第20話 合縁奇縁良縁怪縁
モルジャジャの指輪はいくらなんでも目立ちすぎる。
どう隠せばいいものか悩んだけど、オレがすでにインチキ秘術の怪しいあれこれを全身につけていたし、モルジャジャがすでに相当な変人と思われていたので、驚くほど誰にもなにも言われなかった。
いやおい、マッチョ巻きつきデザインの巨大ゴテゴテ指輪だぞ?
隣のおばさん……モルジャジャの母親が一番の心配だったけど、なぜか笑顔でそわそわしていた。
「娘がずいぶんステキな指輪をもらっちゃったのねえ? それで、あの……なぜか貸してくれないから、どこで売っていたのか……あ、私のぶんまで買わなくていいからね? 本当に……」
ほしいのか!?
まだワサビジョウユからはいろいろ聞き出したいことが多いし、カニカマもやたらと話したがって落ち着かない。
だからモルジャジャは仕事が終わってもオレの家にいることが多くなった。
すると、おばさんもさすがに気にしはじめる。
「帰ってからも娘といっしょなの? でもあの、いかがわしい秘術は……もしできることがあったら、私も手伝ってみたくて……カシムサンドにうまく使えない?」
カニカマで肉を調達したら、本当のカシム……ばらばら人体サンドになっちまうよ。
モルジャジャはのんびりした感じがおじさんに似ていると思っていたけど、おばさんはときどき強めに不意を打ってくるあたり、やっぱりモルジャジャの母親らしい気がする。
ともかくも、思ったほど問題はなくて、ワサビジョウユの研究はオレの家で何日か続けられた。
モルジャジャは銃のように左手の薬指を右手で押さえ、振動を抑えたまま号令する。
「せーの、で、撃て~!」
指輪の顔から紐が一瞬に吐き出され、オレの部屋の隅にいたムカデをはじき散らしてもどる。
カニカマはひさしぶりに全身を出してその様子を見ていたけど、興奮気味に四本腕をわしゃわしゃ躍らせた。
「ワサビジョウユは変形の技能に優れている! 子孫の作成に適している!」
「アリガト。カニママ。プクプク……」
モルジャジャがワサビジョウユに水をかけて洗う。
病院で働いていると、清潔さにうるさいくせがつく。
ワサビジョウユの舌先が当たった石壁には、釘を抜いたような深い穴が空いていた。
「物騒な隠し芸をおぼえちまったもんだが、町もなんだか物騒になっているし、モルジャジャの護衛としては頼もしい……のか?」
「アリガト。アパパ」
ワサビジョウユはオレを『アパパ』と呼び、カニカマは『カニママ』で、モルジャジャは『モザザ』で、おばさんは『モザママ』と呼んでいた。
ものおぼえはよさそうなのに、なぜか発音や口調は変えようとしない。
「アラババさん、ワサビジョウユは人間の頭蓋骨ならほぼ貫通できる! モルジャジャさんを防衛できる!」
カニカマはオレとモルジャジャの呼びかたが少し変わったほか、ずっと浮かれた調子でうっとうしい。
前から思っていたけど、こいつは勉強好きのバカという気もする。
「私も変形の技能は努力し続け、特に人間との交渉用には…………アラババさん、貴君は私がどのように変形しても気分を害さないか?」
「んん? 水あめみたいに自由に形を変えられるんだし、いまさら別にどうなっても」
「では、この形状の評価を聞かせてほしい……」
カニカマが全身を膨らませるのに必要な『大量の水』のために、大きな水がめはふたつ買い足してあった。
そのひとつに足首ほどの深さで残っていた水が触手で一気に吸い上げられ、カニカマの首から胸の部分がふくらむ。
そして何重ものあごが横に大きく裂けるほど開いて、首から胸の甲まで割れて広がる……?
中からミシミシと出てきた白くなめらかな部分は、濡れそぼった石膏像のように……女性の上半身をかたどっている!?
「え? アンタ、オスだよな?」
「協力者が、最も、好む形状を、意識した」
モルジャジャが目をぱちくりさせて「ムチムチ美人……」とつぶやく。
どことなく病院のムチムチ奥さんと、モルジャジャと、モザママを合わせたような顔と体つきだ。
白いくちびるの動きはあいまいだけど、おおよそでは言葉に合わせて動いていた。
でも声を出すと白い上半身全体がぴくぴくとふるえて、べったりと粘液がしたたり続けるので怖い。
「この形状は、貴君が、舌を鼻先へつけておくほどに、疲労が激しい……姿をもどす……」
「わりいけど、芸の細かさと苦労のわりに、交渉には逆効果だと思うぞ?」
虫の体を裂いて出てくる美女の裸に喜ぶ人間なんて……いたとしてもモルジャジャくらいだろ?
カニカマは少し無言になって、でも未練がましく美女の顔部分だけは口中に見せたままだった。
こだわりの自信作だったのか?
