11th.パーリンスの香水師
更新が大幅に遅れてしまい、申し訳ございません。
最近、仕事が忙しく、なかなか小説の執筆が叶っていません。
遅くなりご迷惑をおかけしておりますが、今後とも長い目で見守っていただけましたらと思います。
パーリンスの町に入ると、そこはシティともユールとも異なる穏やかでありながらも賑わいがあり、冒険者たちの姿より、観光目的で訪れているであろう一般市民の姿が多くあった。
「久々に来るが、賑やかなだな」
アルが賑わいを興味深そうに見ている。それは観光というよりも、警戒心からの用でもある。
「ったく、どっからこの臭いはすんだっての……あ~、気持ち悪ぃ」
その隣では、橘の具合が町に入る前よりも悪化しているのか、景色や雰囲気を楽しむ余裕はないようだ。
「ん~、良い香りだね、メイリン」
アンナが一息つきように、どこからともなく香り、ほのかな香水の香りに笑顔を浮かべていた。
「ええ。パーリンスの快い香りはそれだけで癒されますわ」
メイリンもアンナ同様に香りでリフレッシュしているようだ。
その隣で先頭を切っていたフロンはまずは楽しむよりも宿を探すように視線を動かしていた。
「あの宿にするか」
歩き出すフロンに、一向はついていく。宿を先に確保することが重要であることは誰もが承知している。
「いらっしゃいませ」
パーリンスの宿は、どれも華やいている。フロンたちが入った宿も、所々に花や香草が飾られ、任務で来た面々には、場違いなようでありながらも、アカデミーの正装をしている分、一向にこの程度の宿は役不足のようであった。
「三人部屋と二人部屋の空きはあるか?」
フロンが問いかける。
「ええ。大丈夫ですよ」
受付の女性はフロンたちの制服を見え、すぐに部屋の手配をすると受け付けた。
「こちらが鍵になります」
鍵を受け取り、フロンたちは宿の奥へ階段を上がった。宿はそれほど大きいわけではないが、シーズンもあってか賑わいに溢れている。観光客の姿もあれば、どこかの冒険者たちのような姿もちらほらとある。それでもフロンたちは易々と宿を確保できた。
「やっぱ、アカデミーの紋章は伊達じゃないな」
「ですわね。これほどの賑わいでしたら普通はこれ以上部屋をとることはしませんわよ」
ここは国内であり、有数のアカデミーの紋章を見れば、一般人はアカデミー生といえど、優遇してくれる。
「おぉっ、想像以上にいい部屋だな」
その証拠に、この宿で案内された部屋はスイートとまではいかずとも、フロンたち男部屋は広い。
「こっちも二人じゃ広いくらいだよ」
そして女性陣も同様に高級な部屋に通されていた。
「どうでもいいけどよ、俺、ちょっくら休ませてくれ……」
部屋に入るなり橘は、身包みをはぎ、黒のシャツ姿でベッドに倒れこんだ。
「それでは私たちは、少し待ちのほうへ出てきてもよろしくて、フロン?」
「ああ。夕食までは自由に過ごしてくれ」
メイリンとアンナが部屋に戻る。
「ちょっくら俺も出てくるが良いよな?」
アルが荷物を置き、フロンを見る。
「構わんさ。橘、お前は……言うまでもないな」
「寝る」
一人ベッドに倒れこむ橘に、フロンも若干苦笑を浮かべていた。
「お前さ、鼻栓買ってきてやろか?」
そんな橘にアルが提案すると、しんどそうに橘が手を上げた。
「フロン、お前も遊んでこいよ」
出て行くアルを背中で見送り、橘はぐったりしたままにフロンに言うが、フロンは弓の調子を確認するように手入れしようとしていた。
「いや、これは一応俺の追試験だ。お前たちはともかく、俺が遊ぶわけには行かない」
まじめなフロンだった。橘は銃を乱雑に壁に立てかけているだけだが、フロンは白と青のケースから弓を取り出し、弦の調子を図るように張ろうとしていた。
「どうせ明日の朝にはここを出るだろ? 今のうちにリースに土産買っとけって」
橘の言葉に、フロンは考えるように手が止まった。
「いや、しかしだな……」
「つーかよ。しばらく一人で俺を休ませろってんだよ。お前もちっとは息抜いとけ。空気が微妙に重いんだよ」
しっし、と橘がフロンにも背を向けたままに、手を振って追い出そうとし、フロンはそれを見て反論することはなく、静かに息を吐き、弓をしまった。
