side律
日本を離れて二週間。もうすぐ訓練も終わり、横須賀に帰還することとなる。
俺としたことが…東堂の元に結衣を置いてくるなんて。海に出てから毎日のように考える最悪なシナリオ。いつからこんな気持ちを抱くようになってしまったのか。我ながら女女しすぎて嫌になる。
「高宮一尉、明日帰れるってのに、ため息ばっかりで大丈夫っすか?」
「……お前は元気そうだな、秋庭」
元はと言えば…元凶はお前だけどな! とは言えず、言葉を飲み込んだ。八つ当たりしたところで状況は1mmも変わらないのは明白だった。もう一度盛大にため息をつくと気持ちを切り替えた。
地上に降りたのはそれから数日後のことだった。基地に戻ると、そこにいるはずもない相手が目に飛び込んできた。
「東堂!?」
「帰ったか」と白の制服に身を包み、爽やかに手を振る親友を、今ほど忌々しく思ったことはかつてあっただろうか。東堂は、一緒にいた隊員に声をかけ、こちらに近づいてくる。その身体にあったあらかたの傷は消え、あとはギプスのみとなっていた。
「もう復帰して大丈夫なのか?」
「あぁ、家にいてもやることないしな。それより律、話があるんだけど…今、少しいいか?」
東堂の表情からは、話の内容は読み取れなかったが、あまり浮いた話ではなさそうだった。人もまばらになった午後の食堂で、東堂が差し出した水を受け取った。向かい合わせに東堂が席につく。
「海はどうだった?」
「そんなこと、本当に聞きたいのか?」
「いや、違う。ごめん、律。この前、うちの実家に結衣さんと泊まった」
「は!?」
思わず立ち上がり、東堂の胸ぐらを掴んでいた。実家に? 泊まり? 無抵抗の東堂は殴られるのを待っているようだった。そのまま殴ってやろうかと思ったが、殴られて終わりにしようとする東堂に余計に腹が立ち乱暴に手を放す。
「説明しろ」
「はは、律はお人好しだな」
東堂は面倒くさそうに服装を直すと、お礼で京都旅行を用意したことを説明された。そういえば、東堂の母方の実家が旅館を経営しているという話を聞いたことがあった。
「特に何も無かったが、一応お前の彼女と二人きりで、はまずかったかと思って」
「……」
結衣に東堂のことを託したのは俺だ。何か間違いがあってもおかしくない状況だったはず。親友の言葉を信じるのなら、「何も無かった」のだろう。
「…律?」
「……わかった。結衣が行くと決めたなら、仕方ない」
「結衣さんは俺に付き合わされただけだからな」
それもわかっている。東堂はいいやつだから、何もなかった。ただそれだけなのだ。結衣は良くも悪くも、絵に描いたようなお人好しだ。人のためなら自分の気持ちを押し殺したとしてもやってのけてしまう。その上、少々押しに弱いときている。俺が付き合えたのも、その『押し』に負けたからだと思っていた。
だからと言って、結衣に変わって欲しいわけではない。俺自身、何度もその優しさに救われた。こうなったら………俺は覚悟を決めて結衣に会いに行くことにした。
自宅に帰ると、軽くシャワーを浴びて洗濯物を回した。髪をタオルで拭きながらソファに座ると、無機質な部屋には似つかわしくないリボンのかかった小さな箱が目に飛び込んできた。
別れの日、結衣から受け取った小さな箱は今でも行き場を失っていた。毎日毎日、あの日のことを思い出す。彼女をどれだけ苦しめたのか…少し痩せて目を腫らしたあの日の彼女の覚悟の証だった。
少し弱気になる気持ちを奮い立たせ、小さな箱を手に取るとポケットに忍ばせた。彼女の帰りは多分18時頃…時計を見ると16半を回ったところだった。少し早いが結衣のアパートに向かうために車を走らせた。
久々に走る海岸沿いの道。窓を開けて走ると、寄せては返す波の音が心を落ち着かせてくれた。




