第2章 俺こそ理想の夫
「いやぁ、うちの嫁は出来がいいんだよ」
金曜日の夜。
会社の後輩、山田と駅前の居酒屋で飲んでいた俺は、三杯目の生ビールを飲みながら胸を張った。
「へえ。どんなところがですか?」
「ちゃんと俺を立てるんだよ」
「へえー」
「休日には俺の親孝行も手伝ってくれるし」
山田は感心したような顔をした。
「すごいっすね。うちの彼女、俺の実家とか全然行きたがらないですよ」
俺は思わず笑った。
「お前、それはダメだろ」
「ダメなんですか?」
「教育が足りない」
「教育……」
「女っていうのはな、男がちゃんとリードしてやらないとダメなんだよ」
我ながら良いことを言ったと思う。
美咲も最初はいろいろ生意気なことを言っていた。
共働きなんだから家事を分担して。
休日くらい休ませて。
義実家へ行く回数を減らして。
けれど、そのたびに俺が諭してやった。
家庭には役割がある。
男と女には向き不向きがある。
親を大切にできない人間はダメだ。
最近では、美咲も以前ほど反論しなくなった。
つまり、俺の教育が実を結んだということだろう。
「この前も実家でさ」
俺は続けた。
「俺がお茶を頼んだら、すぐ淹れてきたんだよ」
「へぇ」
「母さんも喜んでたよ」
……たしか、無言だった気もする。
でもまあ。
あれは照れていたのだろう。
出来た嫁。
親思いの息子。
円満な家庭。
俺は間違いなく、いい夫だと思う。
「健太さんって理想の旦那っすね」
山田の一言に、思わず笑みがこぼれる。
「まあな」
「結婚したら参考にします」
「おう。嫁選びは大事だぞ。ちゃんと男を立てられる女にしろよ」
いい気分だった。
俺は、自分の人生がかなりうまくいっていると思っていた。
* * *
午前一時。
「ぐぉー……すぅ……」
リビングでは、飲み会から帰ってきた健太がスーツのまま寝ていた。
脱いだ靴下。
放り出したジャケット。
テーブルの上には飲みかけのペットボトル。
「……」
私は無言でジャケットをハンガーに掛けた。
どうして私がやっているんだろう。
そう思いながら。
酔った健太をそのままにしておけば、翌朝きっと言われる。
『なんで起こしてくれなかったんだよ』
『スーツしわになってるじゃん』
『気が利かないな』
結局どちらに転んでも、私が悪いらしい。
毛布を掛ける。
散らかったテーブルを片付ける。
シンクを洗う。
時計を見る。
午前一時十二分。
明日も仕事だ。
(私、この人のお母さんじゃないんだけどな……)
水を止めた。
静かな部屋に、健太のいびきだけが響いている。
そこで。
――ブブッ。
エプロンのポケットのスマートフォンが震えた。
こんな時間に?
画面を見る。
『頼子さん』
義母だった。
珍しい。
そもそも頼子さんとは、頻繁に連絡を取り合う関係ではない。
メッセージを開く。
『夜分遅くにごめんなさい。どうしても美咲さんに伝えておきたいことがあります』
そこで一度、文章が切れていた。
続いて。
『実は来週、健太に少し灸を据えようと思っています』
「……え?」
思わず声が出た。
慌ててソファを見る。
健太は眠ったままだ。
画面をスクロールする。
『美咲さんには迷惑をかけることになるけれど、少しだけ協力してもらえないかしら』
そして、その後に。
長い。
長い文章が続いていた。
読み進めるにつれ、私は唇を押さえた。
頼子さんは、全部気づいていたのだ。
私が休日のたびに働かされていること。
健太が自分では何もしないこと。
それを「親孝行」だと思い込んでいること。
そして何より。
頼子さん自身が――。
毎週末やってくる健太を、まったく喜んでいなかったことを。