「……分かった。俺も夕飯まで街に出る。欲しいものはあるか?」
「匂いを軽減できるものなら何でも良いや」
もはやパーリンスにおいてそのようなものは存在しないが、言うだけ言ってみる、と投げやりな言葉に、探しておくとフロンも部屋を後にした。
フロンは一人、宿を再び出る。メイリンとアンナの姿は既に無く、どこかの香水店で普通の女の子らしく、好みの香りを探しに笑いあっているのだろう。アルもアルで、情報を集めに行ったか、既に人ごみの中でその姿を見かけるのは難しい。土産物を買って来いといわれ外に出たは良いが、パーリンスは香水の町。あちらこちらに工房がひしめき、その中からリースの好みにあうものを探そうとするには、フロンには少々空気が賑やか過ぎて、あたりを見回すしかなかった。
「参ったな。昔より店が増えてるし、前の店がない……」
ある程度、見当はつけていたようだが、その商品を販売する店が既に別の店になっていたのか、フロンは立ち止まるのも人ごみの邪魔になるため、とりあえず流れに乗って歩いていけば、メイリンたちと会うかもしれないと、ショップを眺めながら歩いていた。
「これほどまでに店がひしめき合わなくても良いと思うんだがな……」
どの店を見ても、男一人の客がいるような店がない。いるのは女一人か、恋人か夫婦か、友達同士かばかり。入ろうとウィンドウ越しに見る店内の様子を見て、フロンはその空気に一人入るのは耐えられないのか、次の店へと歩く。
「ここにするか」
カララン、と静かな玄関ベルが響き、フロンは一軒のショップの中に足を踏み入れた。そのショップは、他の店舗に比較して客の賑わいが少なく、決して明るく繁盛している様子ではなかった。
「あっ、いらっしゃいませーっ」
ベルに反応した若い女の声があわてた様子で足音ともにカウンターへとやってきた。
しかし、店員など気にかけることなく、フロンは店内を彷徨う。フロンにとってはリースの土産になるものさえ見つければそれで良いのだろう。だが、店員の女の子はフロンが店内を歩く様子に、笑顔を浮かべつつ近づいた。
「何かお探しですか?」
隣に立ち、フロンを見る女の子。しかし、フロンは顔を合わせることなく、あぁと短い返事だけをする。
「お土産ですか? それとも贈り物ですか?」
フロンは声をかけられるたびに、女の子から一歩ほど距離をとるように横へずれるが、女の子にしてみれば、物色しているようにしか思えないのだろう。その距離が詰まる。
「土産、になる、か」
贈り物なのか、お土産なのか。フロンはどちらだろうか、と悩むように応える。
「お土産でしたら、複数がセットになった商品がおススメですよ」
他に店内に客はいない。だからこそ、女の子はフロンに付きまとうようについて回る。そのたびに近くの棚にある商品をフロンに見せてくる。
「こちらはフローラルとシトラス系のアヴァンサというウチのオリジナルブランドで、人気商品なんです」
どうですか? とフロンを見る女の子だが、肝心のフロンはさほど香水に興味がないらしく、それがどんなものか分かっていない表情、つまり無表情だ。
「このような香りなんですけど」
女の子がサンプルの香りをフロンの鼻先に振るう。
「なるほど」
いい香りなのかどうなのかよく分からないフロンの反応。女の子もフロンの表情を読み取ろうと必死そうな笑顔だ。
「プレゼントするのは年上の方ですか? それとも年下の子ですか?」
それでもめげない女の子。せっかくの客を逃がさんと売り込んでいるようだ。
「年下の女子だ」
「恋人さんですか?」
「いや、どちらかと言えば妹のような子だな」
ふふっ、と楽しげに見つめる女の子に、フロンは即答する。
「じゃあ、その子の性格はどういう感じですか?」
「性格? ……元気で活発って感じだ」
なるほど、と女の子は別の棚へ向かい、小さな香水を持ってくる。
「それならこちらはどうでしょう? ミュゲ、リラ、金木犀の花で可愛らしさを、グレープフルーツとネロリで元気なイメージを表現したハニーハートって言うんです」
どうぞ、とムエットを差し出してくる。フロンはそれを鼻先で仰ぎ、香りを確かめる。
「今なら、これと一緒にフレッシュかライトもセットでお付けしてるんですよ」
