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久矢君と共に

 騎乗停止処分を受けてしまった鴨宮君の代わりにライスフィールドに乗ることになった久矢君は、追い切りで同馬に乗って以降、感慨深い思いに浸っていた。

(僕がかつて乗っていたカヤノキの仔に乗れるとは。しかもその仔がGⅠ馬となり、GⅠレースで乗れるなんて…。本当にこんな巡り合わせってあるんだな…。)

 彼は10年前に自身がカヤノキと出会ってから引退までの間に過ごした日々を思い出さずにはいられなかった。


 最初はこれといった長所もなく、どこを伸ばしていこうか試行錯誤を重ねたこと。

 ひとたたきしないと実力を発揮できない馬であるがために、休み明けは調整目的で乗っていたこと。

 3歳の秋、調教で乗る予定だったが、追い切りの直前で別の人と変わってもらったところ、カヤノキが故障を発生し、同馬が生死の境をさまよったこと。

 自分の身代りになって大けがをした人の看病をしたこと。

 4歳時に全休し、5歳になってようやく復帰をしたカヤノキが死に物狂いになって走ってくれたこと。

 最終的に7歳春まで走り続け、引退して繁殖入りする時には寂しい思いをぐっとこらえながら見送ったこと。


 そして彼はオーストラリアにいる間も、同馬の仔についてチェックをし、ライスフィールドが2歳時にGⅠを含めて重賞を3勝したことを知っていた。

(カヤノキが現役時代からそうだったけれど、あの時から関東勢はすでに低迷していた。僕もその影響でなかなかいい馬に乗れず、勝ち数が伸びなかった。その影響もあって僕は海外に道を求めたりもしたけれど、この馬は関西勢と真っ向勝負を挑んでいって打ち勝ち、関東の星になった。本当にこの馬には頭が下がるよな…。)

 彼は感傷に浸りながらもライスフィールドのビデオを繰り返し確認し、善郎達とも綿密に打ち合わせをし、作戦を練った。


 そしていよいよ安田記念が行われる日がやってきた。

 主な出走馬は次の通りだった。


・シルバーリリー(3枠5番、1番人気、前走:ビクトリアマイル 優勝)

・ライスフィールド(5枠9番、2番人気、前走:天皇賞(春)3着)

・トランクロケット(8枠16番、3番人気、前走:京王杯SC 優勝)

・シルバーサイレンス(7枠15番、4番人気、前走:NHKマイルC 2着、関西馬)

・パーマフロスト(7枠13番、5番人気、外国馬)

・インノケンティウス(4枠7番、6番人気、前走:大阪杯 4着)

・サージングクラウド(6枠11番、7番人気、外国馬)

・ホタルブクロ(2枠4番、8番人気、前走:宝塚記念 競争中止)

・アブソルートゼロ(4枠8番、13番人気、外国馬)


 レースには外国馬3頭、3歳馬1頭(シルバーサイレンス)を含む18頭が出走した。

 人気は僅差ではあるものの関東馬が1、2番人気を占めていた。

 近年ではなかなか見られなかったことだけに、関東の関係者達は何としてもこのレースを取るぞという意気込みだった。

 サージングクラウドは一昨年のジャパンカップで初来日して以降、これが3度目の日本でのGⅠ挑戦だった。

 以前は久矢君が乗っていたが、彼が日本で乗ることが多くなってきたため、前もってオーストラリアのグレース騎手に依頼をしていた。

 ホタルブクロは去年の宝塚記念で競争中止になって以来、11ヶ月ぶりのレースとなった。

 鞍上は本来であれば網走譲騎手だったが、彼がシルバーサイレンスを選んだため、前走の宝塚記念で乗っていた弥富さんが再び乗ることになった。

 ソングオブリベラやパースピレーション、シドニーメルボルン、トランクミラクルらの有力馬は宝塚記念に向かったため、出走メンバーは少し小粒になったが、出走馬の陣営は逆にGⅠを取るチャンスとばかりに意気込んでいた。

(ちなみに天皇賞(春)を回避したトランクゼウスは調子がいまいち上がっていなかったため、このレースも回避し、宝塚記念に照準を合わせていた。)


