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第21話 国家の医者と裏町の医者


「姉は顔が奥さん似で、中身は私そっくり。妹は顔が私そっくりで、中身は奥さん似なの」


「その二択だと選びようがないだろ?」


「なんで!? それなら次の娘が顔も中身も私そっくりだったらどうするの!?」


 蹴っとばしたくなるからオレに近づけるな。


「オッサン先生が心配しなくたって、オレは手を出したりしねえよ。それよりも上の娘は厳しくしつけて、下の娘は強く明るく生きられるようにしてやれ」


 オッサンは跡取り息子と同じように娘たちも溺愛している様子だった。


「そういうことではなくて……もういい知らないバカ!」


 なんだかよくわからないけど、このキモいオッサンが義理の父親になってしまう悲惨は誰でも避けたいだろ?



 というか今のオレはそれどころではなくて、三年以内に金持ちをひっかけないと、また元の貧乏ガラクタ売りにもどるしかねえ。

 患者は数だけは増えているのに金持ち患者は増えないものだから、使えそうな人脈がなかなか見つからない。

 しかも町は日ごとにすさんでいて、貧乏人が増え続けている有様だった。

 そんなよどんだ風潮の中で、日ごとに活き活きしてくるクズもいる。


「若者よ。その人望を見込んで頼みたいことがある」


「うるせえ。有り金おいてとっとと失せろ」


 クソジジイはくりかえし押しかけては治療もしないくせに診察だけで延々と居座り、どうでもいいノーガキばかりまくしたてやがった。

 とりまき連中まで介護人のふりをして何人も入ってきやがるから、せまい待合室が余計に窮屈になる。

 そいつらは少なくともゴロツキではなさそうだけど、役人や兵隊みたいなやつまで混じっているから、また別の不穏さがある。

 だんだんと見物の野次馬まで増えて入口をふさぎがちだから、迷惑この上ない。


「アラババよ。そのように強盗じみた物言いは感心せぬ」


「ちかごろは『天罰』だの『世直し』だのわめく強盗がはやっているらしいじゃねえか。アンタなんかを診察したばかりに、オレまで牢屋へぶちこまれたらたまんねえぞ?」


「待たぬか。そのような物盗りは我らが名声に便乗せし不埒者ふらちものにすぎぬ。この私が崇高なる理念に基づいて資金を巻き上げ……いや調達せし勲功とは比ぶべくもない。アラババよ。私の背後をいかなる人物が支えているか、この国の行く末はどうあるべきか、よく考えよ」


 クソジジイの態度はいちいちとりまき連中や野次馬の反応を意識していてうっとうしい。

 会うたびにジジイの身なりが少しずつ高価になっているのも気にくわねえ。


「背後がどうでも旗ふりがアンタじゃ、オレがついて行くわけねえだろ? 白人のまねをして、選挙で王様を決めるくらいじゃ国が変わるなんて思えねえぞ?」


「待たぬか。この国はすでに選挙で政治家を選んでおるが……それこそが問題なのだ。不正が当たり前になりすぎて、選挙の意義が誰にも感じられなくなっておる」


 大人はたまに、なにかの紙に名前を書かされていたけど、それが誰の名前かなんて知らないまま書かされていた。

 逆らうと兵隊にいじめられるから言うとおりにしているだけだし、大金持ちしか政治家になれないのは、みんなの常識だ。


「かつてこの国を独立させた者は必死で『首相』を自称していたものだが、現在のかの暴君は自らを『国王』『神の子』と呼んで恥とも思わず、それを非難されただけでも迫害する始末。うわべは先進的な法制度のまま、ほんの二十年ほどで、すべては元の未開国に……いや国家以前の蛮族にまで退行してしまった」


 ジジイに『ほんの二十年』とか言われても、オレにとっては『生まれた時から』の見あきたクズ兵隊、クズ役人、クズ王様だ。


「まして法制度まで壊されはじめた今となっては、もはや国家そのものの再構築あるのみ! 人が人である限り、すなわち基本的人権が尊重される限り、すべての憲法は革命権も内包しておる! すべての国民は自己と国家のために、暴虐へ立ち向かう権利と義務を持つと知るがよい!」


「みんなに協力させたいなら、無学な貧乏人にもわかる言葉を使えよ。それこそが政治家の仕事だろ? アンタに何度も聞かされたノーガキをまとめると『政治屋がチンピラになりさがって貧乏人を殺しまくったから、貧乏人もチンピラになって政治屋を殺しまくって国をぶんどるのも当然』ってことだよな?」


「なにをそのような!? ……そうとも言える面もなきにしもあらずと言わざるをえないことは考慮しておきたい念も禁じえぬところだが……」


「別に『殺されそうだから殺す』って理屈には文句のつけようもねえさ。でもそうやって人間にわからねえ言葉を使ったり、話をするふりで脅しているだけじゃ、王様なみのチンピラ強盗とちがいがわからねえよ。とっとと失せろ。みんなのためだとほざきてえなら、まず貧乏人どもの治療を邪魔すんな」


