43 エルメスの転職
これにて完結
エルクレントは考えていた。
これからどうすべきか。
一番の楽しみであった魔王との対決は、反応は色々と楽しませてもらったが、別に戦闘が楽しかったわけではない。
魔王の力は確かに強大だが、その魔王全てを地獄に閉じ込めているのは、エルクレントの力なのだ。
というわけで彼は、何を楽しむか悩んでいた。
エルメスと同化している部分は、自我を取り戻してきている。
その意思に従うなら、まだワールの街を攻めているだろう悪魔達を、殲滅してしまうというのが気分的に心地いいものだ。
だがまあ、それは必要ないだろう。
エルクレントは己の意識がはっきりとした時から、はるか西より迫り来る、魔王以上の気配に気付いていた。
それはワールの街の上空へ留まると、片手間に残っていた悪魔を殲滅した。
そして再び東へと来て、エルクレントの前に降り立ったのだ。
それは少女の姿をしていた。
真っ白な髪に、真っ白な肌に、瞳だけは赤くて、着ている大き目の服も真っ白だ。
大陸の西の果て、さらに北の果てに、こういった容姿の人間が住んでいる。
だがエルクレントは、彼女が人間でないと分かっていた。
「ユピトアか」
「全く……どうしてエルクレントがいて、こんなことになるかな」
口調は生意気な少女のものだが、意識をわざと人間レベルにまで落としているのだろう。
ユピトア。それは五大神の中の一柱である。
五大神が持ち回りで、人間の姿で地上をうろついているのを、エルクレントは知っていた。
だがエルメスはもちろん知らなかった。まあ知っていても、悪魔への対処が遅い大神に頼らず、今回のようにそれなりの準備はしていたのだろうが。
過保護な神様は地上を人間のものとしておきながら、実はしっかりと守っているのである。
そのあたり、トリックスターのエルクレントとは違う。さすがは本場の神である。
神話や伝説に残る英雄的存在の全てが、実は神の化身だと知ったら、人間達はどう思うのだろう。
「エルクレント、貴方は地上に干渉する義務はなかったはずだけど?」
「干渉しない義務もなかったろう」
己の欲望に忠実なエルクレントだが、彼の知識に頼らざるをえないこの世界の神々は、エルクレントと敵対したいわけではない。
そもそもエルクレントは超越存在であり異質な存在であるが、神でさえないのだ。
もちろん悪魔でもない。
彼の言葉を信じるならば、かれはごく普通の、知的生命体なのだ。
それがこの世界に漂流して、明らかに人間を超越していたから、神の仲間になっているだけだ。
幸いにも彼は、悪魔とは価値観が合わなかったらしい。
ユピトアは管理地に戻るという。
悪魔の軍が消滅した以上、彼女がここにいる理由はない。
戦後復興を助けてくれと人間ならば言いたいだろうが、その程度のことを神頼みされても困るのだ。
人間に出来ることなら、人間が解決すべきだ。それが神の統一見解である。
よってユピトアは去っていった。
エルクレントに、とりあえず地獄の封印を再調整しろと言い残して。
エルクレントもまた、そろそろエルメスに体を返さないといけないなとは思っていた。
地獄の封印は、また暇をみてやればいいだろう。
その間にまた魔王が顕現したら、今度はもう少し無責任に楽しめるだろう。
苦難に立ち向かう人間の姿を観賞するのが、彼はとても好きだった。
地獄へ落ちろ。
エルメスは頭痛が痛かった。
そう言いたいぐらいに頭がおかしくなりそうだった。
彼が得た情報量は、人間の脳で処理するのには時間がかかった。
だがエルクレントが自分専用に改良していた脳みそは、なんとかそれを整理した。
ふざけるな。
それがエルメスの言いたいことである。
エルクレントの雑な寵愛も、神々のお散歩も、そして何より、光を失った目について。
そう、エルメスは視覚を失っていた。
別にそれは問題はない。魔術を使えば色々な方法で、視覚の代わりをすることは出来るのだ。
だがそれでも、たとえば紙に書いた絵や文字を判別するのに、わざわざ魔術を使わなければいけないのだ。
全くもって自分の興味だけに重きを置く、奔放な神らしい神である。
いや、エルクレントの知識を得たエルメスは、エルクレントが実は神ですらないと知っているのだが。
ここ以外の世界から来た、高次元の存在。
それがエルクレントだ。
五大神から頼られるほどの力を持っていながら、大神に選ばれていない訳が良く分かる。
世界に対する責任感を持っていない。知的好奇心ぐらいがかの存在の特徴であるが、どうもこの世界はあまり居心地がいいわけでもないらしい。
そんな存在がまだ、自分の中にいる。どうやら死亡するぐらいの損傷を受けた時ぐらいに、エルクレントとして顕現するようなのだが、つまり普段は何もせずにエルメスの苦境を眺めているということだ。
地獄へ落ちろ。
呪詛の言葉を口内で呟きながら、エルメスは戦闘の跡を眺めた。
あれだけ自分が必死こいて戦った魔王が、あっさり一撃である。
自分がなんのために生まれてきたかまで、深い失意がエルメスを包む。
「……ま、いっか」
色々と後遺症は残ったし被害は出たが、それでもこれはハッピーエンドにしておこう。
エルメスは乾いた笑いを浮かべ、破壊されたワールの街へと向かうのだった。
後に魔術兵団に入り、盲目ながらもその圧倒的な魔力を買われ、魔王級悪魔を含めた、新たなる災厄に備えた魔術の主任研究員として、エルメスは転職に成功した。
エイルは約束を守ったし、身近でエルメスの戦いを見ていた魔術兵団の人間に、文句を言うような度胸のある魔術師はいなかった。
エルメスは存分に魔術を使い、新たな魔術を生み出すという仕事に、深い満足感を得るようになる。
そんなエルメスは就職した後も、たまの休日には神殿に行って、無料の医療行為……ではなく奉仕行為を行っていた。
ターニャはそんなエルメスに、ある日なんとなく尋ねた。
「結局、転職にスキルは必要なんですか?」
「そりゃ、ないよりはあった方がいいかもしれないけど……」
そこで考え込んだエルメスは、実体験から答えを出した。
エルメスという魔術師がこの街にいた時期に、魔王の顕現という偶然があったこと。
そのために巨大な戦力が必要されていたこと。
それこそが最も重要な、エルメスの転職成功の要素となったわけだ。
「大切なのはスキルでも実績でもなく、単にタイミングだな」
かくて魔法使いは語り終えた。
とりあえず完
黄金蛮姫の方、頻度は高くないですが再開します。
それともう一個書きだめ中です。




