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9 対話するエルメス

今回も短いです。

 そこは不思議な空間であった。

 不自然ながらも洞窟と言えなくはなかったここまでと違い、そこは完全に何らかの意図があって作られたと思わしき空間であった。

 天井は高く、円形であり広く、それ以外には何もない。

 そしてその中央に、それはいた。


 甲冑を身につけた、牛頭の巨人。

 牛鬼。地獄に住む悪魔の中でも、その戦闘力で知られた存在。


 悪魔が果たして魔物の一種なのか、あるいは神や精霊なのか、色々と学説はある。

 だが全てにおいて言えるのは、それが人間の存在を否定するということだ。

 戦闘力のない人間が悪魔に遭遇した場合、それは無意味な虐殺として帰結する。

 それが悪魔という存在だ。


 だが、エルメスにとってはどうだろう?




 興味深げに、そして全く憶さずに入ってきた魔術師。

 その後には四人の小物。

 魔素を空気のように感じる悪魔には、エルメスの異常性がすぐに分かった。

 スキルなどという小賢しいものは必要ない。

 ただそこにいる存在力だけで、牛鬼はエルメスを強者と認めた。


「よく来たな、強者と四人の僕よ」

「悪魔って喋るんだな」

 渋いバリトン声の牛鬼に対して、エルメスは完全に平静であった。

「し、しもべかあ。うん、先生、あとはお願いします」

「ど~れ。とかいうのは置いといて」

 腰が引けたリックは放置して、エルメスは牛鬼から一定の距離で止まった。


「殺気がないな」

 感じたままの感想を、エルメスは口にした。

 言い伝えられる記録に比して、目の前の悪魔からは自分に対する殺意や害意を感じない。

「ん? ふふふ、人間を見るのは初めてでな。まあ確かに食べたいという気分もなくはないが、それよりは好奇心が勝っているというところか」

「理性的な悪魔殿だな。私の名前は――と、悪魔に名前を言うのはダメか」

「ああ、呪いのことか。お前ほどの魔力があれば問題ないだろうが、儂も別に構わんよ」

 牛鬼は牙をむいて笑った。


 リックたちは傍観者と化している。正しい。リックの直感はこの牛鬼という悪魔が、自分たちでどうこう出来るレベルの存在ではないと教えてくれる。

 実は牛鬼と同じく知的好奇心に満たされてかけているエルメスは、そんなリックたちの存在を忘れかけていた。

「悪魔殿、それで聞きたいのですが、このダンジョンは私達を閉じ込めてしまった。私の記憶にある限り、そんなダンジョンはなかったと思うのですが」

「お前達の常識ではどうか知らんが、生まれたばかりのダンジョンは獲物を捕まえると、逃げられないように口を閉ざす。野生の獣も似たようなものではないのか」

 エルメスは牛鬼の言葉の中で、引っかかった部分を見つけた。

「生まれたばかりのダンジョンは、全てそうやって人間を食らうと?」

「そうだ。儂の知る限りでは、お前達の呼ぶダンジョンとはそういうものだ」


 なんとなく分かった。

 おそらく今までも、生まれたばかりのダンジョンは、人間を飲み込んできたのだ。

 生還した者が一人もいなかったため、その事実が知られていなかった。

 考えてみれば納得のいく帰結である。


 悪魔と会話した人間というのは、実はそこそこ歴史に残っている。

 悪魔を召喚することによって、対話したのだ。もっとも召喚に失敗して悪魔に食い殺された例というのも、その数十倍はある。今では悪魔召喚は一部の例外を除き禁忌である。

 と言っても戦争にでもなれば普通に行われるので、あくまでも人間の、しかもいわゆる上流階級の都合だ。

 犯罪にもならないこの機会に、エルメスが悪魔と対話するのは、ある意味自然なことであった。




 折角の機会であるので、エルメスは地獄の常識を教えてもらうことにした。

「我々人間の間で神と呼んでる存在の正体を、ご存知ありませんか?」

「ああ、あの呪いか」

 エルメスの問いは悪魔に対するものとしてはかなり際どいものだったかもしれないが、牛鬼はあっさりと応じた。

「秩序を名乗り自由を奪い、保護と称して牙を抜く、傲慢にして悪辣な存在だ」

 悪魔側からの見方としては、そういうものなのか。


