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第五章 救いたがりの‶殺人鬼‶ 玖院契助  第二話

 屋上への扉を開けると同時に、強烈な風が契助の髪を吹き荒らす。雨の匂いが鼻に流れ込み、踏んだ水溜まりが揺れながら黒雲を写している。《月下猟犬》に支給された装備はどれも防水加工が万全に施されている。

 契助は躊躇うことなく土砂降りの下へ足を踏み出すと、辺りを見渡した。この地域一帯で最も高い高層建造物というだけあって、誰にも邪魔されることのない夜景が全方角に広がっている。

 契助はトントンとつま先を地面に叩きながらネコの合図を待った。


『――ケースケ、聞こえるかい?』


「聞こえるぞ。風は強いが……問題はなさそうだ」


『おーけー。襲撃された現場はわかってる。第三学区内、方角は北東、住宅街と工業地域の境くらいかな。ここからはそこそこ遠いけど……ケースケならすぐに着けるはずだよ』


「第三学区内? 第五学区からこっちに戻ってきてたのか?」


『元々移送先は新都学区……関東方向だったんだ。第三学区に戻ってから回収でも良かったけど……君達、そんな雰囲気じゃなかったでしょ』


「お気遣いどーも」


 しっかりと装着されているか確認をした鬼狐の面がピピッと音を立てたと同時に、指定された場所の位置がデジタルな地図として目の前に映し出される。

 契助は数秒それを見つめた後、手を振り払う動作で地図を消した。水滴が鬼狐の面に垂れるが、特殊バイザーを搭載している視界に問題はない。


「よし……行けるか?」


『いつでもいいよ』


「了解だ」


 ネコの了承を受け、契助は腰を落とす。風が止む瞬間を見計らい、ダンッ! と強く踏み込んだ。溜めた力を爪先で押し込み、バネが弾けるように解放する。屋上の狭い空間で一気に加速し、建物の端ギリギリを狙って――跳んだ。


「――ッ!」


 空を切り裂くように弾き飛び、瞬く間に高層ビル群が置き去りになる。異常なほどの脚力によって高度はグングン上がり、雲に手が触れられるまでが最高到達点。そこから加速力が無くなり跳躍から自由落下へと移行するが、飛距離はまだまだ伸びる。


「んぎぎぎっ……!」


 強烈な空気抵抗が契助を襲い、思わず苦悶の声が漏れる。未だ降り止まない雨粒が体を打ち、熱を奪う。それらに耐えながら、契助はチョーカーを数度タップした。


『大丈夫そうだね。早速だけど……今回の出動要請は‶八重波七海の移送車が襲われた‶からだよ』


 ネコの告げる内容に、契助の表情が曇る。だが、何となく契助はそうであろうと予想していた。ネコは契助の様子からそれを察したのか、何も言わずに話を続ける。


『もちろん護送車には護衛も乗っていた。‶騎士団長‶の部下と‶毒蜘蛛アラクネ‶だね。それでも……護衛は失敗。部下の要請により駆け付けた‶騎士団長‶の部隊が応戦するも、‶騎士団長‶の負傷により撤退だ。本部は第四位階警報を発令しているよ』


「‶騎士団長‶が撤退……⁉︎ 《猟犬》の総合序列ランキング三位だぞ⁉︎」


『詳細な情報は入ってないけどね。一応、‶毒蜘蛛アラクネ‶たちは無事みたいだよ。本部に帰還して治療を受けてるって』


「そうか……」


 相棒から情報を受け取りつつ、契助は着地に備えて身構える。自由落下の先は住宅の屋根。天高くから蓄積された落下エネルギーが、急速に迫る屋根へと契助の体を叩き付けられる――ことはない。

 ふわり、と衝撃などないかのように着地し、硬直もなしに住宅街を駆け抜ける。


『ケースケ。風の影響で君の進路がズレてる。修正したルートを送るよ』


 鬼狐の面へとアップロードされた情報が視界に目的地までのルートを示す。それは契助の身体能力を元に計算された、道無き道を駆け抜けるための道筋。契助は逸れていたルートを修正するために電柱の側面を蹴り、軌道修正と同時に加速した。

