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23話 悪魔的プレゼンテーション

 倉庫の中に、重苦しい静寂が満ちていた。

 足元には、真っ二つになった護衛騎士ナガクの死体。

 そして目の前には、腰を抜かしてガタガタと震える第三王子、ドゴルゴン殿下。


 わたしは、指先に纏わせた黒い影――『邪竜の加護』の余韻を楽しみながら、ゆっくりと殿下に歩み寄った。

 コツ、コツ、と。

 URブーツが立てる小さな足音が、死刑台へのカウントダウンのように響く。


「ひッ……!」


 ドゴルゴン殿下が、床を這うようにして後ずさる。

 その顔色は蝋人形のように蒼白で、脂汗が滝のように流れていた。


 うん、無理もない。


 頼みの綱だった邪竜はわたしに食われ、最強の護衛は一瞬でスライスチーズみたいにされちゃったんだもんね。かわいそう。


「さてと、お兄様?」


 わたしは、とびきり可愛く小首をかしげ、ニッコリと微笑んだ。


「命乞いの時間はあげませんけど……遺言くらいなら、聞いてあげてもいいですよ?」


 さあ、経験値になあれ。

 わたしが右手を振り上げ、影の刃を形成しようとした、その時だ。


「ま、待てッ!! 待つのだ、アリス!!」


 ドゴルゴン殿下が、裏返った声で叫んだ。

 彼は必死に呼吸を整え、震える膝を叱咤して、よろりと立ち上がった。


 おや?

 てっきり泣いて許しを乞うかと思ったのに、意外と根性あるじゃん。


「……話を聞け。殺すのは、私の話を聞いてからでも遅くはないはずだ」


 彼は恐怖で引きつりながらも、その双眸に理性の光を灯そうと足掻いていた。

 わたしは振り上げた手を止め、興味深そうに目を丸くする。


「お話、ですか? うーん、わたし的にはサクッとレベル上げしたいんだけどなー」


「損はさせん! ……いいか、冷静に考えろ。アリス・フォン・クライネルト!」


 ドゴルゴン殿下は、まるで自分自身に言い聞かせるように、早口でまくし立て始めた。


「貴様は強い。それは認めよう。異常なほどの強さだ。だが……ここで私を殺せば、貴様はどうなる?」


「どうなるって……スッキリして、経験値がもらえますけど?」


「け、経験値……だと?」


 ドゴルゴン殿下は、信じられないものを見るように目を見開いて、絶句していた。


 おや? そんなに不思議かな。

 あ、そっか。

 この世界の常識じゃ、レベル上げと言えば魔物退治か訓練だもんね。人を殺してレベルが上がるなんて、わたしの『殺人鬼の加護』だけの特権だった。


 殿下の顔が、恐怖で引きつっていく。

 あ、これアレだ。話の通じる貴族の令嬢じゃなくて、人の皮を被った「捕食者」だって気づかれちゃった顔だ。


「……ッ、ぅ、……ぐっ」


 殿下の喉がヒューヒューと鳴っている。

 その唇がわなわなと震えて、何かを叫ぼうとしていた。

 たぶん、『この化け物が』とか『狂っている』とか、そういう類の罵倒の言葉。


 ――けれど。


 殿下は、ギリギリのところで口を噤んだ。

 ごくり、と何かを飲み込む音が聞こえる。


 へぇ……?

 わたしは少しだけ感心した。

 普通ならここで悲鳴を上げて逃げ出すか、逆上して喚き散らすところだよ。

 でも彼は、我慢して堪えたみたい。まあ、これから交渉する相手に、下手なことをいえば交渉が決裂するなんて、子供でもわかる常識だ。


 うんうん、そのガッツ、嫌いじゃないよ。

 がんばれー! ふぁいとー!


「……な、なるほど。そうか、貴様は……そうやって強くなったのか」


 殿下は、引きつった笑みを浮かべて、わたしの狂気を肯定してみせた。

 声は震えているけど、合格点だ。


「えへへ、そうなんですよー。わたしだって、本当はこんな方法でレベル上げなんてしたくはなかったんですけど、加護のおかげで、これ以外の効率のいい方法がなくて仕方なく……」


「……そ、そうだな。実に効率的だ」


 殿下は脂汗をダラダラ流しながら、大きく頷いた。

 必死にこちらの機嫌を損ねないようにしつつ、彼は大きく息を吸い込んだ。


「だ、だが! ……いいか、アリス。その効率の話を、もう少し広げて考えてみないか?」


 まるで自分自身の恐怖を振り払うように、殿下は早口でまくし立て始めた。


「いいか、ここで私を殺して経験値を得たとして、そのあと貴様はどうなる?」


 彼は声を張り上げた。


「私は腐っても王族だ! この国の第三王子だ! その私が『変死体』となって発見されれば、国はどう動くと思う!?」


 わたしは、ふむ、と顎に手を当てた。


「……大騒ぎになりますね、きっと」


「その通りだ! 国を挙げての捜査が始まる! 王宮魔術師団、騎士団総動員、さらには近隣諸国の諜報員までもが動き出すだろう!」


 ドゴルゴン殿下は、わたしの反応を見て、畳み掛けるように一歩踏み出した。


「もし、貴様の犯行だとバレてしまえば、国家権力すべてを敵に回すことになる! いかに貴様が強くとも、今まで通りの『優雅な公爵令嬢』としての生活が送れると思うか!?」


