26話 そのスキルの詳細
「……ねくろ、まりおねっと?」
サクッ。
香ばしいバタートーストを齧りながら、わたしは空中に浮かぶウィンドウを見上げた。
昨夜の「お仕事」でレベルが上がり、新たな権能が解放されたわたしの固有スキル。その詳細はどうなっているのか、ドキドキしながら画面を覗き込む。
【殺人鬼の加護:レベル2】
・人間殺害時:獲得経験値増『極大』
・その他(魔物討伐・特訓等):獲得経験値0(無効)
「……うん。ここは相変わらずだね」
わたしはガクリと肩を落とした。
そこには変わらず、禍々しい『殺人鬼』の文字が鎮座している。
運営さん、わたしに「人殺し」のレッテルを貼ったまま一生生きていけっていうの? 乙女の履歴書に傷がつきっぱなしなんですけど!
わたしはミルクでパンを流し込み、気を取り直してその下の項目を見た。
レベルが2になったことで追加された、新しい「機能」の確認だ。
【解放権能:死霊の傀儡】
・殺害した対象の魂を『所有物』としてストックする。
「……所有物?」
わたしはトーストを持ったまま、呆気にとられて瞬きをした。
たいそうな名前がついている割に、やってることはただのコレクション?
魂を集めて眺めるだけなんて、悪趣味なコレクターじゃないんだから。
「経験値の二毛作」ができるならラッキーだけど、名前負けもいいとこだね。
――なんて、軽く考えていたけど。
その下に書かれていた、詳細の続き。
それを見た瞬間、わたしの思考は完全にフリーズした。
・術者が用意した『器』に対し、ストックしている魂を定着させる。
・対象が『同意』した場合のみ、蘇生が完了し眷属となる。
「…………は?」
時が、止まる。
食堂の静寂が、キーンと耳鳴りになって響く。
蘇生。
眷属。
配下。
その単語の意味を脳が処理した瞬間、わたしはガタッと椅子を鳴らして立ち上がっていた。
「殺人鬼の加護って……ただ殺すだけじゃなくて、殺した相手をこき使うためのスキルだったの!?」
そんなの……。
わたしだけの……『最強の軍団』が作れちゃうってことでは……!?
わたしは、昨日「処理」したばかりの、あの隻眼の巨漢・ナガクのことを思い浮かべた。
レベル64。
昨日は初見殺しの奇襲が決まったから勝てたようなもので、彼の強さは本物だ。
そんな彼が、もしわたしの忠実な下僕になったら?
……勝った。
これ、もう世界征服できちゃうやつじゃん!
わたしは口元を両手で覆い、込み上げてくる笑いを必死に堪えた。
黒い玉座に足を組んで座るわたし。
その両脇を固めるのは、かつての敵だった最強の戦士たち。
「アリス様、ご命令を」「アリス様のために、この国を滅ぼしてきました」なーんて、絶対の忠誠を誓われちゃったりして!
くふふっ。
なにそれ、最高に「悪のカリスマ」っぽくてカッコいいかも!
妄想が止まらない。
わたしは、はやる気持ちを抑えて、ステータス画面を操作した。
タップすべき項目は、【ストック一覧】だ。
フォン、とウィンドウが切り替わる。
そこには、ずらりと名前のリストが表示されていた。
【魂のストック:10体】
・ナガク・アインベル(Lv.64)
・ドゴルゴン・ラグラクト(Lv.45)
・ゼイク・ハン(Lv.30)
・モラ・キーン(Lv.28)
・ヴォルト・クロス(Lv.27)
・ムンツ・アイガー(Lv.26)
・ダリオ・モレノ(Lv.25)
・ブンツ・ギーガー(Lv.24)
・ヨルグ・フィーザー(Lv.21)
「……んー?」
リストをスクロールしながら、わたしは小首をかしげた。
ドゴルゴン殿下やナガクはわかる。
でも、その下に並んでいる名前……ゼイク? モラ? ヴォルト? 誰これ。わたしの人生で、こんな人たちと知り合った記憶なんて1ミリもないんだけど。
「……あ、そっか」
コンマ数秒考えて、わたしはポンと手を打った。
路地裏で絡んできたチンピラのおじさんたちや、倉庫にいた怪しい構成員の人たちか。
名乗らせる前に殺しちゃったから知らなかったけど、彼らにもちゃんと立派な名前があるのは当然だよね。
「まあ、手駒は多いほうがいいよね」
わたしは軽い調子で呟くと、リストの横にあるボタンに注目した。
それぞれの名前の横に、【眷属化】という項目が光っている。
そこをタップすると、確認のウィンドウがポップアップした。
【対象:ナガク・アインベルの魂】
【眷属化を申請しますか?】
【 YES / キャンセル 】
申請? なんだか役所の手続きみたいだけど、やることは一つだ。
「はい、イエスっと」
迷わずタップ。
ついでに、ドゴルゴン殿下も。
それから名前と顔が一致しない人たちも全員。
「えい、えい、えーいっ!」
わたしは、ログインボーナスを受け取るような手軽さで、リストの上から下まで片っ端から【YES】を連打していった。
タタタタタッ!