さりげなくセットを売り込むが、フロンは聞いているのかいないのか、香りを確かめるだけ。
「なるべくきっちりと梱包出来るか? これから任務がある。これを渡せるのは早くとも3日以上かかるんだ」
これで良いと思ったのか、フロンが訊ねる。
「はいっ、ありがとうございます!」
それが購入の意であると判断した女の子は飛びっきりの笑顔でカウンターへ向かい、フロンもそれに続いた。
「これから任務、と言ってましたけど、もしかしてスピリストの方ですか?」
香水を梱包しながら女の子がフロンを見る。
「いや、セントパールアカデミーのアカデミー三年だ。スピリストじゃない」
卒業後の進路としての職業であり、フロンはまだ学生。任務の内容等は口にしないが、正装をしている以上、身分を隠すことはしないようだ。
「そうなんですかっ?」
しかし、女の子はフロンの制服を見てもアカデミーについては分からないようで、学生とはいえ、将来はスピリストになるのだろうという茫漠とした認識しかないようで、遅かれそうなるのだから、と表情が明るくなる。それを見るフロンは困惑した様子だ。
「じゃ、じゃあ、あの、精霊は使役出来るんですか?」
「精霊? ガーディアンのことか? それならまぁ、多少は」
何故そのようなことを? とフロンの表情は怪訝になるが、女の子は嬉しそうになる。
「パタパタと梱包する女の子が、不意にフロンに迫るように顔を上げた。
「あ、あのっ、お願いがあるんですけどっ」
だが、フロンは動揺しない。むしろ、何なんだこの子は? と表情は渋い。
「それにしても、パーリンスの工房は見ていて飽きないね」
アンナは気に入った香水の入った袋を揺らし笑顔だった。
「そうですわね。ただ、移り変わりも多いようですし、熾烈な競争の町でもありますのね」
メイリンもまた同様に袋を持っているが、お気に入りの香水を扱う店が減ってしまっていたと、表情は少し残念そうでもあった。
歩く姿は他の観光客などに比較すると目立つ。しかし表情は普通の女の子そのものの二人。
その纏う正装が煌びやかであり、まちに滞在するスピリストとはまた違う趣を放ち、行きかう人の、特に男の視線を集めていた。
「ハーバリー君も少しは息抜きできると良いんだけど、誘わなくて良かったのかな?」
「そうですわね……。フロンの頭の中は、今でも任務よりも早く帰ることの方でいっぱいいっぱいでしょうし、簡単な気晴らし程度で晴れるとは思いませんが、少々空気が重たかったですからね。何かしらするべきなのでしょう」
それでも二人の気がかりはフロンのこと。任務は追試であり、フロンにとっては特に難しい内容ではない。警戒すべき対象はあれど、少なくとも学生であるフロンをフォローする為に、アカデミートップクラスの実力者が四人同行する。だからこそフロンの気がかりは、アカデミーに残してきたリースのことばかり。何だかんだと言いながらも、急ぎ足のフロン。それについていく面々。確実に任務を安全に遂行するためには、早急な対応も重要だが、確実に遂行する為には、今のフロンのペースを、二人は多少なりとも案じている。
「橘君もパーリンスにいる間はダメだろうし、アルフォンス君も何か考えているみたいだけど……」
「橘は初めから論外でしょう。アルにいたっては、正直何を考えているのか分かりかねますわ。ならばこそ、私たちがフロンにして差し上げられることを優先するべきですわ」
そう言いながらも、二人の視線はちょくちょくウィンドウショッピングをしている。
「あっ」
「どうしまして、メイリン?」
そして、その時メイリンとは反対の店を覗いていたアンナが声を漏らし、メイリンも視線を向けなおす。
「ハーバーリー君」
「あら、本当ですわね。外出していたのですわね」
他の店とは異なり、あまり人気のない店の中で、フロンがいた。そして店員の女の子がなにやら身振り手振りのアクションで何かをフロンに訴えていた。
「リースちゃんへのお土産だよね、きっと」
「でしょうね。それ以外でフロンが普通に香水を手にすることはないでしょう。自宅でも用意されるものを使うでしょうし」
