自給自足って金持ちの道楽だったんだね
昔ばあちゃんが言っていた。
日頃から善い行いを積んでいないと死後で生まれ変わった時にひどい扱いあうと。
当時の俺はこまっしゃくれたガキでそんなわけあるかと馬鹿にしていたが、祖母の話をもっとまじめに聞いていればと後悔している。
なぜかというと、俺は生まれ変わってしまい、その転生先で悲惨な状況に陥っているからなのだ。
しかもまったく訳の分からないファンタジー気味の世界だったりする。
恐ろしい事に前世の記憶を持ったままで……。
知識や経験を持ったまま人生をやり直すというのは自分も一度は妄想したものだが、現状ではただの罰ゲームでしかない。
粗末な食事に粗末な家、厳しい自然環境に脅かされてその日その日を何とかしのぐだけの毎日。
なまじ豊かな日本で暮らした記憶があるだけに、物理的にはともかく精神的には俺がこの世界で一番しんどい思いをしているだろう。
悪事なんて働いた事なんて無いのだが、同時に善い行いをした覚えもほとんど無い。
学生時代にいじめられている同級生を見て見ぬふりをしていたし、寄付やボランティアも偽善や欺瞞の類だと斜に構えてやってこなかった。
因果とは巡るものだと絶望の中で深くそれを思い知らされるのだった。
まあ前世の身の上話はこの辺にしておこう。
ある日、俺の家を顔見知りの村人が訪れていた。
「それで……、ミルキんとこは冬は越せそうか?」
もちろん日本語を話している訳ではではない。
すべての人が赤子から幼児にかけて言葉を急速に覚える様に俺もこっちの世界の言葉を覚えることが出来たようだ。
彼が深刻そうな顔で話している内容は分かっている。
転生後に生まれたこの村は日本育ちの人間からすると裸足で逃げ出したくなるような寒村で、そもそもなぜ人が住んでいるのか聞きたくなるレベルの痩せた土地だ。
冬はとても深く、本当に、本当に、ほんとうに何もない悲惨な集落。
さらに悲惨な事に二年ほど前から主な生産品だった麦の収穫が減り始め、今年に至っては例年の半分近くにまで落ち込んでいるのだ。
日本に生きていると分かりにくいかもしれないが、究極の地産地消を強制実行させられているこの村では食料生産が半分になるという事は、同時に半分の人間が飢餓状態に陥る事を意味する。
つまるところ彼は口減らしをどうするかという相談に我が家へ来ていたのだ。
「ええ、今年は何とか……。サミールが食べる分の蓄えが浮きましたから」
母のミルキが答える。
現在我が家は三人暮らしで前述した母親のミルキと十一歳の兄ロバート、そして四歳になる俺である。
ちなみに俺には名前がまだ無い。
幼児死亡率が激烈に高いので、五歳になるまでは名前を付けないという風習があるのだ。
「旦那の事は残念だったな。しかしせっかく新しい領主様が暮らしやすくしてくれたと思ったら、次はこれだもんなあ~」
村人の男は天を仰いだ。
サミールというのは転生後の死んだ父親の名前。
実はどういう人だったのかはあまり覚えて無い。
赤ん坊の頃は意識が無く、物心がついて意識がはっきりしだしたのはつい最近なのだ。
責任感の強い人だったらしく、家族を少しでも楽させようと馬車馬のように働き続け、結局それが祟って今年になって体を壊してしまい死んでしまったのである。
だが皮肉な事に彼が死んだ事で我が家の食料消費量が大幅に減って、何とか家族が冬を越せる算段が付いたのだった。
「とにかく体には気ぃ付けて……」
そんなこんなでいくつか世間話をすると、ぼろぼろのテーブルに腰かけていた村人はせめてものもてなしとして出されていた白湯を飲み干して帰っていった。
「はぁ……」
ミルキは深く肩を落としている。
冬を越せるだけの蓄えはあるものの、問題は今後の生活だ。
最大の働き手であるサミールを失って残ったのは文字通り女子供だけ。
前途はあまりにも多難なのだ。
「大丈夫だよ母ちゃん! 俺が父ちゃんの代わりに父ちゃんみたいに働くし、来年はこいつも名付けの年だから三人で働けば何とかなるさー」
部屋の隅で藁を編んでいた兄のロバートが声を上げる。
母親を励ますための方便なのか本気なのか、それを聞いたミルキは優しく微笑むのだった。
一応俺もニッコリと笑顔を蒔いておく。
我が家一の楽天家の言葉に家族愛の雰囲気が我が家を包むのだが、内心では自分も来年から死んだサミールの様に働かなければならないのかと、苦々しい感情を俺は忍ばせていた。
それから少しずつ秋が深まっていき、麦の播種を行う時期が近づいてきた。
麦の栽培というのは秋に種をまいて越冬させ、初夏に収穫するというサイクルである。
ロバートと俺は畑の前で子供にとっては大きな我が家の田畑を見つめていた。
