番外編/序章 君と二人の年初め/後
「さあ、適当に座るといい、間もなく出発するよ」
先に座った理央の隣の席に座る。
天馬さんは俺達より少し離れた後ろの席だ。
客室乗務員がシートベルトを確認して、前方に離陸のランプが点灯した。
間もなく機体が動き始める。
暫くするとフワッと浮かぶような感覚と同時に体に傾斜がついて、窓の外では景色がぐんぐん遠ざかっていく!
「おおっ」
思わず声を上げると、隣で理央がクスクス笑う。
「君、もしや空の旅は初めてかい?」
「いや、飛行機は何度も乗ったことあるけど、こういうのは初めてだから興奮する」
「そうか」
「お前んちって改めて凄いなあ」
「いずれ君も慣れるさ」
そうか。
まあ、理央と付き合うならこういうのが当たり前になっていくのかもしれないな。
今まで培ってきた概念を全部ひっくり返されそうだ。
間もなく離着陸のランプが消えて、客室乗務員が飲み物を勧めてくれる。
理央はミネラルウォーターを、俺はリンゴジュースを頼んで、それぞれ受け取った。
「でも、飛行機の距離で初詣に行くなんて聞いてないぞ」
「迷惑だったかい?」
「それはないけど、どこに連れて行くつもりか、そろそろ教えてくれよ」
理央は某所にある、とある有名な神社名を俺に告げる。
おお、マジか。
またもや想定外、そんなデカい神社に初詣なんて、きっとご利益半端ないぞ。
「けどさ、地元の神社じゃダメだったのか?」
「そうだね、少々障りがある」
「なんで?」
「いずれ分かるよ」
ふーん。
まあ、理央と一緒ならどこだって構わない。
元旦とはいえ特に用があるわけでもないし、幾らでも付き合うさ。
空の旅は一時間ほどで目的の空港に到着した。
そこからまた天馬さんの運転する車に乗って辿り着いたのは―――高級感あふれるホテルだ。
「は? あれっ、神社じゃない?」
「そうだよ、うちの系列のホテルさ、行こう」
天馬さんを従えて歩いていく理央を追いかける。
うーん、これまたどういう目的だ?
一向に分からないままチェックインを済ませた天馬さんの案内でエレベーターに乗り込み、着いたのは最上階のスウィートルーム。
広い!
とんでもなくゴージャスで広々とした部屋だ、一泊幾らくらいするんだろう、見晴らしもいいぞ!
「さて、健太郎」
不意に振り返った理央がニコッと笑いかけてくる。
わぁ可愛い。
「これから僕は着替えをする、支度が済むまで適当に過ごして待っていてくれ」
「え、ああ、うん」
「では、後ほど」
理央は奥の部屋へ天馬さんと一緒に入り、ドアがパタンと閉じた。
着替え?
なんで? まあ、いいか。
―――思いがけず手持ち無沙汰になった。
せっかくだし部屋をひと通り見て回るか、高そうだし興味がある。
スウィートルームには他所のホテルで母さんと泊まったことがあるが、ここまで広くはなかった。
取り敢えずバッグはソファに置いて、と。
まずリビング、今いるこの部屋だ。
正面のガラス壁の一部がドアになっていて外のテラスに出られるようだが、寒いからパスだな。
ここからでも眺めがいい、景色のあちこちに雪が積もっている様はいかにも冬の風情がある。
手前のこの机は仕事とかする用か? こんな環境じゃ勉強だってサボってのんびりするだろう。
で、こっちのドアの先は寝室。
おお広い。
デカいベッドに液晶の大型テレビ、こっちも眺めがいい。
このベッドに寝そべって夜景なんか眺めたら最高だろう。
―――そして、隣には理央。
このサイズなら一緒に寝られる、なーんてな! ムフフ!
いや待てよ? あいつ、まさか今日はここに泊まるなんて言い出さないだろうな?
天馬さんもいるし、そんなわけないだろうが、でも、うーん。
もしも理央に誘われたら俺―――って! いやっ! ダメだッ、ダメダメッ!
俺達は高校生だぞ? 一線超えるのはまだ早過ぎる!
はあ、他を見に行こう。
ホテルのベッドなんて無駄に刺激が強過ぎる。
さて、と。
こっちのドアは、ほほう、脱衣所、ということはあの擦りガラスのドアの向こうはバスルームか。
デカい鏡だな、洗面台も二台ある。
これなら二人一緒でも朝の支度で渋滞せずに済みそうだな。
バスルームも広い、二人で入っても余裕だ、洗いっこなんかできちゃうだろうな。
理央と―――ッて! あーもうっ、さっきからエッチな期待ばかり膨らむ!
大体このホテルってロケーションが既にヤバいんだ。
天馬さんも一緒だけど、俺達付き合ってるんだぞ?
