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【番外編】

今度こそ、最後。









 第二次帝国侵略戦争から約三年。当時ファルギエール共和国軍の軍師として従軍していたキトリのかねてからの願いが、彼女が三十歳になる年にかなった。


「キトリ」

「なんでしょう?」


 相変わらず所長をしているブレーズに声をかけられ、キトリは今所長室にいた。おっとりとした彼女を見て、ブレーズはため息をついた。

「お前、そのおっとりした性格に引きずられて外見が年を取らないのか?」

「そんなことないと思いますけど」

 自分では老けたなぁと思ったりもするのだが、確かに、最近では六歳年下の夫の方が年上に見られたりもする。

「……所長の座を誰かに譲ろうと思うんだが、どうだ?」

「嫌です」

「嫌ですじゃないだろう、副所長!」

 ツッコまれたキトリは肩をすくめる。ブレーズは咳払いをすると、彼女を呼んだ理由を話しはじめた。

「先ほど、ドゥメール大将から連絡があった」

「はあ」

 元軍人とはいえ、キトリは既に退役している。まあ、完全に縁を切られたとは思っていないが。キトリが退役を許可されたのは、行先がレオミュール魔法研究所だったからだ。彼女は魔術師として研究に携わっているということで、魔術師は準軍人である。有事となれば、必ず呼び戻されるだろうなぁとは思っている。この辺りがまだ完全に民主制とは言えないところである。

「明日、お前に会いたいという人物をこちらに連れてくるとのことだ」

「わかりました」

 物わかり良くうなずいたキトリに、ブレーズは怪しげな視線を向けた。怪しまれている視線に、キトリが微笑み返すと、「もういい」と解放された。


 しかし、キトリに会いたいという人物は誰なのだろうか。戻ってから夫や弟に尋ねたが、一緒に首をかしげるだけになった。


 翌日の昼過ぎ。そろそろ尋ね人が来るころである。キトリの隣の金髪の小柄な女性が言った。

「大丈夫です。何があっても、少将をお守りします!」

「……大丈夫よ、エリーズ。と言うか、そろそろ私を階級で呼ぶの、やめない?」

 元部下のエリーズだった。彼女は、「どこに行ってもついて行く」という宣言通り、退役したキトリについて退役し、レオミュール魔法研究所に身を寄せていた。今は魔法実験の手伝いなどをしていて、だんだんこの研究所も混とんとしてきたな、と思う。


「……でも、私にとって少将は少将です」


 唇をとがらせて言われてもかわいらしいだけである。ちなみに、レオミュール侵攻戦線の際のキトリの階級は准将であったが、終戦祝いとして一階級昇進しているため、最終階級は少将である。同じ理由で、エリーズの退役時の階級も少尉だった。

「そう? でも、ロジェと一緒になれば、私のことを『姉さん』って呼べるわよ」

「うう……っ」

 エリーズが悩む表情を見せた。キトリはくすりと笑う。何が起こったのかわからないが、エリーズはロジェのプロポーズを受けたところであるらしい。結構な公衆の面前だったらしいのだが、残念ながらキトリはその場にいなかった。所用で出かけていたのである。とても残念だ。


 昔は仲が悪かったような気がするが、世の中何が起こるかわからないものだ。


 そして、その尋ね人は、かつてのキトリの部下たちに護衛されてやってきた。護衛は少数であったが精鋭で、監視を兼ねているだろうと思われた。なぜなら、その人物は。


「初めまして……と言うのは変なのでしょうか? エアハルト・フランツェンと申します」


 淡い茶髪に澄んだ青い瞳。整った顔立ちの優男。キトリは数度瞬きしてから微笑み、差し出された手を握った。


「キトリ・シャルロワです。お会いできて光栄ですわ、フランツェン伯」


 キトリはかつて五度ほど戦った相手と握手をする。かつて帝国軍一の智将と言われた『フランツェン辺境伯』が、キトリに面会を求めた相手だった。

「ずっと、あなたにはお会いしてみたいと思っていたんです。思ったより時間がかかってしまいましたが、お会いできてよかった」

 応接室で、エアハルトとキトリは向かい合っていた。キトリの背後ではエリーズが睨みを聞かせているし、エアハルトとここまで同行してきた護衛たちもいて、二人きりとはいかなかった。

「すみません、落ち着かなくて」

 一応、キトリも彼らを追いだそうとしてみたのだが、断固拒否された。今は上官ではないキトリに従う必要はない、とのことだった。この時初めて退役したことを後悔したが、軍人だったらこの面談は成立していないかもしれない。

