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【画集3弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと魔法の鏡
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第十夜┊九「理想の姿見」

 映写機のようにパタパタとフィルムが飛んで、月日が流れる。

 少しだけ背の伸びた兎楽々(うらら)が、僕の隣でいつものように重箱を開けていた。


「おいしそう。僕、その黒豆が好き」

「そう、伝えておくわ」


 兎楽々(うらら)はすました顔の端に、少しだけ照れた紅潮を滲ませながら、僕の小皿に多めに黒豆を盛ってくれる。


 兎楽々(うらら)の家は、お金持ちらしい。

 お手伝いさんが作ってくれるお弁当は、旬の食材がふんだんに使われていて、とても美味しかった。


 ……兎楽々(うらら)は相変わらず、この医局に入り浸っている。

 綺麗好きな兎楽々(うらら)のおかげで、医局は一変して小綺麗になっていた。けれどいくら片付けたところで、こんな辺境の実験棟よりも、兎楽々(うらら)の家のほうがよほど広くて快適だろう。

 でも兎楽々(うらら)に帰って欲しくない僕は、もう「帰らなくて大丈夫?」とは聞かなくなっていた。


「それにしても、結構な量だよね。おうちの人は、兎楽々(うらら)が一人で食べると思ってこのお弁当を持たせてるんだよね?」

「そんなわけないでしょ!? 友達と食べるから多めに作ってって言ってあるわよ!」

「なんだ、そうだったんだ。いつも重箱を持ってくるから、てっきりお(うち)の人には大食いだと思われてるのかと……、あ、待って、レバーは入れないで」

「好き嫌いしてると大きくなれないわよ」


 慌てて制止したけれど兎楽々(うらら)は聞く耳を持たない。結局、しっかり盛り付けられたレバーとニラの炒め物を前にして、僕は途方に暮れた。



 医局には面白いものなんて置いてなかったけれど、兎楽々(うらら)はここで僕らと歓談したり、宿題をしたり、ぼんやりと培養槽を眺めたりしてから、夜遅くに帰っていく。

「誰もいない家に帰るより、ここのほうがいくらかマシだもの」なんて強がっていたけれど。


 兎楽々(うらら)が悪口や弱音を口にすることはない。

 それでも、長い時間を共に過ごす中で、ぽつりぽつりとこぼされる兎楽々(うらら)の本音を、僕は大事に拾って集めていた。


 僕は元々「器」だから、普通の人よりも記憶容量が大きい。

 なんでもない言葉尻や仕草、ころころと表情の変わる兎楽々(うらら)の横顔を、僕は事細かに憶えている。


 だから、兎楽々(うらら)が口では仕事熱心なご両親を応援していても、本当は仕事なんか放り出して、早く帰ってきて欲しいと願っていることを、僕は知っていた。


兎楽々(うらら)のご両親は葬儀屋さんなんだよね? 葬儀場に行けば会えるんじゃないの?」

「バカなこと言わないで。あたしが行ったら仕事の邪魔になっちゃうでしょ。いいのよ、誇りを持って仕事をしてるパパとママが、あたしは好きなんだから」


 兎楽々(うらら)はいつもそうやって、キラキラした目で僕を見る。

 僕はこんな風に、彼女に強がりばかり言わせる兎楽々(うらら)の両親が嫌いだった。



 兎楽々(うらら)の両親は仕事に明け暮れていて、その分、兎楽々(うらら)が医局で過ごす時間は増えていった。

 それでも、たまに、ほんのたまーにだけ、兎楽々(うらら)が医局に来ない日もあった。

 珍しく休暇の取れたご両親と、家族水入らずの時間を過ごしているのだろう。

 そういう日の翌日は、きまって兎楽々(うらら)はご機嫌で、僕は尚更つまらない気持ちになった。


「ずっとここにいたらいいのに。兎楽々(うらら)も医局に住めばいいよ」

「なによ、いてるの? そんな心配しなくたって、どうせ高等部に上がれば全寮制じゃない。今くらいは家に帰っておかなきゃ」


 兎楽々(うらら)はそう言って笑っていたけれど、兎楽々(うらら)の両親はますます多忙を極め、彼女が家に帰る頻度はどんどん減っていった。




 ✤




 パラパラ、パタパタと、フィルムが飛ぶ。

 兎楽々(うらら)が家に帰らなくなって、一年半ほどが過ぎていた。


「そうそう。明日は来られないから、晩ご飯は自分で用意してね」


 すっかり夜もけた帰りがけに、兎楽々(うらら)が僕を振り返る。

 その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいて、僕は一気に嫌な気分でいっぱいになった。


「ご両親のお休みが取れたの? 随分久し振りだね」

「明日はパパとママの結婚記念日なのよ。去年はお祝いできなかったから、今年こそはって! ママの好きなパティシエのケーキを予約したんだけど、プレゼントは何がいいと思う?」