フロンの家に限らず、メイリンもアンナも階級は上位に位置する貴族階級。だからこそ、香水に限らずあらゆるものは一流品を使うことが普通。しかし、メイリンもアンナもパーリンスで買うものは、一般的なショップの袋ばかり。それほどまでに、この街の香水はレベルが高い。
「それにしても何だか変ですわね」
「うん。ハーバリー君と店員さん、何か揉めてるというか、話し合ってるみたいだね」
外からその様子を見守る二人に、フロンは気づいていない。
「奥に行っちゃった」
「何かオーダーでもしたのかしら?」
見ている二人をよそに、フロンは店員の子とともにカウンターの置くから、スタッフ専用の裏へと歩いていく。アンナとメイリンは顔を見合わせどうする? とお互いに首をかしげる。
「おっ、何してんだ、お前ら」
そこへタイミングよく通りかかったアルが声をかける。アルは何も買い物をしていたわけではないようで、携帯端末を持っているだけで基本的には手ぶらだった。
「アルフォード君。アルフォード君はお買い物?」
「いや、ちょっとばかりこの先のことの情報収集をな。それよりもあんまり買いすぎるなよ。一応、俺らはフロンの護衛なんだから、荷物も最低限にしとけ」
「分かっていますわよ。これ以上買う予定はありませんわ」
「なら、じっと店なんか見てるなよ。アカデミーの正装してんだから、目立つぞ」
線とパールアカデミーの正装は目立つ。白と金と、それぞれの家系紋章の色。それを纏う三人が一軒の店の前で話しこんでいると、水入らずの一般人にしてみれば、スピリストとして有望視されるアカデミー生には、この店の香水が好まれるのかもしれない、という宣伝効果があり、逆に何も買わずにその店の前にいると目立つ以上、お店のイメージと合わない場合は営業妨害にもなりかねない。
「そうじゃないの。さっきね、ハーバリー君がこのお店にいたの」
アンナが店を見るが、そこには店員さえもいない無人の店内があるだけ。
「この店は……と。あ、あったあった」
アルが端末を操作し、ショップ情報を検索する。
「目の前にショップがあるのですから、入れば分かることでしょうに」
メイリンが少々呆れたように言うが、アルは気にかけない。
「この店は主に人間だけじゃなく、動物やガーディアンのヒーリング関連の香水を扱ってるみたいだな。でも、人の人気は他に比べると劣ってるな」
動物やガーディアンに対しての香水というのは、珍しくはない。人間が香りに癒されたり、興奮するのも、一種の属性。だからこそ、動物やガーディアンのヒーリングなどにも使われることがある。
「リースちゃんのお土産にだよね?」
「影響性の高いオーダー品を頼んだのではなくて?」
「まぁ、別にフロンのプライベートだろ? いちいちそこまで気にすることもねぇだろ。ストーカーじゃあるまいし」
冗談めいてアルが言うと、メイリンとアンナの鋭く冷たい視線がアルを射抜く。
「な、なんだよ?」
思わずたじろぐアル。
「アルフォード君は、分かってないんだよ」
「そうですわ。所詮は情報だけの男ですわね」
「ひでぇ言われようだな、俺。別に良いけどよ。とりあえず、俺はまだ調べることがあるから行くぜ。お前らもほどほどにしとけよ」
アルがまた人ごみの中へ消えていく。その背中に、分かってますわよ、とメイリンの声が混じったがすぐに喧騒に掻き消えた。
「とりあえず入ってみましょうか」
「え? 入るの?」
当然のようにドアノブに手をかけるメイリンと、驚くアンナ。
「何か問題がありまして? フロンはこちらに気づいていないのですわ。居合わせたところで偶然ということになりましょう?」
メイリンはフロンが何を市に行ったのか気になるらしく、早くその答えを知りたいらしい。アンナはそれは宿に戻ったときに聞けば良いんじゃ? と視線が言っているが、メイリンは行きますわよ、とドアを開けた。
「アル君の言ってたことが、何となく分かるかもしれないよぉ……」
アンナはそんなことを言いつつも、メイリンには逆らえない。その背中に小さくしながらも一緒に店内に入った。
なんと言うか、安請け合いだったのかと考える俺がいる。正直こんなことをしている場合ではないのだが、明日の朝までこの町を出られない以上、押し切られた。
「あの、お茶ですっ、どぞっ」