軽快なタップ音が脳内で鳴る。
全員分の申請を終えると、リストの表示が一斉に切り替わった。
【魂の所有者の意思を確認しています……】
くるくる。
名前の横で、ロード中のサークルが回り始めた。
「……んー?」
わたしはトーストを齧りながら、その画面をじっと見つめる。
長い。
すぐに「成功!」って出るのかと思ったのに、くるくる回るアイコンは一向に止まる気配がない。
「意思を確認中、ねぇ……」
わたしはモグモグと頬を動かしながら、ふと、画面の向こう側にいる「彼ら」のことに思いを馳せた。
彼らは今、どういう状況なんだろう。
ここはゲームの世界だ。
死んだ彼らは、今ごろ「ログアウト」して、現実世界で目を覚ましているはず。
狭くて冷たいカプセルの中、ジェルにまみれて目を覚ました彼らは、一体何を思うんだろう。
まずは、死んだはずなのに意識があるということに対する困惑。
そして、さっきまで現実だと思っていた世界が仮想空間だったと知って、どんなことを思うのかな……?
自分が殺されたことへの悲観?
あるいは、わたしへのどす黒い殺意?
このクソみたいなデスゲームから無事に生還できたことへの、心底からの安堵?
きっと、みんなパニックになっているはずだ。
そこへ突然、わたしの「招待状」が届く。
『Gnosis Online』運営事務局よりお知らせ
【再ログイン権が付与されました】
【アリス様の眷属として、もう一度この世界で冒険しませんか?】
……みたいな?
現実世界はひどく退屈だ。すべてがAIに管理されて、失敗も成功もない、ただ消化するだけの毎日。
だからこそ、ダイブポッドに入ってゲームを楽しんでいたはずなのに、いつの間にか命懸けのデスゲームに参加させられて……。
もう一度『Gnosis Online』に戻れば、最悪、ミッションの失敗――救世主が全滅して、【人格破壊プログラム】に巻き込まれる、なんてこともあり得る。
そう考えたら、「二度と戻りたくない」って思う人が大半だよね。
――ブブーッ!
不快なブザー音が、わたしの思考を遮った。
【申請却下:ブンツ・ギーガーが拒否しました】
「……あっ」
やっぱり。
まあ、そうだよね。普通はこんなクソゲー、二度とやりたいなんて思わないよね。 賢明な判断だと思うよ。うんうん。
けれど、現実はわたしの予想以上にシビアだった。
――ブブーッ!
――ブブーッ!
――ブブーッ!
【申請却下:ブンツ・ギーガーが拒否しました】
【申請却下:ダリオ・モレノが拒否しました】
【申請却下:ムンツ・アイガーが拒否しました】
【申請却下:ヴォルト・クロスが拒否しました】
「ちょ、ちょっと待って……!」
拒否の通知が、マシンガンのように立て続けに鳴り響く。
次々と突きつけられる赤い「NO」の文字。そのたびに、わたしの心臓がヒュッと縮こまっていく。
止まらない。
拒否ラッシュ。
あっという間に、リストの半分がグレーアウトしてしまった。
――ブブーッ!
【申請却下:ゼイク・ハンが拒否しました】
「う、嘘でしょ……このままだと全滅?」
わたしは青ざめた顔で、残りの名前を見つめた。
残っているのは、プライドの塊のような第三王子ドゴルゴンと、飛び抜けて強かったナガク。あと、モラとヨルグという二人だけ。
……ダメだ。
一般の構成員たちですら「ノー」なんだ。
王族としての矜持があるお兄様や、武人としての誇りを持つナガクが、自分を殺した幼女の「ペット」になるなんて、認めるわけがないのかも……。
わたしの「最強軍団計画」、始まる前から企画倒れ? 一人ぼっちの魔王?
「いやだ……そんなの寂しすぎる……」
わたしが涙目で、ウィンドウを閉じようとした、その時だった。
――ピコン!
不意に。
拒否のブザーとは違う、軽やかな承認音が鳴り響いた。
「え?」
わたしが顔を上げるのと、ウィンドウに青い文字が躍るのは同時だった。
【承認:モラ・キーンが同意しました】
――ピコン!
間髪入れずに、二つ目の音が鳴る。
【承認:ヨルグ・フィーザーが同意しました】
「い、いた……!」
わたしは嬉しさに声を弾ませた。
物好きがいた! 二人も!
よかったぁ、これで「ぼっち」だけは回避できる。モラさんとヨルグさんには、あとで飴ちゃんでもあげよう。
でも、さすがにこれ以上は――
――ピコォォォンッ!
その時、それまでとは違う、ひときわ重厚な承認音が響き渡った。
【承認:ナガク・アイゼンベルクが同意しました】
「……ふえ?」
わたしはポカンと口を開けた。
ナガク?
あの強かった化け物が?
プライドを捨てて、自分を殺した敵に下るっていうの?
驚愕で固まるわたしの鼓膜を、さらなる衝撃が叩く。
――ピコォォォンッ!
【承認:ドゴルゴン・ラグラクトが同意しました】
「…………マジで?」
乾いた笑いが漏れる。
王族まで戻ってきた。
あのお兄様、「王になる」っていう野望のためなら、プライドどころか人間性すら捨てる覚悟があるってこと?
まともな感性の人間たちは、みんな逃げ出した。
けれど、このイカれたデスゲームに戻ってくることを選んだ、「愛すべき狂人」たちが4人もいたのだ。
それも、わたしが一番欲しかった「最強の駒」たちまで。
「ふふっ……」
わたしはこみ上げる笑いを噛み殺し、聖女のように優しく目を細めた。
退屈な現実よりも、刺激的な地獄を選んだどうしようもない彼らに、わたしは凶悪な笑みを向けた。
「そっかそっかぁ。みんな、アリスちゃんとお友達になりたいんだね?」
わたしは空中に浮かぶ【実体化】のボタンに、そっと指を添えるのだった。




