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家族が増えたわけで

 それからまた少し月日が過ぎる。


 短い夏から秋へと変わり始める頃、家族が二人増えた。


 もちろんうちの母親が頑張ってこさえた訳じゃない。


 ミルキとロバートと話をして、隣の村から同じく不作で口減らしのカウントダウンが始まっていた家に行ってギリギリ労働力になり得る子供を養子という形で貰ってきたのだ。


 十二歳のセルミーと十歳のシェーレ。


 別々の家の子だが、どちらも女の子だ。


 個人的にはラッキーといえるが、労働力として見た場合はちょっと物足りないが仕方がない。


 ちなみに気になるお値段ですが、上の子は麦の入った麻袋が二袋で、下の子は一袋です。


 うーん、リーズナブル。


 日本だったら○○○○・○○○さんが助走をつけて殴りかかって来るだろう。


 本来なら人買いに売ればもっと高く売れるのだが、周辺一帯が不作で売る側と買う側の需要と供給のバランスが崩れてしまい、子供の値段が激下がりしているのだという。


 それに加えて知らない土地の売春宿に売られて客を取らされるよりはと、親心で養子に出してくれたのだ。


 え? ならタダでよこせって?


 義理と人情だけじゃ回らないのが世の中ってものさ。


 という訳で不憫ながら健気で元気そうな可愛らしい少女達なのだ。


 もとい……


 実際ルックスが良いかどうかはよく分からない。


 外見は五歳だが俺の『中の人おっさんEYE』を通してみた場合、よほど見た目がアレでない限りはこの年代の少女はかわいく見えてしまうものなのだよ。


 本当に美人さんかどうかはもう少し様子をみるとして、このメンバーで次のシーズンを迎える事になるのだ。


「お義母さん、家畜小屋の掃除終わったわ」


 シェーレが外から戻ってきて、昼飯の準備をしているミルキと話している。


 年少者のシェーレには家の中の仕事を、年長者のセルミーにはロバートと一緒に畑の仕事をやって貰っている。


 ちなみに俺は自分でこさえた木板とかまどからサルベージした消し炭を黒板とチョーク代わりに、越冬に向けて必要な食料や燃料の消費計画策定にいそしんでいた。


「じゃあ私のを手伝ってもらえるかい?」


 シェーレは笑顔なのだが、台所へ向かう途中で俺を少し半目になって一瞥する。


 その視線に何ともむず痒い感覚を思い出す。


 その目は日本時代に何度か経験した事のある視線だった。


 好意を持たない負の感情を持っている相手に向ける目だ。


 二人が我が家に来てまだ一カ月ほどなのだが、残念な事にシェーレだけでなくセルミーも全然俺に心を開いていなかった。


 本当の家族から引き離した俺に思うところがあるという事なのだろうか。


 ロバートとはとても良く打ち解けているし、ミルキに対してはそれこそ母親の様に慕っているというだが。


 もしかすると俺の中にあるおっさん成分を本能的に察知して警戒しているのかもしれない。


 でもまあこれからずっと一緒に暮らすのだから、おいおい何とかなるだろう。


「母さん、今から長老のお爺さん家に行ってくるよ」


「もうすぐご飯だよ、食べてからにしてったら?」


「日が昇りきる前に行く約束をしてるから」


 頭脳労働をひとまず止めにして薄暗い我が家を出ると、ロバートとセルミーが『えっちら、おっちら』と鍬をふるって農作業をしていた。


 まだ十一、二歳の少年少女達である。


 俺が一二歳の頃なんて、ひたすらTVゲーム三昧の毎日だったのに……。


「ロバート、手伝ってくれないか?」


 声を張り上げると二人ともが鍬を置いてやって来た。


 ロバートはいつも通りニコニコだが、セルミーは警戒心を潜ませてすました顔をしている。


 前もって用意して分けていた麦入りの麻袋を荷車に乗せてくれるように頼む。


「これどうするんだ?」


「ゼン爺さんの家へ届けるんだよ」


 笑顔の絶えないロバートだが、さすがに表情が険しくなる。


「おいおい、そんな事して大丈夫なのか?」


 我が家の財産ともいうべき食料を他人に渡すというのは、自殺行為であって真っ当な感覚では信じられないのだろう。


「蓄えはまだもう少しあるし問題ないよ」


 何の説明にもなってない俺の説明に、それでも親愛なる兄は快諾してくれた。


 将来ロバートが騙されて大変な目に合わない様に気を付けないといかんな。


「昼過ぎには戻るから、行ってくるよ」


 我が家を後にした。



 今更ながら俺の住む村について少し説明しよう。


 俺の住まう村は名前すら無い北方の開拓村だ。


 前々領主が開拓の為に領民を送り込んだのだが、得られる物が無く無いよりはマシというレベルの年貢を細々と納め続けているだけの半棄民地なのである。


 しかもバラバラに家族単位で入植した為に共同体意識が希薄で、助け合いの精神に欠ける村民性なのだ。


 そして俺が向かっているゼン爺さんというのは最初の開拓民の一人で、この村の実力者でもある。


「それでゼン爺さんの所へ行って何があるの?」


 一緒に付いて荷車を引いていたセルミーがさっきからしつこく聞いてくる。