 住宅街を抜け、工業地帯へと向かう。クレーンや鉄塔、足掛かりになるものを全て使って加速していき、それから間もなくして七海を乗せていた移送車の襲撃地点が視界に映る。


「――なんだよ、これ」


 事件現場は既に《月下猟犬》の部隊により周りから見えないようにシートで覆われていたが、工場の屋根伝いに来た契助は現場を俯瞰することができた。

 そこで目にしたのは、跡形も無く破壊し尽くされた小規模の工場、歪な状態で凝固しているアスファルト、もはや原型をとどめていない《月下猟犬》の移送車だった。激しい戦闘の痕を残す場所の中心部には、折れた長槍のような物が突き刺さっている。


『おいおい、ボクが用意したのは一等移送専用防護車だぞ。護りに特化した能力搭載型防衛車両がこんなになるなんて……』


「これが奴らの……《アダム》が生み出した『ASNA』とかいう兵器の力か」


 すとん、と現場に降り立つ契助。空から降りてきた人物に工作員達が警戒をするが、被っている鬼狐の面を見るや武装解除して駆け寄ってくる。


「‶殺人鬼‶様。迅速な到着に感謝します」


「ここの現場の指揮は? 本部のオペレーターか?」


「いえ、あちらに」


 工作員が振り向いた先には、中世騎士の兜を模したフルフェイスマスクを装備した男――‶騎士団長‶が工作員に指示を出していた。向こうも契助の視線に気付き、話を切り上げて寄ってくる。


「‶殺人鬼‶、よく来てくれた」


「ああ。……って、おい、‶騎士団長‶。あんた、その左腕……」


 止血帯を巻かれた左腕は、肘先が無い。‶騎士団長‶は自身の左腕を一瞥するが、すぐに視線を外して契助に目を合わせる。


「構わない。切断された腕は『凍結』保存してもらっている。‶ベータ‶と合流すれば元に戻る。‶ベータ‶は別件で出ていたが、この状況だ。一度本部に帰還させて護衛を務めていた者を『治癒』させている。お前のところの‶毒蜘蛛アラクネ‶もな」


「助かる。迷惑かけたな」


「いや、護衛任務を引き受けたにもかかわらずこの失態だ。奴を……勝田宗生を逃したのは私の責任だ。すまなかった」


 頭を下げる‶騎士団長‶。契助は「やめてくれ」と左右に手を振る。


「今回は相手が悪かったと考えるべきだろ。未知の兵器……それもとてつもない火力を持つ兵器だ。それに、あの地面に刺さっている槍……敵の主装だろ?」


「恐らくな。我が天装武器『騎装輪廻・葬槍』で左腕と引き換えに叩き折ってやった」


「天装武器を使ってまで……無茶するぜ」


「そうでもせねば、やられていた。手塩にかけて育てた能力部隊が歯も立たないでやられたからな。一瞬の出来事だった」


「そうか……」


 契助は地面に片膝を突き、足元の糸を拾う。

 それは‶毒蜘蛛アラクネ‶が操るミスリルファイバー鋼糸の千切れた一部。他にも地面には薬莢や欠けた防具の破片が落ちている。そして、大量の血痕も。ここで、必死に戦った者達がいた証だ。

 ギュッと拳を握り締め、立ち上がる。

 真っ直ぐと‶騎士団長‶を見据えて契助は拳を差し出す。


「俺は八重波七海を助けに行く。‶騎士団長‶、ここはあんたに任せた」


「奴に勝てるのは、‶殺人鬼‶……お前だけだろう。こちらが片付き次第、我々も応援に向かう。それと‶毒蜘蛛アラクネ‶から伝言だ。気を失う直前にお前宛に言い残したらしい。『七海ちゃんをお願い』と」