そして俺は健康で健全な男子高校生、性欲なんて常に有り余っている!
だがしかし! 小さな頃から『紳士たれ』と母さんによって英才教育を施されてきた俺だ、本能と理性のはざま! 欲望と道徳の間で狂おしいほどの軋轢があああッ!
はあ、理央、まだかな。
ムラムラしたついでに腹まで減った、そういや朝飯たいして食ってなかった。
リビングのソファに大人しく座って待とう。
そろそろ昼だぞ? 俺達は一体いつになったら初詣に行けるんだ。
リビングの脇の簡易キッチンのような場所にコーヒーマシンを見つけた。
カプセルで淹れるタイプのヤツだ、これでひとまず空腹を凌ぐか。
淹れたてのコーヒーに砂糖もミルクもたっぷり、湯気を立てるカップを片手にソファに腰掛ける。
―――そうだ、行く予定の神社の近くに飲食店があるか調べておこう。
せっかくここまで来たし、ご当地の美味いものでも食いたいよな。母さんにお土産も買って帰ろう。
カフェオレをちびちび飲みながら携帯端末を弄る。
それにしても、やっぱり暇だ。
理央の支度はあとどれくらい掛かるだろう。
カチャ、とドアの開く音が聞こえた。
「健太郎」
呼ばれて振り返る。
「―――待たせたね」
はにかむような表情の理央。
あまりに―――思いがけなくて、持っているカップからコーヒーを溢しそうになった。
慌ててソファの手前のローテーブルにカップを置いて立ち上がる。
晴れ着だ。
髪飾りまで付けて、理央が晴れ着を着ている。
「その、どうだろうか?」
綺麗だ。
他に何も言葉が浮かばない。
まるでお姫様みたいだ、いや、花か?
宝石かもしれない、とにかく―――宝物だ。
あんまり綺麗で眩しい、息が詰まる。
「健太郎?」
「似合うよ、理央」
「ああ」
「綺麗だ」
「そうか」
フラフラと引き寄せられて、そっと触れる。
好きだ。
俺の、理央。
「これに着替えてたんだな」
「うん、待たせてすまない」
「いや! むしろ有難う!」
「フフ」
笑う理央にグッとくる。
俺のためだろ? そうだよな? きっとそうだ!
「いつも理央は綺麗だけど、今日は格別だ、最高だ! 本当に似合ってる!」
「有難う」
「普段の何倍も魅力的だ」
「浮かれ過ぎだ」
「仕方ないだろ! だって嬉しい!」
俺達から少し離れた場所で白馬さんも満足そうにニコニコしている。
こんなに綺麗で可愛い理央が見られるなんて、神社でおみくじを引かなくたって今年の運勢は大吉確定だ!
間違いなく最高の一年になるぞ!
「喜んでもらえてよかったよ」
恥じらいながらも嬉しそうに髪を掻き上げる理央に、俺の胸は最高潮に高鳴っている。
は、早く、早く行こう!
今年最初のデート、初詣に!
「理央、それじゃ、そろそろ神社に行こう!」
「うん」
そっと理央の手を取る。
理央も俺の手を握り返してくれる。
―――その掴んだ左手の薬指で、去年俺が贈ったリングがキラリと光を放つ。
「ところでさ、晴れ着を着るためにここまで来たのか?」
「そうだよ」
「お前なあ、ったく、可愛過ぎる」
俺が言うと理央はちょっと悪戯っぽく笑う。
本当に可愛い。
ああ神様、そして理央、今年の元日から幸せをたくさん有難うございます。
こうして理央と一緒にいられるのも―――生きていればこそ、だよな。
去年は本当に色々なことがあった。
何度も殺されて、何度もループして、そして今の俺達がある。
振り返ればとんでもない出来事だったが、もう過去を彩るだけの思い出だ。
ずっと傍にいてくれて有難う、理央。
そして俺を何度もループさせてくれた、どこかの魔女にも感謝しよう。
本当に有難う。
お陰で俺達、今、幸せです。
「なあ理央、話は変わるが、お前を待ってる間に神社の近くで飯食う店を探してたんだ」
「初詣の前に食事の話かい?」
「だって腹減った、勿論初詣が先だけど、滅多に来られる場所じゃないし、ご当地の美味いものでも食おうぜ」
「やれやれ」
「あ、白馬さんも一緒にどうですか?」
微笑ましげにこっちを見ていた白馬さんは「ええ、是非」と頷いてくれる。
理央も苦笑して、俺達は手を繋いだまま歩き出す。
―――今年はどんな一年になるだろう。
先のことなんて流石にまだ分からないが、でもこれだけは断言できる。
俺と理央はこの先もずっとラブラブで、ずっとずーっと幸せだって、な!
(番外編/序章:了)
三部作、最後の話の始まりです。
よければ結末までお付き合いいただけると嬉しいです。
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