「うぐぬ~!? ろくに治療代すら払えぬ貧困の原因こそを考えぬか~!?」


 オレが言い返すほどジジイのとりまきや野次馬はしらけてきて、気まずくなったジジイが逃げ出す。それまでは仕事が止まってしまう。そのくりかえしだった。

 くりかえしているのに、とりまきも野次馬もだんだん増えているのが怖い。


 オッサン先生もクソジジイが居座っている時はなるべく奥へ引っこんだまま、オレが追いはらうまで待っている。

 でも今日は特に長引いたせいか、心配そうに顔を出してしまった。

 とたんにクソジジイはヤブオッサンの悪いところを並べ立ててわめきはじめる。


下賎げせんな守銭奴めが! 貴様のように醜悪な俗物の元におるから、アラババは自らの使命も悟りえぬのだ! その狭量なる腐った性根で我が弟子までねじまげよって!」


「おいクソジジイ、次またオレを弟子と言いやがったら、はっきり敵にまわると思え。あとオッサン先生のことは……わりと当たっている気もするけど、アンタにだけは言われたくねえぞ?」


 ジジイは目をそらし、あせった様子の悪口はどんどん『国のため』『貧乏人のため』からは遠くなる。


「そ、それにあの男は売春婦などを妻にして……!」


 それは初耳だ……オレは表情を暗く重く塗りかえて、マヌケなクソジジイをにらみつける。

 とりまきや野次馬もどんどん冷えてくる。


「おいジジイ……アンタの父親は、おえらい学者だってな?」 


 半端な貧乏人きどりの本音が出たな?

 このあたりに住む連中の多くは、いつ家族を売らねばならないか悩んだり、親戚や友人の家族が売り飛ばされたとか聞いたりして、他人事じゃねえ。

 貧しいから。生きていくために、家族を養うために、しかたなくつらい仕事をする女性を軽蔑なんてできない。


 クソジジイは親が学者でも……いやむしろ親がおえらい学者だったからこそ、変にお高く気どって、性根が深く腐っていやがる。

 ガラクタ売りの時から、言葉とか格好とか食い物とか、変に無駄が多かった。

 無学な貧乏人を本当は見下しているから、だまして金を奪うことも気にしない。

 それで自分は頭がいいと思いこめるから、どれだけ非効率でもやめられない。

 なんて頭の悪さと品のなさだ。


 ……などとわかりやすく言いふらしてしまえば、とどめになる。

 でもオレにこのジジイを殺す気がない内は、争いを避けて共生できるように逃げ道も残してやらないとまずい。

 オレは無言で軽蔑の視線だけ向け続け、クソジジイも白い視線に囲まれて言葉をつまらせていた。


「……いや、職業は問うまい。しかし病で弱った者へつけ入り、法外な報酬をとり続ける下卑げびた者を夫にするなど……よくよく反省すべきなのだ!」


 クソジジイはとりまきといっしょに逃げながら、診察費を入口の床へたたきつけていきやがった。


「前の倍あるな? まだ足りねえけど……もう二度と来ねえなら、それだけに値引きしてやる」


 いつものオッサン先生なら散らばった小銭に飛びついてかき集めそうなものだけど、じっと見つめたままになる。


「アラババくん……私は奥さんだけでなく、母さんも売春婦なんだよね。父さんはアホでスケベでも腕だけはよくて、いかがわしい場所をよく遊び歩いて、親戚の婚約者もいたのに、私そっくりのブサイクを嫁にしたの」


 オッサンがなんでそんなことをつぶやいたのか、オレにはよくわからない。

 そこへひょっこり、助手のムチムチ奥さんがキョロキョロしながら出てくる……まるきりいつもの笑顔で。


「だんな様~ん? お体はお元気~? よかった~ん。あらん、これはうちのお代金よね~え? ひろって集めてくれたお客様には、次の手術でたっぷりサービスしちゃおうかしら~?」


 よくわからない人だ。でも野次馬は急いで金に飛びつく連中と、自分の仕事へもどる人で分かれはじめた。

 ムチムチさんは小銭ひとつでも丁寧に感謝して受け取り、野郎どもは競って渡しに来る……なんでそんなに手術の予定があるんだ。

 クソジジイの手下まで混じっていたけど、見ないふりをしてやる。

 集まった金は、なぜかばらまかれた倍以上あったけど、気づかないふりをしておく。


 そしていつの間にか、あんなに殺伐としていた病院の中も外も、みんないつもの表情にもどっていた。

 オッサンも表情が少し明るくなって、奥さんにひっつかれると顔を真っ赤にしてデレデレする。

 ……よくわからないけど、ムチムチ奥さんはすごい人かもしれない。



 そんなことがあった数日後、夜中にオレの家へ、青ざめたオッサン先生が押しかけてきた。


「私が作った子ではないけど、私が育てた子なのに!」


 オッサン先生の息子が家に帰っていないらしい。




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