「いつのまにか名前を呼ぶくらい仲良しになってるじゃねぇか……」


 思わず笑みが溢れるが、すぐにキュッと唇を引き締める。‶騎士団長‶から差し出された拳に、己の拳を軽くぶつけた。


「任された。俺が必ず、八重波七海を助け出す」


 ▽


 廃棄された工場。

 古びて錆び付いた屋根は雨漏りし、照らされる電灯は埃を被って薄暗い光しか放たない。コンクリートの床には砂や埃が覆い被さっている。

 そんな工場の支柱の一つに拘束された七海は、キッと眼前の人物を睨み付ける。

 薄笑いを浮かべる白衣を着た男――勝田宗生を。


「おやァ、怖い顔だ。これはこれは、思わず悲鳴をあげてしまうところだったなァ」


「……こんなことして、何が目的なんですか」


「それは言えないなァ……と、格好付けてもいいんだけど。君にはお世話になってるからね。少し話してあげよう」


 きひひ、と笑いながら勝田は得意げに語り出す。


「まず君を攫ったのは……一つは‶殺人鬼‶を誘き出すため。もう一つは僕の計画に君が必要だからだ。君の『不老不死』に隠された特性が、ね」


「……『新兵器ASNA開発計画』のためですか」


「あァ、『ASNAアスナ』は既にバレてるのかァ。でも、まァ、ハズレ。君を使う計画は別だ……なぜなら、この僕の頭の中にしか入ってないからなァ」


 トントン、と自身のこめかみを指先で叩きながら不敵な笑みを浮かべる勝田。


「もうちょっと丁寧に説明してもいいんだがァ……僕は雰囲気を重視するタチでね。そこは‶殺人鬼‶が来てから説明させてもらうとしようかなァ。二度目の説明で君に『さっきも聞いた』みたいな顔をされるのは、僕としてはあまり好ましくない。二人同時に、驚愕と絶望の顔を見せてもらわなきゃつまらないんだよナァ、きひひひひ」


 興奮したように体を揺らしながら笑う声が廃工場に反響する。あまりにも子供っぽいその態度に七海は思わず顔をしかめる。


「‶殺人鬼‶ぃ……早く来ないかなァ……待ち遠しいナァ……きひひ」


 狂ったように笑う勝田から目を逸らし、七海は俯く。脳裏に走るのは、一瞬にして粉々にされる車体、激しい銃撃戦に、‶毒蜘蛛アラクネ‶の血に染まる顔の記憶。たった数秒か、数十秒かの出来事が無限ループかのように再生される。


(……契助さん)


 そして同時に、あの‶殺人鬼‶の顔を思い出す。

 雨に濡れながら俯き、雨音に掻き消されそうな弱々しい声で謝る契助の姿の記憶が流れる。

 七海も、理解していた。

 自分と契助では、住む場所が違うと。

 七海がいると、契助は‶殺人鬼‶ではなくなってしまうと。

 契助の気持ちも、覚悟も、分かっていた。

 だけど、いや、だからこそ……七海の気持ちも知ってほしかったと溢れそうになる涙を我慢する。

 七海は『好き』と『嫌い』、『助けに来て』と『会いたくない』で揺れ動く心を宥めながら、降り注ぐ雨が屋根を打つ音を聴いていた。


 ▽


 七海の位置は、襲撃地点から遠くないことが判明した。詳細な位置が分かったのは、七海が着けている『護衛用チョーカー』のお陰である。チョーカーに搭載されたGPSが壊されることなく発信を続けていたことで、契助の視界には七海の位置を示すマーカーが表示された。チョーカーのGPSに気付いた犯人が撹乱に用いた可能性も考えたが、相棒の『接続干渉』により七海の生体反応を確認できたことにより確定となる。


「場所は『旧アダマス鋼工場』。新金属加工ラッシュで作られたが、ラッシュの落ち着きと共に使われなくなり、廃業となった工場跡地……か」


『解体予定の場所で、立ち入り禁止看板もあるから学都民は誰も近寄らない。《猟犬》の巡回ルートからも少しだけ外れているね』


「嫌なとこ突いてくるぜ。何かを隠すには持ってこいだったわけだ」


 悪態を吐きながら契助は工場地帯を駆け抜ける。

 《月下猟犬》の情報網は、浮島学都全域を全て網羅している。だが、やはり何事にも完璧は存在しないように、その網にも大小様々な‶抜け穴‶があることは否定できない。《アダム》はそこを縫うように、《月下猟犬》の追跡を逃れるのだ。

