おにぎり
千恵は少女の手を引いて路地を後にした。
ここ数時間追いかけていた失踪事件よりも、今は目の前の腹を空かせた少女のほうが、
気になって仕方なかった。
「よし」
千恵は少女に向き直り
「何か食べに行こうか」
少女はきょとんとする
「食べる?」
「うん」
「私と?」
「そう、あなたと」
二人は出来る限り、人の少ない道を選んで先に進んだ。
道中も千恵は少女の方を時々見ては様子を伺った。
十分後、少しはずれのコンビニへ二人はやってきた。
自動ドアが開き、店の中へと入って行く、
しかし、少女はドアの前で足を止めてしまいその場から動かない。
ジッと出入口に見入る。
不思議に思っていると、ドアが閉まる。
少女が一歩前へ出るとまた扉が開く。
彼女は肩をビクッと震わせた
「食べられるかと思った」
「食べられないよ!?」
思わずツッコミを入れてしまう
しかし、彼女は凄く真剣に自動ドアをみていて、
ふざけている訳ではないのは感じとられた
店内へ入るとすぐに少女は四方を見回した。
右を見て、左を見て。
天井を見て、
冷蔵庫を見る。
レジを見て、また天井を見る。
どう見ても挙動不審だった。
「ほんとに大丈夫?」
「うん、ダイジョウブだよ」
「なら良いんだけど…」
お弁当コーナー
少女はしゃがみ込んで、商品を見入った
五秒。
十秒。
二十秒。
まだ見ている。
「どれにする?」
もどかしくなった千恵は痺れを切らして尋ねる。
少女は棚の端から端まで見て、千恵に返事した。
「全部!」
彼女はその短い腕を大きく広げ、棚の商品を要求した。
「全部!?」
思わず声が裏返る。
少女は不思議そうに首を傾げた。
「だめ?」
「ど、どう、だろう…」
千恵は苦笑いしながら、財布の中身を見て頭を抱えた。
「もうちょっと減らさない?」
「え、えっと…うん。」
少女は口をとがらせて、いくつかの商品を腕に抱えた
結局レジに通した商品は、
おにぎり二個。
サンドイッチ一つ
肉まん、プリンも一つずつ。
とかなり妥協して貰った。
コンビニを出てすぐのベンチで並んで座り、買った物を広げた。
少女は嬉しそうにおにぎりを掲げて、千恵は財布の中身を何度も数えた。
少女はおにぎりをひっくり返したり、匂いを嗅いだりする。
中々、口をつけない。
「食べないの?」
千恵は少ししょげた声で少女に聞く
「ど、どうやって食べる?これ」
少女はおにぎりを両手で持ったまま首を傾げた、
千恵は一瞬固まる。
「え?」
「これ」
少女は真剣な眼差しでおにぎりを差し出した。
「どうやって食べるの?」
「えっとね…」
千恵は思わず笑いそうになる。
冗談には思えない、
本当に分からないらしい。
「まずね」
千恵はもう一つのおにぎりを取り出した
「こうやって袋を開けるの」
包装の真ん中を引っ張る。
ビリっという音が鳴った、少女は目を丸くしてその様子に目を見張る。
「おぉ」
感嘆の声、その反応に千恵はほくそ笑む
「そこまで驚くことあったかな」
「すごい」
「そう?結構見かけない?」
「そうなの?」
少女は心の底から驚いている、
千恵は何だか微笑ましくなった。
出会った時はあんなにも不審に思っていたのに、
今では、完全に小さな子供の面倒を見ている気分だった。
「ほら、やってみて」
少女は恐る恐る包装を引っ張った。
ただ、力を込め過ぎた結果途中で破けてしまった。
「あ」
「ゆっくりゆっくり」
もう一度、今度は慎重に力を入れる。
包装は左右に別れ無事食べれる状態になった。
少女は嬉しそうに顔を上げてこちらを見る。
「できた」
「できたね」
どこか誇らしげだった。
包装から出されたおにぎりは腹を空かせた彼女の食欲を促した。
少女は、小さく口を開いてかじった
動きが止まる。
咀嚼する。
また止まる。
千恵はなんとなく見守っていた。
「おいしい」
小さな声だった。
でも確かに嬉しそうだった。
その表情を見ていると、なぜだか千恵まで嬉しくなる
「そうでしょ」
「うん」
少女は頷く、そして、
一口、二口とあっという間に食べ始めた
「待って、そんなに急いで食べたら…」
少し遅かった、少女は盛大にむせた。
「ごほっ、ごほっ!」
「ほら!」
千恵は急いでペットボトルのお茶を取り出した、
少女はそれを受けとり一気に飲んだ。
「あ、ありがとう」
腹ごしらえを終えた少女は幸せそうな顔でベンチにもたれた
「お腹いっぱい?」
「うん」
満足そうだった。
夜風が吹き、街灯が二人を照らす。
少しの沈黙が流れる。
千恵はふと気になったことを何となく尋ねた。
「ねぇ、あなた名前は?」
少女の表情が固まった。
「ない」
「ほんとに?」
「うん」
「お父さんとお母さんは?」
少女は少し考えて首を横に振った。
「わかんない」
「そっか…」
千恵はそれ以上聞かなかった。
聞いてはいけない気がした。
「じゃあさ」
質問の代わりに話しかける。
「私が呼びやすい名前つけてもいい?」
少女は目をぱちぱちさせた
「名前を?」
「うん」
「くれるの?」
「そう、私からのプレゼント」
千恵は少女の頭に手をおいた。
少女は照れくさそうにして返事をする
「ほしい、名前」
その声は少しだけ弾んでいた。
千恵は考える、
黒髪に、蒼い瞳。
小さくて、なんだかフワフワしてる。
数秒考えてパッと顔を上げた。
「ルル!」
少女は繰り返して言う
「るる?」
「うん!」
千恵は得意げな態度を取った
「可愛いでしょ!」
その勢いに少女――ルルは困ったように瞬きを繰り返した
「気に入らない?」
「………」
ルルは少し俯いて何度か反復した後に
「好き」
と呟いた。
「ほんと!?」
「うん」
それを聞いた千恵はますます嬉しくなった。
「そうだ」
千恵が立ち上がる
「みんなの所に行こう」
「みんな?」
「うん!」
ルルの手を取る
「優しい人ばっかりだから大丈夫!」