「お前達も……ふむ、お前ともう一人は、神の呪いを受けているな」

 エルメスとリックのことだろう。間違いない。

「人間の世界では、むしろこれは神に愛されているって考え方なんですけどね」

「愛? 使いどころが難しく、定義付けも難しい概念だが、神の愛など呪い以外の何モノでもないだろう」

 きっぱりと言い切る悪魔様に、思わず敬礼したくなるエルメスである。


「そもそも神とはなんでしょうか?」

「お前達の及ばぬ力の中で、お前達の理解出来るものが神だろう?」

 悪魔の答えは常に明確だ。神殿のお偉いさんの説法のような、詐欺じみたところがない。

「及ばぬ力の中で、理解出来ないものは?」

「それは悪魔だ」

 これもまた、明快なものだった。


「神の愛が呪いというのは?」

「生まれた時点から、その人間の可能性を縛っているのだ。そういうものを呪いというのではないかね?」

 ああ、なるほど。

 加護や祝福を受けた人間は、ごくわずかな例外を除いて、その神の示す道を歩かざるをえない。

 リックが冒険者となり、エルメスが魔術を探求したのは、なるほど神による誘導であろう。

 そういう意味では武の神の加護を得ながら、料理人になったという人物は、かなりの異端であるのだろう。

(いや、料理の腕だと?)

 エルメスは気付く。料理は腕力が必要なことが多く、刃物を使うことも多い。

 ならば極端な話、戦士としての才能が活かせるのではないか。

 ……まあ、一理あるかもしれない。


「ならば悪魔殿、貴殿には私のスキルが見えるのでしょうか?」

「スキル!」

 ついでとばかりに質問したエルメスだが、牛鬼は歯をむいて笑った。

「あれこそが神の悪意! 人間ならず意志を持つ全てを偽る、種として乃束縛ではないか!」

 なんとも言葉を選んでいるように聞こえるが、悪魔にとってもスキルは嫌なものらしい。

 エルメスは悪魔に対して、ものすごい親近感を覚えた。




「他に何か訊きたいことはあるか? 知識はあの世に持っていけぬ。遠慮なく訊くがいい」

 穏やかな会話の中に、突然そんな言葉が混じった。

 悪魔は全く感情の色を変えていない。だがエルメスは確信した。

 この悪魔には悪意はない。そもそもそういう存在ではない。

 だがエルメスたちを生かして返すことはないだろう。


 これはぎりぎりまですっとぼけて、情報を搾り取ったほうがいいのだろうか。

 なんとなく背後のリックたちが精神的に死に掛けている気もするが、どのみち牛鬼を相手にしては役に立たないので、あまり計算に入れなくてもいいか。

 しかし、だ。

 エルメスはリックたちを見殺しにするつもりはない。

 エルメスは人付き合いが苦手で、孤高を愛する人間だ。

 だが誰かにいてほしいときはあるし、数少ない友好的な人間を失うのは、精神的にとてもよくないだろう。


「なあ悪魔殿よ。貴殿は私達をダンジョンに食わせる気か?」

「うん? いや、お前を殺すのは骨が折れそうだ。後ろの四人で構わんが?」

 ああ、やはり言葉が通じていても、分かり合えることはない。

 同じ人間でも、貴族相手になると、この悪魔よりもよほど話は通じない。

 残念だが、本当に残念だが、自分はこの悪魔と戦わなければいけない。


「悪魔殿よ。私達を地上に返してはくれないか?」

「お前はともかく後ろの四人は、必要ないだろう?」

「う~ん、必要とかどうとかいう価値観じゃないんですよね、人間は」

「不必要な者も、わざわざ手間をかけて生かしておくのか?」

「そもそも人間にとっての必要と、悪魔殿たちの必要では、根本的に違いがあるかと」

「お前一人で、あの者たち一万人分の働きは出来るだろう?」

「あ~、人間と悪魔では生態も違えば、社会の作り方も違いますし……」


 エルメスは思った。文化が違うと。

 結局のところ人間とさえ満足なコミュニケーションが取れないエルメスには、悪魔との対話など無理だったのかもしれない。

 ……大概の人間と比べると、この悪魔の方が話しやすかった気もするが。

「では、このダンジョンから抜け出すと?」

 そう言った瞬間、初めて悪魔は殺意を放出した。 

戦闘までいかなかった……。

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