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第21石 幸福な喧騒

 ──「いやあ、良かった良かった。立花先輩にも来ていただけて。まあ、如月先輩までいらっしゃるのは想定外ですが……」


「おいおい、そんな言い方ないだろう。偶然とは言え、私だって立花の説得に協力したんだ。来る権利はある」


「うるせえ…………」


 人が多い。人まみれだ。これが魔の領域"ユウエンチ"……早くも憂鬱だ。自分から体力を消耗するようなアトラクションに乗るのが理解できない俺には無縁の場所だったはずなのに……本当は断りたかった、断ってたはずだ。なのに、なのに……


「うわあー! 秋人、人が、人がいっぱいいるよ! すごい……!」


 こいつらのせいで……



 ──「デートしましょう」


 その手には、テレビの中だけの存在だと思っていた『ユウエンチノチケット』が握られていた。


「もちろん断る」


「相変わらずなびきませんね……そのくらいは私も想定内です。タイヨウちゃん、これ、何だかわかりますか?」


「? 何それ」


「これはですね、とおおおおっても楽しいところに行けるチケットですよお」


「騙されるなタイヨウ。その誘い方は明らかに危ない人のそれだろ」


 よし、俺には一緒にいる時間が長いというアドバンテージがある。このまま押し切れば


「昨日のお詫びも兼ねてますから、甘い物の10や20おごりますよ」


「行く! 支度してくるね!」


「汚いぞ雲川!! 何故タイヨウが甘党だと知っている!」


「ハッ、私が何年軍隊みたいな研究機構で働いてると思ってるんですか。情報収集はお手のものです。タイヨウちゃんの趣味嗜好は昨日の内にリサーチ済みですよ」


 こいつ……! 昨日俺があのデブに蹴られてる間にそんなことを……いや、まだ諦めるな。俺のストレスフリーな休日を捨ててたまるか。


「タイヨウ、こいつは俺の力を利用するためにお前を人質にしたような奴だぞ、信用するな」


「そこを突かれるとちょっと罪悪感がですね……」


「いじわるしないの! それも仕方なくやってたんでしょ? だったら怒る理由は無いよ。行こ! 秋人!」


 タイヨウ、口から涎という名の欲望がほとばしってるぞ。そして目が、目が輝いている……太陽のような髪や肌に負けず劣らず、青い輝きを放っている。直視できん……だが諦めるわけにはいかない、俺の快適な休日のためにも……


「秋人! ね!」


「うっ……くそっ…………」


「立花せんぱーい、よく言ってるじゃないですかあ。面倒事はごめんだって。今日1日、たったそれだけの努力を惜しんだがために、今後タイヨウちゃんは悲しみ、あなたを恨み続けるんですよ? 聞けば、お食事もタイヨウちゃんが作っているとか……影響が出るかもしれませんねえ……」


 そんなことまで知って……心が折れそうだ……


「おや、来ていたのか雲川さん。ちょうど良かった。昨日はどうしたんだ? 2人共学校を休んで。プリントを届けに来たのだが……」


「如月、良いところに……! こいつらをなんとかしてくれ!」


 やっと俺の味方が……! 彼女らしい動きやすそうな私服を着た如月に、昨日のことを織り混ぜつついかに俺やタイヨウが大変な目に遭ったかを話す。懸命に、今日は休むべきであることを主張する。その必死な訴えが届き、如月は


「遊園地くらい行ってやったらどうだ」


「なんでだ!!!」


 敵に回った。完全に失敗した。タイヨウの社交力を甘く見ていた。初対面の人間とその瞬間に仲良くなれるほどの社交スキル。俺なんかでは遠く及ばない。つまり、如月も雲川も、最初から俺ではなくタイヨウの味方だった。裏切りもクソも無い。最初から、最初から……


「ということで立花先輩、行きましょう」


「行こう!」


「今日1日くらいいいだろう立花」


 ああ……俺はなんて無力なんだ……



 ──タイヨウは雲川と一緒に少し前を歩き、何やら話している。如月は俺の横だ。


「というか、本当に如月はなんでついてきた」


「立花ひとりではあの2人の面倒を見るのは大変だろうと思ってな。……というのは表向きの理由だ。実は、生まれてこのかた遊園地というものに来たことが無くて……来てみたかったのだ。単純に。機会をくれてありがとう」


「……勝手についてきただけだろ」


 はしゃぐ前の2人を見ながら、なんとなく歩く。人が多すぎるのは嫌だが、この状況は不愉快じゃない。昨日の凄惨な光景がちらつくが、それを覆い隠せるような明るい景色が、目の前に広がっている。雲川も、タイヨウに自分のしていたことを打ち明けても受け入れてもらえたと喜んでいた。

 タイヨウが転びそうになるのを雲川が支え、2人笑い合う。なんか……


「手のかかる娘って、あんな感じかな」


「ははは、珍しいな、お前がそんなことを言うなんて。なら私が母親か?」


「やめとけ。俺とお前じゃ釣り合わない」


「そりゃそうだ」


 こんな快活で誰からも好かれそうな奴、隣にいたらどんだけの人間に絡まれるんだ。考えただけでもめんどくさい。


「そういえば、タイヨウちゃんの服はどこで手に入れたんだ? かわいらしい服だ」


「秋人と買いに行ったよ。って言っても、秋人は女の子の服はさっぱりだから、私が勝手に選んだのを買ってもらったんだ」


 たまに前の2人が帰って来て、俺や如月にまとわりつく。口ではうっとうしいと言ってみるが、どうしても顔が綻ぶ。心が落ち着く。


「なるほど。確かに、立花先輩に女の子の服を選ぶほどの甲斐性は無さそうですね」


「ほっとけ」


 来て、良かったかもしれない。見たこともないアトラクションに乗って、やたらと高い菓子を買って食べて、目がチカチカするようなパレードを見て、ものすごく疲れた。それでも、良かったと思う。


「楽しいなあ……今までで1番、本当に1番楽しい。ありがとう、夕ちゃん、桜花ちゃん、秋人」


 こいつが笑顔なんだ。良かったよ。きっと。




「さあ、始めよう。世界をあるべき姿に戻すんだ」




 幸福な喧騒の中、たったひとりの男の声だけが、鮮明に俺の耳に届いた。声を聞いた直後、頭を軽く小突かれたような衝撃が走る。



 ──「おおっと、危ない。簡単に記憶を手離すな」



 ──1度失いかけた意識を取り戻す。今の感覚と、突然響いた"夜"の声が不安を煽る。すぐに辺りを見回す。


「……如月…………?」


 すぐ隣を歩いていたはずの如月が、少し後ろで倒れている。身動ぎひとつしない。前を向く。雲川も、タイヨウも、手を繋いだままコンクリートの地面に横たわっている。

 3人だけじゃない。園内全ての人間が、ものも言わずに横たわっている。


「驚いた。君は、いったい『何』だ?」


 20メートルも離れていない距離に、男が立っていた。そいつは、どこからどう見ても普通の男だった。

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