 各馬が本馬場入場し、ウォーミングアップをしている中、久矢君は再びカヤノキの仔に乗っていることに感激をしていた。

(ライスフィールド。僕は君のお母さんの現役時代の主戦騎手だったんだよ。君のお母さんが調教中に大けがをし、死の淵をさまよいながらも生還を果たしたことも知っているよ。もしあの時、お母さんが生き延びていなかったら、君は生まれなかった。君に言うのも変だけれど、僕は君のお母さんにすごく感謝しているよ。病気で子供が産めない体になりながらも生き延びてくれたカヤノキのためにも、絶対に勝とうな、ライスフィールド。)

 彼は心の中で色々なことを考えながら、気持ちを徐々に高めていった。


 ゲートが開き、レースが始まると、9番のライスフィールドは好スタートを切ることができた。

 そしてアブソルートゼロとインノケンティウスとならんで一気に先頭に立った。

(よし、陣営は先行策を取ると言っていたから、まず出だしはうまくいったぞ。最後の直線は長いけれど、この馬ならきっと行ける。ライスフィールド、絶対に勝つぞ!)

 久矢君は確かな手応えを感じながら向こう正面を走った。

 3頭の後ろにはサージングクラウド、1頭おいてシルバーリリー、さらに1頭おいてトランクロケットとホタルブクロ。

 シルバーサイレンスとパーマフロストは後方から2~3頭目辺りになった。

 ペースはやや早めとなり、全体的に縦長になった。

「姉さん、作戦としてはどうでしょうか?」

 道脇君は少し心配そうに問いかけた。

「思ったよりも前でしたが、好スタートを切った以上、これでいいと思います。あとは並んでいる2頭がどう動いてくるかですね。」

「確かにその2頭の動きは気になりますね。久矢君はどうなんでしょうか?」

「リベラに乗っている時の彼の姿を見る限り、これで動揺する人ではありません。落ち着いて見ることにしましょう。」

「はい、分かりました。」

 彼らが会話をしている間にもレースは進んでいき、ライスフィールドはいつの間にか3番手に後退した。

 先頭はインノケンティウス、2番手は1馬身遅れてアブソルートゼロ。

 サージングクラウドはライスフィールドをまるでマークしているかのように4番手を追従し、中段ではホタルブクロがシルバーリリーとトランクロケットを交わして、徐々に順位を上げてきた。

 シルバーサイレンスとパーマフロストは向こう正面では全く動く気配がなかった。

(ペースが速い以上、先行馬はきっとバテる。このレースはきっと最後の直線勝負になる。前がふさがる可能性はあるが、サイレンスなら一気にゴボウ抜きにできるはずだ。だから4コーナーまではじっと我慢だ。)

 網走騎手はシルバーサイレンスを懸命になだめながらレースを進めていた。

 レースは3コーナーを過ぎ、4コーナーに入った。

 久矢君は遠心力を利用してライスフィールドを外へと誘導していった。

(この調子だ。今の東京競馬場は馬場がかなり荒れている。最後の直線ではきっと多くの騎手が外に持ち出してくるだろう。だったら今のうちに外を走ってやる。)

 彼は前を走る2頭を見ながらコーナーを回っていった。

 やがて場内での歓声も段々大きくなっていき、レースは残り600mを切った。

 ゴールの瞬間に先頭を走っている馬は、好スタートから逃げに近い戦法を選んだ久矢君騎乗のライスフィールドか。

 それとも後方につけてじっくりと脚をため、最後の直線に賭けた網走騎手騎乗の3歳馬シルバーサイレンスか。

 牝馬ながら1番人気に支持され、高松宮記念、ビクトリアマイルに続いてGⅠ3連勝を目指しているシルバーリリーか。

 ファントムブレインを怒涛のGⅠ連勝劇に導いた坂江騎手の乗っているトランクロケットか。

 5番人気ながら外国馬で最も人気を集め、本気で安田記念を勝ちに来ているたパーマフロストか。

 果たして結果は…。


(次号に続く)


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