 今回の廃工場も、その内の一つと言えるだろう。


「っと、この工場だな」


 ストン、と契助は地面に降り立つ。防具や装備の表面に付いた雨粒を払い落としながら鬼狐の面の視界に地図を写す。GPSのピンは目の前の、廃工場群の中でも一際大きい工場を示していた。

 水滴を払った契助は錆び付いた壁に張り付きながら、工場内への入口を探す。


『周辺に罠は……ない、かな。工場の中心部に二人分の生体反応を探知した。その近くに……‶何か‶がある』


 探知不可――それ故に、探知した工場内に生まれる不自然な空白。ならばその空白こそが、《アダム》の作り出した新兵器『ASNA』だろう。詳細な情報がない手前、兵器には特に警戒をしなければならない。

 そのためにも、契助はチョーカーをタップする。


「ネコ、頼みがある」


『ん? 君の頼みなら、なんだって聞くよ』


「天装武器を用意してくれ。俺の武器……『鬼人之棺』を」


『……君には天装武器の使用禁止命令が出されている。勝手に使用したらどうなるか……それを知った上でのお願いってことで、いいんだよね?』


「ああ。これが終わった後でなら、どんな処分でも受け入れるつもりだ」


 数秒の沈黙の後、深い溜息が聞こえてくる。


『まったく……ケースケは、やっぱり格好いいね』


「どういう意味だ?」


『んーん、なんでもないよ。本部に天装武器の使用許可を要請してみる。禁止命令を撤回するのに時間がかかるかもしれないけど、絶対に通すよ。それまでは頑張って時間を稼いで』


 頼もしい相棒の声に思わず口角が上がる。

 ならば後は七海を取り返すだけだ、と契助は開放されたシャッターを潜り、工場の中へと足を踏み入れた。


『僕はしばらく本部とのやり取りに集中する。気を付けて』


「おう」


 プツリ、と通信が切断される。靴裏の砂が混ざった埃が歩みを進める度に音を鳴らし、天井に提げられた薄暗い電灯が契助の影を揺らす。工場内には埃を被った機械や道具、錆び付いた資材が多く残されていた。もう使われることのない機械や放置された資材の隙間を縫うように契助は工場の中心部へと向かっていく。

 そして、ついに開けた場所に辿り着いた。


「――やっと来たなァ、‶殺人鬼‶」


「ッ!」


 視界の先には、白衣を着た男の姿。勝田宗生だ。きひひ、と不気味な笑みを浮かべて勝田は腰掛けていた機械から立ち上がる。契助は腰からナイフを抜こうと構えたが、勝田は大袈裟に両手を挙げてニヤリと笑う。


「待ってくれよなァ。お前の目的は‶それ‶だろう?」


 勝田の視線の先には――柱に縛られ、拘束されている七海の姿があった。契助がゆっくりと七海の方へ足を運ぶが、勝田は不敵な笑みを浮かべるだけで何もしない。お好きにどうぞ、と言わんばかりの余裕な態度に契助は不快感を覚えるが今はそれを無視して七海の下へ駆け寄った。


「遅くなっちまったな。助けに来たぞ」


 片膝を突いて七海を柱に縛り付ける縄をナイフで切断する。背後の勝田は、七海が解放される様子を黙って眺めている。契助は警戒を引き上げつつ、焦らず七海の拘束を外していった。


「契助さん……」


 力なく契助を見上げる七海の表情は、暗い。

 当然だろう、と契助は七海との別れ際――病院から出た後の出来事を思い返しながら息を吐く。


(そうだ。俺は一方的に突き放したんだ)


 七海のことを想っていたが、同時に‶殺人鬼‶である自分の保身のために、切り捨てた。自分勝手に、自己中心的な考えで、だ。今更助けに来たところで、それが帳消しになることはない。