「評価に感謝したい…………この形状を見せた翌日に私が閉じこめられたことの関係性についても、意見を聞かせてほしい」
「大きな原因だったとしてもおかしくない。もしオレが最初に会った時に見ていたら、悲鳴をあげて逃げたかも」
「同種族の形状を警戒する理由を知りたい。私は以前の協力者に『美しい女性であれば男性は何人でも食べちらかし放題』と聞いて努力を続けた」
「形だけが同種族で、アンタが異種族だからだろ? オレがアンタの国へ入りこんでアンタの姿をまねをして暮らしはじめたら、敵意がなさそうでも警戒しないか?」
「その仮定は……貴重な指摘だ! 私は自身の考察不足を認めたい!」
だったらその無表情な石膏顔をしまえ。
「でもオレは、カニカマが人間の話しかたとか暮らしかたをおぼえてくれることは、前ほど怖いとは思わなくなってきた……いつかは慣れるもんなのかな?」
どんなに慣れても、虫の内臓が変形した美女で喜ぶことはないと思うけど……ないよな?
「その習性も研究したい……しかし人間を模した形状が、人間と共生する能力の高さを示さないことは残念に思う」
カニカマは虫だけに、それほど露骨に落ちこんだ様子は見せないけど、言葉数が減っておとなしくなる。
そして煙を噴出してランプの中へ引っこんでしまった。
「ワサビジョウユはカニカマのお嫁さんになりたい?」
モルジャジャがいきなり本題をぶっこんできて、ランプの中身がビクリと硬直する。
「カニママ、トテモヘンタイ。デモイイヨ」
いまだにワサビジョウユの性格はよくわからない。
モルジャジャとモザママの家で寝起きしているせいで妙な影響を受けているのか、元からの性格なのか、よくわからない。
ともかくも、よかったなカニカマ?
まごつくようにうごめくランプをさすってやると、さっそうとカニカマの首だけがのびてくる。
「ワサビジョウユに感謝したい!」
でもその一言で引っこみやがった。虫が照れることってあるのか?
「君たちは結婚の時にどうするの~?」
「クッツク」
「それだけ? このへん?」
モルジャジャは指先の皮だけでつながったまま指輪を抜いて、ランプの口へ近づける……待て。カニカマが無言だけど、えらいガチガチになってるぞ?
「おいカニカマ、だいじょうぶかよ? うっかりオレの内臓をにぎりつぶすなよ?」
「デリデリッリ……!?」
カニカマは国言葉で答えたのか『デリカシー』と言いたかったのかはわからないけど、モルジャジャはかまわないでずっぽりとさしこんでしまう。
おとなしくなった……けど、ランプの中が少しふるえている……どんどん熱くなってきた。
そしてモルジャジャがまゆをひそめる。
「にっちゃ……今までアタシがなでていたその黒ランプ、いかがわしい部分?」
「そういや急所だし……」
「モルジャジャさん。誤解しないでほしい。私には触覚や触手もあるように、人体に対応した部位ではないと推定される」
「それはともかく、いつまでこうしてりゃいいんだ? 千日とか言うなよ?」
「故郷の保育施設でなければ産卵の準備はできない。これはさらに前の段階の準備になる。すでに大部分は終えたが、できればもうしばらくこのままにしてほしい」
キスみたいなものか? 人間でもないのにキスなんてするのか?
でもイヌやネコもにおいをかぎ合ってあいさつするか。
虫も触覚で食い物とかをあれこれ探るから、似たような風習があるのかも。
「千年ほど前の平均した産卵数は数千ほどだったが、私が地上へ向かう直前ではずっと多くの保育室が空いていた。私とワサビジョウユであれば……」
よくわかんねえけど、よかったなカニカマ。
しかし飼っている虫にくらべて、オレが結婚できる見込みときたら……
あいかわらず病院では、金持ちをつかまえられないでいた。
それどころか貧乏な患者が遠くの町からも集まるようになってしまう。
そんな連中まで相手にしてクタクタになっても、稼ぎはたいして増えないどころか減っていることすら多い。
貧乏人の間での評判なんかいらねえ。金持ちにだけ好かれてえ。
でも目の前に貧乏人の困り顔があるとほっとけないし、安心した声を聞けるとオレも安心して眠りやすい。
夢の中へ殺したやつらが寄りつきにくくなるし、出てきてもうなされて起こされるようなことにはなりにくい。
だから、どんなにまともな理由があっても、患者を冷たく追い払うのは怖い。
「アラババ師匠。たいした神通力もないのに聖人君子のまねをしたら、ろくなことにならないよ?」
オッサン先生は後ろ向きな言葉に限って、まともなことも多い。
でもオレは善人のまねをしているわけではなく、前よりも弱虫になって逃げまわっているだけのような気もする。
あと少しで、悪がしこい金持ち連中の仲間入りをできそうなのに……
「アラババ師匠。早いけどまた休憩に入って。アンタの顔が見えていると、患者は値引きとかをたくらみやがるの。私が蹴散らして間引きしておくから」
医者が患者の前でそんな言いかたをするな。でも……
「わりい。オレもなるべく甘い顔はしないように気をつけているけど……もっと気をつけるよ」
オレは医者の仕事もいろいろおぼえてきて、できることが増えると無理もしがちになっちまう。
オッサン先生は弟子になったくせにいろいろ指図してくれるので、オレは弟子だったころのまま、わりと気楽な立場でいられた。
オッサンにはオレを城へ送りこみたい魂胆があるにしても、前よりずいぶんまともに気をつかってくれている。
「それとアラババ師匠……モルジャジャくんとはどうなっているの?」
「ん?」
「私の娘たちが大きくなったら、どちらか嫁にとる気ある?」
「へ……?」




