「貴方がレティシア様ですか?」
フレッグ王子はお祖母様に言った。
「貴方は?」
「私はドリミア王国のエリザベート・ノイズです」
「貴方が!」
(どうやら、フレッグ王子は私を知っているようだわ)
「私はアンソニー様の同級生ですのよ」
「その貴方がどうしてここに?どうして・・?」
「貴方が助けを求めている声が聞こえたのです。お助けに参りました。フレッグ様」
レティシア様が言った。
「本当に?・・助けに来て下さったのですか?・・私を?」
「そうです」
「フレッグ様、もう大丈夫です」
「ああ!本当に?ありがとう!ありがとうございます!」
フレッグ王子は感極まったご様子だ。
この部屋を見張っていた術は、私たちが入って来た時に効力を失っている。
レティシア様は光魔法でこの部屋を浄化した。
「フレッグ様、今からサミュール様の部屋に参ります。よろしいですか?」
「わかりました」
瞬間移動で私達3人はサミュール様の部屋に戻ってきた。
レティシア様が部屋に結界を張り、外から誰も部屋に入れないようにした。話し声も漏れないようにした。そしてミールの魔法を解いてもらった。
「フレッグ殿下!」
「フレッグ!」
「フレッグ様!」
「フレッグ兄さま」
「フレッグ様」
皆が口々にフレッグ王子を呼ぶ。
「王妃様、兄上、サミュール。私と私の母が・・・。すまない」
「レオン、エリオ、お前達にも迷惑をかけた。申し訳ない!」
フレッグ王子は皆に向かって頭を下げた。
「フレッグ様。頭を上げて下さいませ。貴方様のせいではありません。お一人で戦っておられたのですね。お可哀想に・・」
王妃様は涙を流しながらフレッグ王子を優しく抱きしめた。
「王妃様、陛下は何処に?」
レティシア様が尋ねた。
「ご自分の部屋にいらっしゃいます」
「今から行かせて頂いても?国王陛下にも一緒に、フレッグ様のお話を聞いて頂きたいので」
「もちろんです。陛下をこちらにお連れしてはどうでしょうか?レティシア様」
『王様の部屋は、外から見張られているけれど、中には王様しかいないよ』
ミールが教えてくれる。
「今なら部屋にいるのは陛下お一人だけのようです」
「王妃様、私とエリザベートと一緒に、陛下の部屋に行って頂けますか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。では、まいります」
『ミールお願い』
『わかったよ』
私とレティシア様、そして王妃様はミールの緑の光で姿を消してもらった。そして、レティシア様の瞬間移動で国王陛下の部屋に入った。
陛下は執務中だった。
側近も誰もいなかった。
レティシア様はすぐに部屋に結界を張った。これで、外から誰も入って来れない。声も漏れなくなった。部屋に仕掛けてあった見張りの魔法も解除した。
全ての処理が終わった後、ロザリー様が陛下に声をかけた。
「陛下」
国王陛下は声のする方を振り返ったが、勿論、王妃様の姿は見えない。
「陛下、ロザリーです。今、陛下の前に来ております。許しもなく入室した事、お許し下さい。外で見張っている者に知られたくなかったので」
「ロザリーか。面白い術を使って入ってきたものだな」
「陛下、ここに、聖女レティシア様とノイズ公爵家の令嬢のエリザベート様がいらっしゃいます」
「目の前に?」
「そうです」
『ミール、解除をお願い』
私達はサウスパールの国王陛下の前に姿を現した。私とレティシア様は陛下に一礼をして、一歩下がった。
王妃様は今までの事を陛下に説明した。
国王陛下はサミュール様が目を覚された事を大変喜ばれて、すぐに部屋を訪ねたいと言われた。
王妃様は、フレッグ様のことは話されなかった。
私たち4人はお祖母様(聖女レティシア)の瞬間移動でサミュール様の部屋に戻ってきた。
その場にいた全員が、私たちと一緒に現れた国王陛下に一礼をした。
「サミュール!気がついたか!」
「父上!」
国王陛下はサミュール王子の手を握った。お互いに何度も何度も頷きあって喜びを噛み締めておられた。
そのあとで私たちを振り返った国王陛下は、初めてフレッグ王子に気がついて、大きく目を見開かれた。
「フレッグ、其方が何故ここに?」
「父上・・」
「フレッグ様のお話を一緒に聞いて頂きたくて、陛下にここに来て頂きました。どうぞ、こちらにお座り下さいませ」
王妃様が陛下にソファーを勧めた。
私たちもそれぞれソファーに座り、サミュール様の側近のエリオが皆にお茶とお菓子を用意して下さった。
そしてフレッグ様は国王陛下に挨拶をした後、今までの事を話し始めたのだった。
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