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ユ・ファオヴィス ~完全支配とそれに至るまで~  作者: 工藤十七


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1/3

はじまり 前半

災いがいた。

一枚の絵画に思いを注いでいた。


神か天使か、人々が想像する壮麗さ、煌びやかさを閉じ込めた、大きな一枚絵。


包丁には包丁の、机には机の役割があるように、誰も汚してはならない、高貴と、繁栄と、信仰の象徴、それこそがこの絵の役割で、信心深き者は一瞥で涙を。


それは言うまでもないことだった。


絵画は燃えていた。


鮮やかな絵具は、降りかかる火の粉によって、誑かされたのか、段々と爛れ落ちている。


爛れというのは、酒に酔った浮浪者の、少し先しか映らぬ目に捉えられた真冬の夕焼けのようで、てらてらとしていて、赤と黒の道中、少なくとも、この絵とは縁が無く。


そうだろう、本来なら入念に管理されているのだから、少しの汚れでも見つかろうなら、上が下が騒ぎ立て、ちょうど良い誰かが宛てがわれ、市中に晒された首を仕方ないと納得し、一旦を告げる。


議事堂は燃えていた。


絵画が燃えているのだから、絵画が飾られているのは壁なのだから、そんな壁と組み合う床なのだから、そんな壁が支える天上なのだから、そうして出来上がった建物なのだから、それはそれは、面白いほど、同じように燃えていて、パチパチとした音が、笑い声のようで、しかし笑う者は見当たらないようで、ただパチパチと燻っていた。


やはりこの議事堂も大層立派であるが、燃えるということに高貴では対抗し得ないのか。

しかし、そうではないと、語る歴史の華は反り立つ。


有史以来、人間が想定する悪意は驚嘆で、悪意の好物は高貴であって、ただ世の常は均衡、高貴こそ悪意への手段を持っていて、結果として、それはそれは贅沢な、結界魔法の構築に至らせた。


恐ろしく巨視的な、それこそ神のような者が、天上から悪の滅する所を観察し統計に取れば、間違いなく優位な、悪を許さぬ、無欠の結界が施されていた。


しかし、炎は上がる。バチバチと、命を否定する嘶きが、踊る、沁みる。


呼吸の停止を、人間は死だというが、ならば結界は死んだのか。


結界が結界として力を発揮し、悪から対象を守るのは常なのだから。

それは生きているモノが呼吸をすることと同じなのだから。


そうだとして、どうして死んだのか、殺されたのか、誰が殺したのか、炎は結界を殺し次に何を燃やすのか。


その答えを災いは持っていた。


災いは男の姿をしていた。


黒くゆとりのある布地、ローブというものか、肩から足先にかけて有耶無耶に広がり、それほどに何かがあるとは言えない、こういう服だと言われればそう思う、やはり、何てことのない恰好だった。


しかし、美しかった。


対抗する男あれば、一見して興醒めし、ウイスキーを煽りながら厭世について自論を鳴らす、その足掻きは嫉妬からくるものであろうし、やはりそれは美しいということだ。


美しきを前に蔓延る言葉として、綺麗なバラには棘がある、というものがあるが、それは力学か。


均一を目指す普遍的な力が、美と醜を打ち消す為に働いている、であればこの災いの美しさと等しい棘とは何なのか。


白金の髪も、その端がかかる目も、細く高い鼻も、影のある口も、棘は無い。


ならばこの議事堂の惨状が、棘の条件を満たすのか。


それとも不足か。


判るまで、人間は残っていられるのか。



世界は今、この災いの中にある。

火が、剣が、獣が、魔が、想像もつかないような悲劇が、世界を壊すためだけに奔走している。


前を向いても、振り返っても、頭を抱えても、何をしようとも、ほんの足掻きで、ズルズルと凪のまま、悲劇は消えない。

ただ等しく崩壊への一途を辿る。


かろうじて枠組みを残す議事堂も、燃焼と融解の果て、孰れは他と見分けの付かない平坦になって、平等が生まれ、そこに花は咲かない。


黒。


この世界も黒なのか。

悲劇の片隅の小さな疑問を、災いは持つ。


災いは、「先に知るのも悪くはないか」と呟いて、燃える絵画に手をかざした。


魔法陣が覆って、シュルシュルと、纏まって、それは形容できない大いなる力が全てを躍らせているようで、瞭然としないまま、ぼうっと、鳴った。




「ーーー様。そろそろ良い頃合いかと」


ふと災いの元へ声が届く。

澄み切る、光さえ邪魔することのできない、声。

ならば自明の理として、その声の主は悍ましいほどの美であった。


災いが男の美なら、やはりそれは女の美であり、鼠が齧った果物に病原菌が増えるなら、この者が足蹴にした雑巾からは命が芽吹き、雨が降る、しばらくすると泉が出来て、精霊が生まれ、癖のある茶髪、つまるところ語り得ぬ、そんな美であった。


そしてそれは不変なのだろう、悲鳴が飛び交い、積み重ねられた歴史が雪崩落ちるこの空間においてさえ、一点の曇りもないのだから。


「ああ。ありがとう」

災いは歩き出す。


その後ろには堕ちた絵画。黒だった。


運の悪い化石のようで、黒色一倒、静かに墜ちて、ちりちりとした火花の、寂しげな余韻のみが僅かに香る。


この絵画を手がけた芸術家は今何を思うのか。


悲劇を嘆くのか。

あるいは全てを理解し、諦念と心中するのか。


この絵画は何も特別ではない。

壊れ行く世界に先駆けて、ほんの少し時間が進んだだけである。


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