喪失とカノジョ 2
「おはよう、健太郎君」
あ、虹川!
今朝もホッとする雰囲気だな、まさに癒しだ。
「おは」
挨拶を返そうとした俺と虹川の間に、サラがズイッと割り込んでくる。
「虹川 美希さん」
「あっはい、ええと?」
「サラよ、サラ・グロウリー」
「あ、うん、ごめんね? おはよう、グロウリーさん」
「貴方、私の恋人に気安く話しかけないでもらえるかしら」
「えっ」
おいおい、何を言っている。
呆気に取られていると、サラは困惑する虹川に構わず畳みかける。
「いいこと? ケンは私のものよ、馴れ馴れしくしないで」
「あの」
「おい、ちょっと!」
流石にサラを止めようと俺が声を掛けるより先に、今度は清野が二人に割り込んでサラに噛みついた。
「その言い方なんだよ! 健太郎がアンタのモノ? だから何だってのさ!」
「人の所有物に勝手に触れることは失礼でしょう、貴方、その程度の常識も持ち合わせていないのかしら」
「はぁ!?」
俺を「ねえ?」と見上げるサラと、同時に清野も睨んでくる。
虹川はすっかり困った様子だ。
俺も、この状況はどうしたものか。
「ちょっと、なにか言いなさいよ」
「おい、健太郎!」
「あ、あのさ!」
何か言わないと、ええと。
「その―――サラ」
「なにかしら?」
「俺と君って、なんで付き合ってるんだっけ?」
咄嗟に口走ると同時に疑問が生まれて膨らんだ。
まず、この状況がよく分からない。
虹川と清野に対するサラの態度はどうかと思うが、それ以前にどうもしっくりこない。
俺のせいで揉めてるはずなんだが、的外れというか、まるで部外者な気分だ。
「まあ、呆れた!」
途端にサラは腰に手をやって目尻を吊り上げる。
「いいこと? よく聞きなさい―――昨日、転校してきた私が貴方を見染めて、恋人にしてあげたのよ?」
ええと―――ああ、そうか。
そうだった。
サラは転校生、昨日知り合ったばかりで、俺と付き合うことになった。
そうだ、思い出し、た?
あれ? でも、なにか―――変?
「それなのに、酷いわ」
うわっ、サラが両手で顔を覆ってクスンクスン泣き出した!
い、いかん。
何であれ女の子を泣かせる男は外道! つまり俺が悪い!
「ご、ごめんッ」
慌ててサラに謝る。
「悪かったよ、その、実感が湧かなくてさ」
「私が彼女になってあげたのに?」
「あ、ほら! サラみたいに可愛い子、俺にはもったいないだろ? だからさ!」
「確かにそれはもっともね」
納得したようにすぐ泣くのをやめたサラはケロッとしている。
もしかして嘘泣き? まあ、それならそれでいいが。
「身の程を理解しているのなら、許してあげる」
そうサラから告げられた直後、臑の辺りをガンッと蹴られた!
いってぇ! き、清野!
まだ俺を睨んでいる、そのうえ舌打ちまでされたぞ?
確かにサラの態度はよくなかったが、そこまで怒ることないだろ。
「見損なったよ」
清野は俺に吐き捨てるように言う。
「天ヶ瀬はともかく、健太郎ってそういう奴だったんだ」
「は?」
天ヶ瀬?
どうして今あいつの名前が出てくる。
「これでも一応認めてやってたんだ、気に入らないけどさ、健太郎が選んだならって」
だけど、と清野はサラに視線を移す。
サラも清野を睨み返す。
「こーんな軽い奴だったなんてね!」
「なんだよ、それ」
「べっつに? いいけど! どーでも!」
清野が何に腹を立てているか分からない。
認めていたって何をだ? 俺が選んだって、どういう意味だ?
軽いって何のことだよ。
「それに、こいつの方がまだ勝ち目ありそうだし?」
「は?」
心外な様子のサラと、それを見下すような清野に、虹川が「もういいよ、やめよう?」と清野を宥めつつ腕を引く。
清野は虹川を見て、俺を振り返り「バーカ!」といきなり罵倒した!
な、なんだ?
「だったら私も諦めてやらない!」
「は?」
「もういい、首洗って待ってろ! 行こ! ミキ!」
「ちょ、ちょっと、リン!」
立ち去る清野を追って虹川も行ってしまった。
サラが「何なの?」と苛立たしげに腕を組む。
「ねえ、貴方の周りにいる子ってどうなっているのかしら?」
「いい子達だよ」
「は?」
今度は俺がサラに睨まれる。
虹川と清野を庇ったように取られたんだろうか。
だけど事実だし、まして浮気じゃないぞ。
俺は浮気なんかしない。
いつだって想うのはたった一人、それは―――
ぐッ! ま、また頭痛ッ!
何なんだ本当に、やっぱり保健室に薬を貰いに行くべきか?
ふと教室の外がざわめいた。
この予兆と、その後の展開を俺は知っている。
はっと振り返って眺めた教室の出入り口が待ち遠しい。
やたらドキドキする。
何を期待している? これって、いつものアレじゃないか。
キャアキャアとはしゃぐ女の子達に迎えられて現れた姿は―――スラッと背が高くて、全体的に色素の薄い、ああ、今日もなんて綺麗だ。
「やあ」
天ケ瀬 理央。
―――会いたかった。
って、は? 会いたかったって、何だよそれ。
あいつはこの学園の理事長の息子で、天ヶ瀬財閥の跡取り、男だけど中性的な雰囲気の美人だ。
ファンクラブまであって女の子達にいつもチヤホヤされている。
だけど今日は取り巻きの数が控えめだな?
傍に親戚だとかいう磐梯のアホが控えている。
天ケ瀬は、綺麗だ。
実を言うと入学して間もなく、あいつの存在を知った時から気になっていた。
男なのが惜しいくらい顔が好みだ。
美人で、綺麗で、だけど可愛い。
優しいし親切だし、時々ちょっと小悪魔で、そんなところも堪らない。
胸が苦しい。
なんでこんなに興奮しているんだろう、俺、おかしくなっちまったのか?
天ケ瀬も俺に気付いてお互いの目が合う。
優しい眼差しだが、どこか不安げだ。
傍に行って抱きしめたい、大丈夫だって言ってやりたい。
なん、だ、これ? なんだか、目が回る―――頭がグラグラして―――痛い。
また頭痛だ。
痛い、痛い、痛い―――