 本当は自分だけで行くつもりだったのだが、さすがに五歳児が一人で引くには荷が重く、彼女が手伝いに付いて着たのだった。


「馬耕用に馬を借りるんだよ。後ろの荷はその代金だよ」


「畑を耕すなら私達がいるのに。わざわざ馬を借りる為だけに大切な食べ物を分けるなんて」


 この地域においては至極真っ当な考えをセルミーは披露する。


 厳しい環境に生きているせいか、物や家畜の所有について非常にシビアな考え方をするのだ。


「家族全員で耕したって、今のままじゃ間に合わないよ」


 俺の言葉にセルミーはぎょっとした表情を浮かべた。


 ここの村々は助け合いの精神が無い。


 その為馬や牛などの大型の家畜を持っている古株の先住者とそれを持たない我が家みたいな後発とでは、貧富の差が結構あったりする。


 口減らしで子供を売るのも大抵は後発組の家なのだ。


 なんにせよどうせ子供には説明しても分からないだろうから、セルミーとの会話は適当に流す事にしよう。


「ようアル坊や、よう来たな。セルミーも」


 ゼン爺さんの家に着くと、本人が出迎えてくれた。


 まだ六十歳前という話らしいのだが、長年の苦労と不摂生のせいか日本人と違いとても老けて見える。


「母もロバートもよろしくと言っていました」


「そうかそうか」


 柔らかい口調と笑顔とは裏腹に、その目は微妙に笑ってない。


「早速ですけどゼン爺さんの馬を借りていきます。これはうちからのお礼です」


 荷車の上にある荷を指す。


 こうやって富める者はさらに富んでいくのだ。


「それと母馬の様子はどうですか?」


 俺がそう言うとゼン爺さんは非常に憎々しい顔をした。


「健康そうじゃし、良い感じに腹も膨れとるよ。じき出産だろう」


 悪くない。


「残りの荷は馬を返す時に持ってきますから」


 農勢期に差し掛かっていて忙しいようで、お互い世間話をほとんどする事も無く帰路へ向かった。


 万事順調の経過に精神的にも物理的にも身軽になって歩いている。


「さっきの話って何だったの?」


 荷車に馬耕用の農具を載せて馬に引かせながら帰っていると、セルミーが好奇心を向けてくる。


「二人がうちに来る前にゼン爺さんと約束したんだよ。新しく仔馬が生まれてきたら譲って貰うって。うちで取れた麦と交換にね」


「麦と馬を!? どうやって?」


 セルミーはまだ子供のせいか、かなり舌足らずだ。


 要するに高価値の馬と価値の低い麦の交換をどうやって成功させたのか? という事だろう。


「あそこの家は人も家畜も大所帯だから、その分だけ食料の消費が多いんだよ。多分今年の収穫は相当少なかったんじゃないかな」


 例年ならば大切な家畜をこんな悪レートで交換するなどありえなかっただろうが、近年の不作で台所事情に火が付いていたのだろう。


 貧すれば鈍するの典型だ。


 資本主義万歳!


 しかしにっこにこの俺に対して、セルミーは複雑な顔をしている。


 うちとゼン爺さんの家と、両方に意識がいっているのだろう。


 元々いた家の事とをフィードバックさせているのかもしれない。


「馬が手に入ればしんどい作業からは解放されてその分だけ楽な生活になる。今はそれだけで十分だよ」


「そう……」


 セルミーは色々な感情を飲み込んで深く頷いた。


 感受性が強く、とても優しい子なのだろう。


 もしも彼女が日本に生まれていたら、誰からも愛され幸せな人生が歩めただろう。


 この世界では辛い事の方があまりにも多すぎる。


 そんな事をつい考えてしまった。


「さーて、帰りますよ~。お腹空いちゃいましたからね~」


 それはさておき、馬を育てるのは正直賭けだが上手く育てば農作業が大きく改善するし、牝馬なら繁殖も夢じゃない。


 ちょっと楽しくなってきた。

 

 さらに秋は深まり播種のシーズンになる。




 馬耕のおかげでサミールが生きていた頃よりもずっと広い範囲を耕す事が出来た。


 今年は前回焼いた畑はそのまま使う事にしたため大幅な収穫減は免れないが、去年は手が足りず放置していた農地に種を蒔く事が出来た。


 一年以上ずっと休耕していたので、かなりの地力回復が期待できる。はず。


「父ちゃんが死んじまった時はダメかと思ったけど、よくやれたもんだよなぁ」


 種まきが終わった秋の日の夕暮れ時、畑の向こうへと沈む太陽をロバートと二人で見つめていた。


「おめえがゼン爺の所に麦袋を持っていくって言った時はぶん殴ってやろうかと思ったけど、来年の春の事を考えたら安いもんだよなぁ」


 懺悔のつもりなのか俺にかつて抱いていた不信感を吐露する。


 これだけ綺麗な黄昏を見ると、心が洗われて悔恨したくなるのも分からなくは無いか。


「来年の収穫は今年以上に分からないからな。蓄えも思った以上に吐き出しちゃったし。その代わり来年を乗り切れば楽になるよ」


「お前が言うならそうなんだろう。まあでも何とかなるさ~」


 ロバートは相変わらず屈託なく笑っている。


 今年は可愛らしい家族が増えた。


 来年も上手くすればまた増えていくだろう。


 大切な家族を養うためにも、頑張って働くとしよう(主に頭脳労働で)