「ああ」
奥に通された俺の前にある部屋は、店内以上に香りが入り混じり、複雑な香りがする。少々橘の気分を解しそうだ。
「それにしても、ここは何なんだ?」
緊張しているのは俺よりも、この子なのだろう。見ていて落ち着き無く視線をさまよわせては、俺が茶に手をつけるのを待つように見る。しかし、それ以上に通された室内の様子に少々気を取られてしまう。
「えっと、ここは私のアトリエです」
そうなんだろうな。そうだとは思うが、そういうことを聞きたいわけではない。
「植物が随分多いんだな」
室内は、花屋かと思うほどに香水の瓶も棚に並んでいるが、それ以上に植物が鬱蒼としている。それとも、このまちのアトリエはこういうものばかりなのだろうか。というより室内で木が生えているが、成長できるものなのかという疑問もあるが、どうでもいいか。
「はい。これらは全部ガーディアンや動物たちの為の香水の原料なんです」
人用ではないのか。
「あの、それでなんですけど……」
言いにくそうに言われ、思い出す。俺がここに通された理由を。
「ガーディアンで効能を確かめたいんだったな」
リースへの贈り物として香水を買ったときに、俺がアカデミー生だと知ったこの子、エミルは俺にガーディアンに自分の香水が効能するのかを確かめてみたいと、ガーディアンの召喚を頼み込んできた。時間がある分、一応は応じてはみたが、実際にどれほど効果があるのかは、俺にも分からない。ガーディアンに対して使用するアイテムは基本的にはシティ内のショップか、アカデミー内で調達していたからな。香水というのは未経験だ。
「どういうガーディアンが良いんだ?」
あいにく俺のガーディアンは数が少ない。その上、今はリユニオンが終わったばかり。戦闘に参加させるべくの体力の回復が期待できるのであれば、ちょうど良いか。
「えっと、あの、う~んと……」
そこで少女が俺をじっと見る。
「あぁ……俺は、ハーバリー・フロンティスだ」
「は、はいっ。私は、パーリンス香水連盟所属のディアナ・ラライです。よろしくお願いしますっ」
互いに名前も知らなかったわけだが、別にそこまでよろしくされる言われもないとは思うんだが。
「それで? 何か言いかけていただろ?」
「あ、えっと、ハーバリーさんのガーディアンのことなんですけど……」
ガーディアンということは、俺が命約している種族のことか。
「今使役できるのは、人型の近距離格闘系と魔法天使系、獣型の遠距離戦闘系の三種だけだ。他に希望する種族がいるのなら、呼び出してみるが?」
ライジン、セフィーシア、ペガシオン。あいにく俺がここですぐに呼び出せるのはこの三体だけだ。リースたちに仮契約として召喚したガーディアンたちとの契約は、継続はさせているが、今はリースたちにその契約を委託している。俺が強制的に呼び出すことが出来ない。
「えと、なるべく工房も大きくないので、大きいガーディアン以外でお願いしたいんですけど……」
大きくはないとは言え、工房内に木が生えている。俺の視点からすれば全員を呼び出したところで狭くはないんだが、ディアナの希望に従うとすれば、セフィーシアだろう。香水という俺の中にある認識としても、ライジンやペガシオンよりも効能に関しては意見を出しそうだ。
「セフィーシア」
呼びかけに応えるように、セフィーシアの姿が隣に光粉を撒き散らすように現れた。もう十分に回復できていたことが確認できて、内心では安堵した。
「申し訳ありません、ハーバリー様。ここまでに戻るまでお時間を要してしまいました」
召喚早々に謝罪、か。
「いや。俺がお前たちを酷使してきた罰だ。悪いのはセフィーシアじゃない。俺だ」
せんぱ……学園長に言われ、突きつけられた現実を全てすぐに受け入れられるようなほどに、俺は出来てはいない。かといって、俺がしてきたことは間違いではないと言えるほど自信も確信もない。その答えが、俺がここにいるという理由である。
「いいえ。私たちガーディアンは、安易にスピリストの指示に従い、行動を示すわけではありません。私たちもまた、スピリストであるハーバリー様の御心の思いを共有し、私たちの行動理念の元に、私たちもまた、私たちの考えを持ち、この力を使役します。ですから、あの時お力添えに応えられなかった私たちが未熟であるからこそ、ご迷惑をおかけしたのです」
