羽化
早朝の教室は、どこにでもある様子で満ちていた
生徒たちが交わす言葉
椅子と床が擦れる音
風に煽られたカーテンから差し込む日の光
生徒たちが言葉を交わし何気ない話をする
――何一つおかしな点などない
「……」
教室の後ろ窓際の席
少年は、頬杖をつきながら静かに窓の外を眺めていた
この教室に彼の名前を呼ぶものはいなかった
だから、一人でいた
チャイムが鳴り、教師が入ってくる
退屈だった
黒板に文字が書かれる
数字、公式、記号
そのすべてを彼は”正確に”理解していた
(簡単だ)
簡単すぎる
やっぱり退屈だ
でも――彼にはそれが大切だった
淡々と授業をこなしていき
昼休みになる
教室は一気に騒がしくなって
弁当の匂いや、購買の話
スマホの通知音で溢れかえる
そうなると少年は静かに席を立ち
屋上へと向かう
少し長い階段を登ってドアノブに手をかける
力一杯に扉を開けると
重たい音と一緒に心地よい風が少年の横を抜けていく
「…やっぱりここだね」
先客がいた
髪を丁度耳の高さで束ねた少女
彼女はフェンスにもたれながら遠く空を眺めている
「今日も来たんだ」
少年の方を見ることもなく彼女は話しかけてくる
「うん」
少年は短く答える
少女は微笑む
「変わってるね、君」
その言葉に少年は少しだけ考える
(変わってる?)
「そうかも」
否定はしない
しばらくジッとした後
少年は手に持っていたパンを袋から取り出し食べ始めた
その間も少女はずっと空を見つめていた
その目は何かを恋しがるような、そんな風に彼の目には見えた
パンを半分くらいまで食べた時
少女は急にこちらを向き
「ちゃんと出来てる?」
と彼に問いかけた
意味のわからない質問だった
それでも少年は一瞬だけ考えるとすぐに
「出来てるよ」
と答えた
少女はじっと少年を見つめる
しばらくの沈黙が風の音を際立たせた
「そっか」
それだけ言うと少女はまた取り憑かれたように空を見た
「ならいいや」
その言葉に違和感を感じる
二人は風に吹かれながら空を眺めていた
ふと少年はフェンスの向こう側に目をやる
学校と言うのはどこか閉鎖的な空間で肩身が狭い
けれどこうして屋上から景色を見れるのは素晴らしい
自分の住む町がこうもクッキリ見える場所はなかなかないだろう
遠くまで街が広がっている
人が歩いている
車が走っている
日常が動いて
(あれも全部”同じ”か)
その時だった
少年の視界の端で、何かが動いた
一瞬
ほんの少しだけ
彼は視界が歪んで見えた
空気が波打つように視界が揺れていた
目を細める
しかし、次の瞬間には元に戻っていた
「見た?」
少女が呟く
少年はゆっくり頷いた
「うん」
すると彼女の表情が笑顔になった
その笑みはさっきまでの笑顔とはまた違っていた
「良かった、ちゃんと見えてて」
突然風がピタリと止んだ
少女が髪をかきあげる
その時、彼女の後ろで何かが広がった
羽のような
でも、それは鳥のものではない
光を通す、薄い膜
「じゃあさ」
少女が振り返る
「授業さぼっちゃおうか」
それは蝶の羽の様だった




