渚の人魚姫
浜辺に着いた頃には、朝日は昇り、昨夜の嵐は嘘のように凪いでいた。
砂浜に王子を横たえると、アーリアはそのまま力尽きて倒れた。下敷きになった王子が「げふっ!」と悲鳴を上げて水を吐きだしたが、意識はまだ戻らない。
ああ、良かった。生きている。
気を失っているイワンの胸に頬を寄せて、アーリアは心底安堵した。トクン、トクンと聞こえてくる鼓動は確かに生きている証で、正確なリズムを刻んでいる。寄せては返す波の音と共に、それらはとても優しく聞こえた。
アーリアは目を閉じて浸っていたが、むくりと起き上がった。
そこにある無防備な男をしげしげと眺める。見れば見るほど、不思議な生き物だ。尾がなくて足が二本ある。体中に布を着こんでいる。なんでこんなものを。変なの。
しばらくアーリアは好奇心の赴くまま男の両脚をもって重さを確かめたり、顔に張り付いた髪をかき上げてその顔をじっくり鑑賞したり、胸元はだけて素肌を触ったりと遊んでいたが、その内、手がベルトに伸びた。股の間に何か付いているのを発見したのである。
静かな浜辺に呑気なアーリアの鼻歌が響いた。
まどろんでいた意識は少しずつ覚醒してきている。誰かの指が優しく頬に張り付いていた髪を取ってくれた。
誰……?
シャツのボタンをはずされて、呼吸が楽になった。そして絶え間なく聞こえる美しい歌が心地よく耳に響く。うっすら目を開けると、丁度ズボンのベルトが外される所だった。何事、と思う間もなく、フンフンと楽しそうに歌う見知らぬ女は間髪いれずにズボンを引き下ろそうとした。
「ぎゃあああああ!!」
意識は一気に覚醒した。飛び起きると、女は弾かれたように手を離し、そのままものすごい速さで波間に消えた。
何だ、今のは。
混乱するイワンが分かったのは、誰か女に助けられ、その女にあやうく犯されそうになったことだ。
俺のサムシングの危機だった……!
城中で散々浮名を流してきた王子だったが、好みでない娘は徹底的に相手しない確固たるポリシーがある。そんなのは将来の妃となる、どこかの国の王女でたくさんだ。
一人ブルブルガタガタと震えていたイワンを探しに来た、リンジーとジャックが発見した。
「イワン様―!」
怒涛の勢いで走り寄った二人は、さっきまで気絶していた主にタックルかますように抱きついた。
「どふっ!」
イワン、本日三度目の悲鳴を上げる。
「ああ、ご無事で良かった、良かった。もうリンジーは生きた心地がしませんでした! 首一枚で繋がって本当に良かった……!」
「し、し、死ぬ、死ぬ……!」
逞しい腕に力一杯に抱きしめられ、イワンがもがきながら呻く横で、ジャックが袖を濡らす。
「もうなあ……ほんまにあかん思うててん。王子さん死んだら、うちらかて手討ちや。ほんまに運の強いお方やなあ……。ウン○ちゃうで、ウンやで」
「黙れ、この瞬間冷凍芸人!」
リンジーを剥がしたイワンが、ジャックの頭上に手刀を落とした。
「帰るぞ……お前ら、泣きやめ! そして貼り付くな!! ったくどこまでも自分本位なやつらめ……」
泣き縋るお付き二人を腰と足にしがみ付かせたまま、王子は砂浜を歩きだした。その先には優美にそびえ立つ城が見える。
アーリアは海間の岩から小さな溜息を洩らしながら、その光景を眺めていた。