「そう言ってもらえるのは嬉しい。だが、俺自身が未熟だからこそ、巻き込んだ結果だ。改めてスピリストとはガーディアンと共にいかにして歩むべき存在なのかを知らされた」
「ハーバリー様……」
気持ちは通じていると思いたい。感謝すべきであり、謝罪すべきは俺であり、これからもまた、セフィーシアたちには俺の成長に手を貸してもらいたい。今は素直にそれだけは思える。
「あ、あの……」
と、思うところで忘れていた。
「すまないな。話を脱線させた」
「あ、いえ。それで……」
「紹介しておこう。俺のガーディアンの一人、魔法天使系のセフィーシアだ」
「初めまして。セフィーシアと申します。件についてはハーバリー様より承りましたので、ご協力できることがあるのであれば、喜んで助力させていただきます」
淑やかに礼を下げるセフィーシアからは、もう大丈夫だという安心感を覚える。
「はっ、はいっ。こちらこそ変なものがあったりしたら遠慮なく言ってくださいっ」
「はい。分かりました」
セフィーシアは微笑み返すが、自分が実験されるというのに、そこまで疑わないものだろうか?
「それでは、はじめましょうか?」
「はいっ。すぐにいくつか用意しますから、少し待っててくだ……?」
セフィーシアは前向きらしく、俺はそれを見守るだけ。万が一何か起これば魔法で対処するしかないな。俺に出番は当面はなさそうだ。
そう思っていたんだが、ちょうど出入り口のベルが鳴った。
「すみません。ちょっとだけ良いですか?」
ディアナが俺たちと店とを見比べ、セフィーシアが俺を見る。
「急ぐ必要は無いぞ」
セフィーシアが決めれば良いものを、俺に笑むから、そうとしか言えないだろ。
「すみませんっ、すぐに戻りますから」
足音と見た目はショートかと思っていたが、後ろ髪を束ねていたようで、長い後ろ髪を揺らせてディアナが店に戻っていった。
「可愛らしい女の子ですね」
「もう少し落ち着きがあると良いと思うが」
残された俺たちは、何をするでもなく室内を見る。
「香水なんて使ったことはあるのか?」
セフィーシアとて、俺が最初のスピリストというわけではない。俺の紋章に共命して命約を結ぶまでは他のスピリストとの命約を結んだことがあるだろう。だが、ガーディアンの過去をわざわざ聞くというのも、気が引ける部分がある。だから聞くことはないが、俺にとっては手を出したことのないアイテムだけに、聞いてみたくもなる。
「はい。随分と前ですが、女性スピリストとしばらく行動を共にしていた頃に幾度か使わせていただきました」
女性スピリストと命約を結んでいたのか。初めて知る事実であり、それはそれで俺にとってはセフィーシアはスピリストと言う存在を知る良い師匠というのか、教えを請うには助かると同時に、多少のプレッシャーにもなりそうだ。
「良いものだったのか?」
「そうですね~。香水は他のアイテムに比較すると、持続時間が長いものが多く、多くはヒーリング系として使われていましたし、私の場合は魔力の保持にも役に立ちましたので、使えるものであれば活用させていただければ、ハーバリー様へのサポートにもより力を維持できます」
そういうものなのか。他のアイテムに比較するとガーディアンに直接降り掛けるだけで効能があり、さらにその持続効果が長いというのであれば、長期戦になるような戦闘があれば有効なのかもしれない。
「そうか。なら、ここで良いものが見つかれば、使うことにするか」
「ありがとうございます。でしたらとびきりの香水を見つけたいですね」
より協力にサポートすることが出来ますから、とにこやかに言ってくれる。が、
「一応働いているわけではないから、懐と相談することも忘れないでくれよ?」
「ふふふっ、殿方のお心をお見せいただけることを期待しております」
やれやれ。セフィーシアは従順なのようでいて、どこか悪戯な姉や母のようだ。
次回更新予定作品は「ロックオンバーディー」とさせてもらいます。
更新予定日は仕事の関係上詳細は決定できませんが、11月中旬までには、と考えております。