「いつもより少し早いが今年は父ちゃんがいないからな。今から耕し始めないと田植えに間に合わなくなっちまう」
ロバートが柄にもなく真剣な表情をしている。
サミールが死んで家長としての自覚が出たのか、能天気なのが取り柄の兄が真面目な事を言う。
そしてその使命感を打ち付ける様に鍬を高く振り上げて地面に突き刺していくのだが。
しかしその気持ちとは裏腹にまだ十二歳という身体では大人達がそうする様に固い土を掘り返すのは至難だった。
「ロバート、そんなんじゃ春になっても種は蒔けないよ」
俺はロバートを制止する。
別に挑発するつもりで言った訳ではないのだが、結果的にそうなってしまった。
眉を寄せて酸っぱい顔をしながら見つめてくる。
「父ちゃんがいないんだから、無理でもなんでもやるしかないだろ? ちょっとでも多く耕さないと、去年みたいに収穫が少なかったら飢え死にしちまう」
もっともな意見だ。
しかしここ最近ずっと考えていたのだが、おそらく根本的な所でこの田植えは間違っている。
それを正さない限り、この村も自分達の未来も閉じてしまうだろう。
申し訳ないが、それはごめんこうむりたいので悪あがきをさせてもらう。
「来年はもっと収穫は減るよ」
ロバートの顔に『?』が浮かぶ。
なぜちょっと前までよちよち歩きをしていたまだ名前も付いていない弟がそんな意味深な事を言うのか、少年ロバートには分からないだろう。
目の前にある困難の原因はわかっている。
問題はそれを対処できるかどうか……。
「ロバート……、俺の事を信じてくれるか?」
少し芝居がかり過ぎな気もするが、とにかく目の前の小さな兄を何とか説得しない事には来年の今頃にはもう一度新たな転生の時がやって来るのは避けがたいのだ。
今後の俺の人生の為に手を貸してもらうぞ小さい兄さん。
「何するつもりだ?」
俺は任せてっとウインクをした。
それから俺達兄弟は家の近くの林に俺が貯め込んでいた枯れ木や枯れ草をせっせと畑へと運んで行く。
この時の為にと、ようやくまともに動ける様になった四歳児の体でずっとこれを貯めていたのだ。
「お前が夏の間ずっと外をうろついていたのは、これを集めるためだったのか?」
「とりあえず出来るだけ均等にうちの畑にこれを敷いてくれ」
小さな体とはいえ春先からずっと枝葉や草を集め続けていたので、それを全部移動させるには半日近くかかった。
それでも幸運な事に素直で能天気な所が長所のロバートは、俺の言う事を文句も言わずに聞いてくれた。
弟の言う事を聞かないタイプの兄貴なら色々とやばかっただろう。
「まさかとは思うけどこれどうするんだ?」
燃やすと答えると『やっぱり』という反応が返ってくる。
一応それくらいの察しは出来るらしい。
「全部燃えきったら灰ごと耕して種をまく。土も熱で柔らかくなってるし、上手くいけば収穫量は元に戻るよ」
ロバートはうーん、と首をかしげる。
いまいち得心を得ないのだろう。
俺の狙いは畑に木や草を敷いて燃やす事で、疑似的に焼畑農業をやる事にあった。
そもそもこの村の農業生産力の低下には理由がある。
結論から言えば単なる連作障害だ。
この村は地形的に川に沿って作られているのだが、大体平均して二年に一回程度の割合で川の氾濫が起きて村の何割かを飲み込んでしまう。
そのせいで毎年村人の何人かは川に飲まれるという悲劇が起きていたのだが、それと同時に農作により痩せた土地を洗い流すと共に上流から栄養分を持ってくるという役割を果たしていたのだ。
ところが十年ほど前に新しく就任した善良な領主様がそういった悲劇を無くそうと河川整備を精力的に行ってしまい、ここ数年は川の氾濫が起きなくなっていたのだ。
人々はこれで悲劇は無くなると大喜びした。
だがそれまで川の氾濫によって毎回洗われていた土壌がそのままになり、土地はみるみる痩せていった。
そしてとうとう行き着く所まで行ってしまったという訳だ。
地獄への道は善意によって舗装されているとはこういう事をいうのだろう。
生物学の『せ』の字も知らない彼らにとってこれは致命的だった。
これまでこの村人達は連作障害にあった事が無く、そのせいで対処どころか何が起こっているのかすら分からないのだ。
晴れの日がどうとか、雨がどうとかと年長者達が話し合っていたが、正着にたどり着くには長い年月と多くの犠牲が必要になるだろう。
まあ俺自身もプータローをしていた頃に暇つぶしで何故か検索して読んだ農業の歴史をかすかに覚えている程度だが。
そういう意味でも運が良かった。
まあ何とかなるだろう……。
一家の命が掛かっているのだが、どちらにしてもこれ以上はどうしようもない。
農業なんざやった事ないんだから。