 弾む声で尋ねられて、「ケーキがあるならそれでいいじゃないか」と喉元まで出かけた言葉をなんとか飲み込み、「うーん。君があげるものなら、何でも喜ぶと思うけどな」と無難に返した。


「あら、珍しく優しいじゃない。びっくりしたわ」

「どんな返しを期待してたんだよ……」

「『ケーキがあるならそれでいいじゃないか』とか?」

「……」


 狭い心を見透かされたようで、僕は俯いて足元の小石を蹴る。

 兎楽々(うらら)はそんな僕を軽く笑って、「あさってにはまた遊びに来るわよ。アンタって意外と寂しがり屋なのね」と軽く肩を叩いた。

 兎楽々(うらら)の動きに合わせて、頭上のウサギもゆらゆらと揺れる。


「……なんか、前より大きくなってるね。重たくないの?」

「え? なによ、何の話?」

「ああ、ごめん。えないんだっけ……」


 じゃあ重たくもないのかな、と兎楽々(うらら)にしがみついている福兎ふくうさぎを見る。

 黒っぽい毛皮の中央で、鮮やかなミントグリーンの瞳が、宝石のようにギラギラと光を映していた。


「外でそういうこと言うの、やめなさいよ。アンタには当然の光景でも、怖がる人だっているんだから」

「ごめん。兎楽々(うらら)にしか言わない」

「はあ……、まあいいわ。それより、早く高等部にならないかしら。初等部じゃアルバイトもできないもの」

「お金には困ってないのに?」

「困ってないけど……、必要なのよ」


 兎楽々(うらら)が遠い目で夜空を見上げる。

「パパとママにプレゼントだって買いたいし、最近出たコスメだって気になるし……」とごまかすように言葉を続けていたけど、それが本音じゃないことはわかっていた。


「お金が必要なら、教授に言えばどうにかしてくれると思うよ」


 僕の言葉に、兎楽々(うらら)はふるふると首を振る。


「そうじゃない。そういうのじゃないのよ……。あたしが代わりに働けるようになったら、パパとママも少しは休めるでしょ。あたしは大人になったら山ほど稼いで、そのお金でパパとママの時間を買うの。……そのために今は勉強してるのよ」


 兎楽々(うらら)がゆっくりと僕を見る。

 正直、驚いた。兎楽々(うらら)はすごく成績がいいけど、それは単に生真面目な性格からくるものだと思い込んでいた。

 だけど兎楽々(うらら)にはちゃんと人生の目標があって、そのために一歩一歩進んでいるんだ。


 毎日一緒に過ごしているのに、何も考えていなかった僕とは大違いで、頭を殴られたような心地がした。


「……君は、すごく色々なことを考えて生きてるんだね」

「そんなんじゃないわ。あたしも、アンタと同じで寂しがり屋なだけよ」


 そう言って、兎楽々(うらら)が僕の手を握る。

 記憶容量が多いわけでも、言葉の味がわかるわけでもないのに、兎楽々(うらら)はこうやって相手の心の機微に気づいては、寄り添ってくれる人だった。


「アンタはまだ、自分の心を持ち始めたばかりでしょ。これからたくさんのものに触れて、たくさんの人に出会って、少しずつ自分を知っていけばいいわ」


 何も答えられない僕を、兎楽々(うらら)福兎ふくうさぎがじっと見つめる。

 鮮やかなミントグリーンが、食い入るようにこちらを見ていた。


 しばらく兎楽々(うらら)は僕の手を握ってくれていたけれど、やがてぱっと手を離すと、「あーあ。お金、降ってこないかしらー」とわざとらしく口に出して、気恥ずかしそうにそっぽを向く。




 ——あの日、卯ノ花(うのはな)兎楽々(うらら)が確かにそう願ったのを、僕もその耳で聞いていた。



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