 ……ッ。

 その言葉に、わたしの眉がピクリと動いた。


「貴様が私を殺した痕跡を、完全に消せる保証はあるのか? 目撃者がいっさいいないなんて、本当に言えるのか! どこで犯行がバレるかわからんぞ!」


 確かに。

 今日は派手に暴れすぎちゃったしね。なにがきっかけでわたしの犯行だとバレるかわかったもんじゃない。


「もし、貴様が犯人だと疑われれば……クライネルト公爵家はお取り潰しだ。父も、母も、他の使用人も……全員が『王族殺しの身内』として処刑台送りになるぞ!!」


 ドゴルゴン殿下の指摘は、あまりにも的確だった。

 わたしは、脳内で素早くリスク計算を行う。


 今のわたしは「アリス」という社会的な立場に守られている。

 ふかふかのベッド。美味しいお菓子。セーラの極上マッサージ。そして何より、誰にも怪しまれずに情報を集められる「公爵令嬢」という最強の隠れ蓑。


 もし、ここで彼を殺して「指名手配犯」になれば、それら全てを失う。

 森の中で寝泊まりし、泥水を啜りながら、無限に湧いてくる追っ手を処理し続ける日々……?


 ――うわ、やだなー。


 そんなの、クソゲー以外の何物でもないじゃん。


「……なるほど。確かに、お兄様を殺すのは、コスパが悪そうですね」


 わたしが腕組みをして呟くと、ドゴルゴン殿下の表情に、ぱあっと希望の光が差した。

 彼はここが勝機と見たのか、声音を変えた。

 恐怖を押し殺し、悪魔のような甘い誘惑を含んだ、王族としての交渉術。


「だろう? アリス、貴様は賢い子だ。ならば、ここで私と手を組むのが『最適解』ではないか?」


「手を、組む?」


「そうだ! 私を生かしておけば、貴様には何のデメリットもない! それどころか、私が王になった暁には……貴様をこの国の『影の支配者』として厚遇しよう!」


 ドゴルゴン殿下は両手を広げ、熱っぽく語りかけた。


「貴様はその力を持て余しているのだろう? 表では完璧な令嬢を演じながら、裏では血と暴力に飢えている……。違うか?」


 おっと。

 鋭いね、殿下。


「私なら、貴様に『最高の狩り場』を提供できる! 政敵、犯罪者、他国の兵士……合法的に殺せる『経験値』を、私が王権をもって用意してやろう!」


 ……へぇ。

 わたしの心が、グラリと揺れた。

 合法的な、経験値の提供ねぇ。


 それはつまり、わたしがわざわざ夜な夜なこそこそと悪党を探し回らなくても、向こうから勝手にエサがやってくるということ?


「金も、地位も、名誉も、殺戮も! 私の覇道に協力すれば、貴様の望むすべてが手に入るのだ! どうだ、悪い話ではあるまい!?」


 ドゴルゴン殿下は、肩で息をしながら、わたしの瞳を覗き込んだ。


 完璧だ。

 論理の構成、提示されたメリット、リスク回避の提案。

 どこをとっても、反論の余地がないほどに魅力的なプレゼンテーションだったよ。


 普通に考えれば、ここで彼を殺すメリットは「経験値」のみ。

 対して、彼と手を組めば「将来的な安定した経験値供給」と「公爵令嬢としての安泰な生活」が約束される。


 短期的な利益か、長期的な投資か。

 効率厨のゲーマーとして選ぶべき道は、火を見るよりも明らかだよね。


「……ふむふむ」


 わたしは顎に手を添えながらゆっくりと彼に近づいた。


 ドゴルゴン殿下は、ゴクリと唾を飲み込む。

 その瞳には、一世一代の賭けに勝った男の、安堵と野心が混じった色が浮かんでいた。


「……賢明な判断を期待しているぞ、アリス。我々は、最高のパートナーになれるはずだ」


 わたしは、彼の手前で立ち止まり、上目遣いで見つめた。

 そして、とろけるような笑顔を浮かべた。


「すごい……! さすがはお兄様です! 完璧な理屈です!」


 わたしはパチパチと小さな手で拍手をした。


「わたしが今一番欲しいものを、的確に見抜いて交渉材料にするなんて……まさに王の器ですね!」


「そ、そうか! わかってくれるか!」


 ドゴルゴン殿下の顔が歓喜に歪む。


「ああ、もちろん! 我々は同志だ! 共にこの国を……いや、世界を手に入れようぞ!」


 彼は、震える手をわたしに差し出した。

 握手を求める手。

 これを握れば、契約成立。


 わたしは、未来の国王陛下の懐刀として、安泰で血なまぐさい、素晴らしいゲーマーライフを送ることができる。


 うん。


 論理的に考えれば、それが100点満点の正解だ。

 わたしは、差し出されたその大きな手に、自分の小さな手を伸ばすのだった。







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