「あの時は……あれが最善だと思ったんだ。俺は‶殺人鬼‶……人殺しの犯罪者だ。そんな奴がお前の隣にいる資格なんてない」


 片や闇に潜む犯罪者、片や光の下で暮らす無垢な少女。どれだけ光を願おうと、自分の犯した罪がそれを許さない。


「いや、それすらも言い訳かもな。俺は、ただ……怖かったんだ。最低で、汚れていて、自分のために妹すらも殺す醜い自分の本性を見られて……お前に嫌われることが」


 だけど、と契助は鬼狐の面を外した。

 仮面を被ったままでは意味がない。‶殺人鬼‶ではなく、玖院契助として、七海をまっすぐ見つめる。


「わがままかもしれないけど、お前……いや、七海が隣にいないと嫌なんだ。だからさ……」


 契助は破顔して、言葉を続けた。


「帰ろうぜ、‶一緒に‶」


「……!」


 契助の言葉に目を見開いた七海は、俯いて顔を隠してしまう。ダメか、と契助が顔を逸らそうとした時、七海が顔を上げた。目尻に涙を浮かべて、鼻を赤くしながら。やがて頬に涙を流しながら、七海は契助に笑い返す。


「そうですね。私も、やっぱり契助さんと一緒がいいです」


 その笑顔に一瞬見惚れそうになるが、背後から鳴り響く拍手で、気を引き締め直す。七海の手を取り立ち上がらせると、自身の背後に隠して鬼狐の面を装着した。

 契助と相対する勝田は大仰に手を鳴らしながらニヤニヤと口端を曲げる。


「いやァ、カッコいいなァ。おとぎ話だったら、このまま二人は仲良く暮らしましたとさ、なんてフレーズで締め括られるんだろうなァ」


 勝田の顔が歪む。いや、契助と七海がそう錯覚してしむうくらいの歪な笑みを浮かべて勝田がきひひ、けらけらと嘲笑う。


「残念だ。あァ残念だなァ。お姫様を助けに来た王子様が、ここで死んでしまうのは残念だナァ!」


 勝田が白衣の袖を捲る。袖の下に隠されていた左手首には、リストバンド型の小型装置が巻かれていた。勝田はそれを右手で操作すると、きひひと歯を剥き出した。


「起動しろ、『ASNAアスナ』ァ!」


 ギュピィイイン! と背後の機械から紅の光が輝き始める。

 金属音を鳴らしながら変形し、稼働し始める兵器を前に七海は息を呑み、無意識的に後退りした。

 フラッシュバックする記憶――移送車に乗って‶毒蜘蛛アラクネ‶と会話している時、不意に空から降ってきた正体不明の物体。紅の光が発せられたかと思うと、瞬く間に破壊された移送車。‶毒蜘蛛アラクネ‶の鋼糸も効かず、護衛の放つ銃弾を砂礫のように無効化し、数秒の殺戮の後、地面にへたり込む七海へと掴みかかってきた、あの兵器。

 それが今、再び動き出そうとしている。


「け、契助さん……!」


「下がってろ。こいつを倒さなきゃ俺達に未来はない」


 左手で七海を制しながらナイフを構える。戦闘に特化した‶毒蜘蛛アラクネ‶や‶騎士団長‶でも敗北した兵器だ。変形し、見上げる程に巨大化する兵器を前に心許ないナイフを握り締めて対峙する。

 どうにか兵器の攻撃を回避して、勝田自身を殺すことができたなら――そう考えていた矢先、兵器から伸びたアームが勝田の体を掴んだ。


「さァ、存分に楽しんでくれよなァ! 新兵器『ASNAアスナ――対能力者(Anti-Super)戦闘(Natural-)(Armor)装』の力をッ!」


 アームによって巨大鎧装に引き寄せられた勝田は、中心部へと格納される。

 半透明で水晶のような光沢を放つ装甲、光を浴びて虹色に反射する金属繊維、触れた金属資材を易々と潰して鎧装兵器は立ち上がる。

 たらり、と冷や汗が頬を伝って流れ落ちた。


(ナイフじゃ無理だ……天装武器がないと……)


 ――分厚い装甲に守られた勝田に届かない。


 変形を終えた巨大人型鎧装兵器『ASNAアスナ』が、敵意を放つ紅光と共に契助の前に立ちはだかった。

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