それでもロバートは俺の提案を最後まで付き合ってくれた。
ミルキも俺達兄弟のする事を見て驚いていたが、なぜか彼女も何も言わず受け入れてくれた。
後になって考えると凄い事だ。
本当に運が良かったというしかない。
「これをやるとどうなるんだ?」
燃やす事で連作障害物質が分解されて、窒素が増加し……、等々色々あったはずだが、正直あんまり覚え
ていない。
ちゃんと読んでおけば良かったが、しょうがない。
「まあなる様になるさ」
とりあえずお茶を濁しておくとする。
何日も放置して乾燥していた草木は勢いよく燃え広がり、何とも言えない幻想的な光景を作り出す。
ロバートは魔法みたいだとはしゃいでいた。
日が沈んでもまだ火が燻っていたので耕作は明日から始める事にする。
母子三人で何とか田畑を耕し、種を蒔き、来春への希望を残す事が出来た。
それから長い冬が訪れ、そして春の季節が訪れた。
雪が解けて凍った土も柔らかくなり、ようやく人が外でまともに活動する事ができる。
冬の間は水汲みと雪かき以外はひたすら家に籠って寒さと退屈に耐え忍ぶだけの生活だった。
薄暗い家から外に出て明るい空の下でのびのびとするだけで、気持ちが和らいでいくのを感じる。
まあ外に出たところで何もないのだが……。
「おーい、アルー! 麦踏み始めるぞー」
春の陽気を楽しんでいると、ロバートが声を上げる。
新しい人生における労働者人生の始まりの鐘だ。
そうそう、春になって俺にも名前が付いた。
俺の新しい名前はアルファルド。通称アル。
母と兄がいくつか候補を出してきたので、一番しっくりくる名を選んだ。
ミルキが言うにはこの世界では珍しくもないが、よくある名前でもないらしい。
ちなみに苗字は無い。
貴族様や都会に住むそれなりの地位にある人々は持っているらしいが、こんな田舎では苗字を名乗る人間は皆無なんだそうだ。
強いて言うなら『サミールのとこのアルファルド』だろうか?
麦踏みとは春になって出てきた麦の芽を文字通り踏んでいく作業だ。
冬を地中で耐え忍んでいた麦の芽を踏む事で強く育つ、らしい。
新芽も力強く芽吹いている。多分。
効果の程は分からないが去年の秋にやった『なんちゃって焼畑』も見たところ良好? 少なくともマイナスにはなっていない様だ。多分。
それから時間が過ぎ初夏の頃を迎え始めると、目に見えて効果が出てきた。
村人達がしきりに我が家の畑を見に来るのだ。
「ミルキんとこの麦はようなっとるなぁ……」
畑を見た人々は口々にそう言う。
関心や驚き、尊敬の言葉を吐き、同時に自分達の畑の惨状から来る嫉妬や恨みの感情を混ぜてくるのだ。
後になって知った事だが、春先の新芽が出る段階でうちの畑と他の田畑とでは発芽の具合に雲泥の差があったらしい。
それから麦が首を垂れ始め収穫を迎える。
「いやぁ良く実がなったもんだ。大豊作だよ、な! アル」
「こんなに実がなってるなんて初めてだよ」
ロバートもミルキも大喜びで自然と顔が綻んでいて、重労働なはずの麦の刈り込みもさして苦にはなってない様子だ。
俺以外……。
とにもかくにも疑似焼畑も予想以上の成果を上げたといっていい、はず。多分。
そして怒涛の農繁期を過ごす事になる。
「脱穀も終わったし、今年は去年よりいっぱい木や草を集めないとな~」
夏になり忙しさから解放されたロバートはウキウキで俺に言ってきた。
一緒に集めようという事だろうが、残念なお知らせがあります。
「去年と同じ手は使えないよ」
ロバートの顔に『?』だけでなく『!』のマークが点灯する。
「もう一回くらいは出来なくは無いけど、それ以上したら畑が使えなくなる。多分……」
「多分? ならどうしたらいいんだ?」
親愛なる我が兄は疑問を疑問のまま解決する事なく、そのまま納得する。
普通なら変な予言じみた事を言う幼児に不気味がるはずなのだが……。
弟を信用してくれているのは良いが、素直過ぎませんか?
過去の記憶のうろ覚えなのだが、焼き畑を同じ土地で毎年やってしまうと地面が固くなってしまい農地として使い物にならなくなる、だったかな?
まあとにかくリスクは回避するに限るのだ。
今年は今年で別の方策を練ることにする。
「農地を増やす。ついでに大型の家畜も手に入れる。まあこれしか無いでしょう。食料の蓄えは十分に出来たし、一年は色々と冒険できるよ」
「増やすったって、俺たち家族三人じゃこれ以上は仕事を増やせねぇぞ?」
ロバートの意見はもっともなのだが、せっかく食料備蓄という資本があるのにそれを活用しないのは結果的に長期的な生存性を低下させる結果になりかねない。
ここは攻めの投資だ。
「足りないなら増やせばいいんだよ」