 こうして季節は過ぎていくのだった。



 

 冬が間近に迫ったある日の夕刻。毎年この時期の恒例なのだが、ミルキが不吉な話を始める。


「そろそろ夜が寒くなってきたから、みんなで寝るとしようかねえ」


 俺は微かに眉を歪めた。


 冬の夜は極寒になる。


 しかしだからといって眠っている間ずっと火を燃やすのは燃料的にも防災的にもよろしくないので家族で固まって寝るのだ。


 しかし中身おっさんの俺としてはまだ子供とはいえ男性のロバート、中年女性のミルキと三人で一緒に寝るのは精神衛生上よろしくない。


 命には代えられない以上それは仕方の無いのだが、しかし今回は活路があった。


 そう、今年は義姉が二人増えたのである。


 上手く家族を誘導できればロバートとミルキ、そしてセルミーとシェールと俺という万全の布陣を敷く事が出来るのだ。


 そういう趣味はあんまり無いのだが『少年&中年女性VS少女&少女』では選択の余地は無いと思わないか?。


「流石に五人一緒に寝るのは無理だよなぁ」


 俺は家族を牽制する為に遠まわしにアッピルをかます。


「そうねえ、どういう風にして寝ようかねえ?」


 計画通り。


 母親大好きのロバートはミルキと一緒の布団が良いだろうし、今年うちに来たばかりの二人は同じ境遇の者同士で仲良くやっている。


 そして余った俺が『お姉ちゃんと一緒が良い~』と言えば良いのだ。


 しかし腹の中で狸の皮を数えていると、セルミー達から痛恨の一撃が見舞われる。


「義母さん、一緒のお布団で寝ましょう?」


「私もっ。ね、良いでしょう?」


 彼女達からまさかの逆指名。


 あ、これダメな奴だ。


「それもそうね。ロバートももう大きくなったし、男と女で分けて寝ようかねぇ」


 こうなると口を挟みようがない。


 完全大敗北のまま第一回我が家の就寝ドラフト会議が終了した。


「じゃあ一緒に寝るか~、アル」


 ロバートは屈託なく笑っている。


 俺はがっくりと頷いた。



 そして長い冬が始まる。



 食料の調達が不可能となり、麦粥と固パンを口にする毎日。数日おきに出される干し肉を水で煮たスープか豚の腸詰を楽しみに、後はひたすら春が来るまで耐え忍ぶのだ。


 しかし食料や燃料の問題はさることながら、もう一つ大きな問題が存在する。


 とにかくやる事が無いのだ。


 テレビもねえ、ラジオもねえはもちろんの事、活版技術が無いらしく本も無ければ暇を潰せそうな遊具も存在しない。


 ひたすら退屈を享受するのだ。


 あまりの閉塞感に精神をやられてしまう村人もいるらしいが、こんなものは防ぎようがない。


 娯楽といえばアレくらいで、秋に子供がよく産まれるというのも納得であろう。


 俺もその遊びには多いに興味があるが五歳児には無理なので、家族が余興で歌ったり踊ったりするのを見るのと、備蓄の勘定や来年の開発計画を考える精神の安定を図っているのだ。


「また変な絵を描いているの?」


 ある日の昼下がり、俺が木板にアラビア数字と日本語でつらづらと書き記しているとセルミーがのぞき込んでくる。


 シェーレは全然なのだが何カ月かの共同生活で少しは気を許してくれたのか、ちょっとした会話をする位には打ち解けていた。


 だからといって仲良しという訳でも無いのだが。


「何の絵だとおもう?」


「さあ……?」


 文字として認識している俺にはもう無理なのだが、文字を知らないセルミー達には何かの絵柄に見えているのだそうだ。


 適当に話しをはぐらかす。


 色々と年齢不相応な行動している今だってかなり危ういのに、誰も知らないし教えてない文字の読み書きが出来るとなると流石にマズいだろう。


 能天気が取り柄のミルキやロバートであっても怪しまれるだろうから。


 この世界にも文字はあるそうなのだが、この村には読み書きの出来る人間はいないそうだ。


 まあこんな土地では宝の持ち腐れだろう。


「暇ね……」


「まあねえ……」


 暇つぶしで俺を突っつきに来たのだろうが、自分としてももてなす術がない。


 つまんない奴だと見限ると、早々にいなくなった。


 シェーレを捕まえて『アルプス一万尺』みたいな遊び歌を歌いながら遊び始める。

 俺はその微笑ましい光景を眺めていた。


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