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嵐を呼ぶ男

月明かりがたゆむ波を照らす中、アーリアは海面からぽっこりと頭を覗かせた。

「わあ……」

遠くに光の小さな玉が密集しているところが陸なのだろう。はじめてみるそれは、とても幻想的だった。そして、近くには大きな船が一隻、ゆるやかな波間を漂っている。

しばし悩んだ挙句、アーリアは船に向かって泳いでいった。


王子が仕上げのジャケットを羽織ると、両側から声が上がった。

「ああ、イワン様、とってもお似合いです!」

「ほんまですわ、性格の悪さをよう隠してはる」

肩の金の鎖がささやかに揺れて、瞳と同じ漆黒のジャケットに縁取られた金の刺繍が蝋燭の明かりを受けて華やかに輝く。袖口から覗く白いレースは繊細に美しく、職人が魂を込めて制作したものだと思われる。緩やかにウェーブのかかっている黒髪は、今日はぴしりと撫でつけられ、後ろで一括りにされていた。肩から流れる深紅のマントは、ゆるぎない気品を添えている。

その右側で片ひざを付いて両手をヒラヒラと振っているのが女剣士のリンジー。某RPGの剣士のような「どこ防御してるんですか?」というくらいの露出度激しい鎧を身に纏っている。その姿、セクシー&グラマーというよりは、ごつい&逞しい。ぶっちゃけ、オカマのようでもある。

左側で同じく片ひざを付いて手をヒラヒラさせているのは道化師ジャック。身長120cmほどの小人症の男で、赤と白の縞々の服に、とんがり帽子をちょこんと被っている。

船の一室、臣下二人の絶賛(?)を浴びながら王子はけったくそ悪そうに呟いた。

「お前ら、どこの国の、いつの時代の人間だ」

「なにはともあれ17歳のお誕生日、おめでとうございます」

「憎まれっ子世にはばかると申しますからなあ。イワン様はせいぜい長生きしまっしゃろ。せいながのっぽなだけに、なんちゃって」

ひゅう、と小型のブリザードが室内に吹き荒れた後、イワンはジャックの両頬をうにょーんと伸ばした。

「その下らない口を縫って、簀巻きにして海に放り投げてやろうか? ん?」

「アウチ! マイロード!」

「イワン様。お時間でございますわよ」

いつも見慣れている光景なのだろう、リンジーは二人に頓着せずに甲板に続いている扉を開けた。音楽隊がファンファーレを鳴らし、着飾った人々がわあっと声を上げる。

イワンは道化師の腫れた頬から手を離すと、マントを翻して歩き出した。ほんのりと笑みを浮かべた完全外向型の顔をして。元来が男前な達である。ご婦人方からきゃーと黄色い声援が飛んだ。彼女らだけではない。甲板までクライミングしたアーリアは、颯爽と登場した見目麗しい王子に一瞬で心奪われた。

「なんて素敵な方……」

思わず手すりを離して両手に当ててしまった為、ぽちゃんと海に落ちたが、再び猛スピードで船によじ上った。恐るべき恋の力である。

甲板では祝福の声と共にグラスが掲げられ、同時に夜空に花火が打ち上げられた。人々の感嘆の声が上がる。その片隅でお付き二人が安堵のため息を漏らした。

「降らなくてよかったわねえ」

「全くや、雨男のイワン様の事やから、どうなるか思うとったけど。お月さんもきれいに出てはるわ」

ところがその会話が終わるや否や、暗雲が月を消した。水滴がぽつぽつと降り始める。ぐらりぐらりと甲板も大きく揺れ始めた。

「ああ、いわんこっちゃない、イワン様だけに」

「やかましい」

ジャックの尻を蹴りあげると、イワンはテキパキと指示を出した。

「波が高くなってきた、船長に急ぎ港へ戻るように伝えろ。皆は船室へ、ここにいては海に落ちてしまう」

船が大波間に乗り上げ、数人が転げた。あちらこちらで悲鳴が上がる。グラスの割れる音、船がかしぐ度に右へ左へと滑る料理満載のテーブル(with太ったコック長)、腰を抜かして手すりにしがみついているご婦人方には容赦なく波が頭から襲いかかった。流行のヘアスタイルも、最新のドレスもすべてパーである。足元不如意なまま必死に彼らを誘導し、甲板に誰もいなくなったと安心した瞬間、イワンはふと無重力を味わった。

あ、と思った時には波間に叩きつけられた。

「きゃあああ!」

悲鳴を上げて追いかけようとするリンジーをジャックが慌てて止める。

「イワン様が死んでしまうわ、イワン様が死んでしまうわ! 早くお助けしないと!」

「無理やて、あんさんも死んでまうて!」

「今、死んでしまった方がましよ、職務怠慢よ、王様に殺されてしまうわーーー!」

パニックになっているリンジーは、遥か下にいる道化師の胸ぐら引っ掴んで、やけにきっぱりカミングアウトした。

「わたし、権力には弱いんです」

「う、うん、まあ、そりゃ……誰だって弱いわな」

ジャックは薄れゆく意識の中で、ふと思った。

あの人、雨男だけやのうて、嵐まで呼ばはったわ……。嵐を呼ぶ男、なんちゃって。

そのまま酸欠状態で気絶した。

パニックになっているのは彼女だけではなかった。狭い室内、大混乱である。なんたってアップダウンが激しい上に、熱気包まれ酸素が薄い。リバースする人、もらう人、神に祈る人、やけになって踊りだす人、思い残すのは嫌だとドサクサに紛れて愛の告白をする人、死ぬのならば君と共に、己の楽器をしかと抱きかかえる音楽隊。イワン様カムバックとヒステリー状態で泣き叫ぶご婦人方。そんな人々を乗せたまま、船は波間に翻弄されながら、港へと向かっていた。


その頃、アーリアは必死になって気を失っている王子を追いかけていた。手を伸ばそうとすれば波に阻まれる。ようやくつかんだと思ったら、その重さにつられて一緒に沈んだ。

「ぎゃー! 非力!」

人一人がこんなに重いとは思わなかった。自分だけなら、このうねる大波を楽しみながら遊ぶくらいの余裕があるのに。

人間は水中では息が出来ない生き物だと聞いた。だから、絶えず海面から顔を出してなければならないのだが、それが何より大変だった。

油断するとイワンはすぐに沈んでしまう。慌てて引き上げる。繰り返している内に体力を激しく消耗してしまい、アーリアはくらくらしてきた。

いいえ、負けてなるものか。目覚めよ愛の力! どすこい!

渾身の力で浮上する。

「人間には関わってはいけない」という掟はすっかり頭の中から消えていた。そこにいるのは、ただ恋する男を助けたいがための一人の少女だった。


王子を抱えてアーリアは必死に泳ぐ。浜辺に辿り着いた時にはすでに朝日が昇っていた。


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