「あなたの重要性を考えれば、当然の処置でしょう。帝国とは違って、共和国はあなたの有用性をよく理解していらっしゃる」

 さくっと帝国に嫌味を言った気がするが、キトリにも反論がある。

「私はいいように使われているだけのような気もしますが」

 キトリの言葉に、エアハルトが目を細めて微笑んだ。


「やはり、私とあなたはどこか似ているようですね。望まずに戦場に駆り立てられ、一定の戦果を挙げ、英雄と呼ばれた」

「……私も、あなたは自分と似ていると思っていました。戦場に出るはずではなかった私とあなた……けれど、一つだけ違うことがあります」

「なんでしょう?」


 微笑んで尋ねるエアハルトに、キトリも微笑んで答えた。


「私はあくまでも、自分の意志で軍の招聘に応じました。そして、あなたほどの勇気は持てなかった。結果、あなたに負けました。口ではそれほど優秀ではないと言い張っていましたけど、帝国軍一の智将と言われたあなたに負けて、やっぱりちょっと悔しかったですね」


 当時を思い出してキトリは苦笑を浮かべた。キトリは、決して自分が優れているとは思っていない。ファルギエールの英雄やら共和国軍一の智将、フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールの再来などと呼ばれたが、ただの見かけ倒しだ。


 自分に才能などないと言っても、やはりエアハルトに負けるのは悔しかった。ほぼ互角か、キトリの方が上回っていたようにも見えるが、それは戦術的に秀でていたわけではなく、状況がキトリに有利だっただけだ。


「だが、状況を利用するのも戦略、戦術の一つです。私には、それができなかった。……いや、しなかった、と言う方が正しいな。不可能ではなかったのに、私はそれをしようとしなかった。戦術的に負けないことに、いかほどに意味があるでしょうか?」

 結局、エアハルトの属した帝国は戦略的に負けている。結局このような話になってしまったことに、二人は顔を見合わせて笑った。

「そう言えば、お国の方はいかがですか? ファルギエールに来られたということは、多少は落ち着いたのでしょうけど」

「ええ、まあ。もともと独立を考えてはいましたが、実際にやるとなると大変ですね」

 こんなふうに会話をしているが、エアハルトは小国とはいえ一国の主だ。いつまでも時間があるわけではない。


「まさか本当に独立なさるとは思いませんでした」


 今のキトリの言葉で、彼女が、エアハルトは領地を帝国から独立させるかもしれない、と考えていたことがうかがえただろう。エアハルトはコーヒーを一口飲み、かすかに微笑んだ。

「裏から手引きした人間に言われてもねぇ」

「私は何もしていません」

 ちょっとアルベールに入れ知恵しただけだ。エアハルトは笑う。

「キトリさん、あなたはきっと、戦術家より戦略家の方が向いていますよ」

「今のところ、政治家になる予定はありませんね」

 軍人ももう遠慮したいが、政治家の方が面倒事が多そうで嫌だ。しかし、キトリはそちらの方が向いているだろう、と言われることが多かった。

「旦那さん、政治家の息子じゃなかったかな?」

「……失脚した政治家の息子ですね。と言うか、何故ご存じで」

「共和国が私のことを調べていたように、帝国でもあなたのことを調べていました。目下最大の敵でしたよ。何しろ、かつて帝国を国から追い出したシャルロット・エメ・フィリドール女公爵の血を引く軍師でしたからね、あなたは」

「……」

 有名になるほど、曾祖母の名がついて回るキトリであった。エアハルトは言う。


「もちろん、フィリドール女公爵は関係なく、あなた自身の才覚だとわかってはいますけどね。さて、そろそろお暇させていただきます。あまりここにいると、あなたを慕う部下たちに睨まれますし、私も国に残してきた名代に怒られてしまう」

「あ、例の帝国から亡命してきたという貴族女性ですか?」

「……あなたも、よく御存じですね」


 キトリの耳にも、ある程度の情報は入ってくるのだ。


「実は口説き落としたいんですが、うまくいかなくて……キトリさんを見習って戦略的に攻めるべきですかね?」

「……どうですかね」


 キトリはそんな事をされたら引くが、一般的な女性はどうだろう。相手を憎からず思っているのなら、拒否はしないのではないだろうか。

 最初の緊迫感はどこへやら、最終的に現在大陸一・二を争う戦術家たちの会話とは思えない世俗的な話になった。


「お話しできて楽しかったです」

「私もです。またお会いしたいものですね」


 キトリはエアハルトともう一度握手をして、彼を見送った。あわただしい会談だった。


 それからキトリは、フランツェン伯国を治める彼と、手紙のやり取りをするようになった。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これにて本当に完結です。おつきあいくださった皆様、本当にありがとうございました!


ちなみに、ほぼ同世代なキトリとフランツェン伯ですが、フランツェン伯の方が二歳年上です。


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