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3200mの決着

 天皇賞(春)はいよいよ残り300mを残すのみとなった。

 先頭はクリスタルロードで、まだ余力が残っている状態だった。

 鞍上の弥富さんが確かな手応えを感じ取っている中、ソングオブリベラが2番手に上がり、ぐんぐん差を詰めてきた。

(よし。あとはこの馬(クリスタルロード)だけだ。一気に交わすぞ。リベラ!)

 久矢君はムチを入れ、さらに加速をしていった。

「ライスフィールドはまだなの?このままじゃ…。」

「早く内から伸びてきて!ライスフィールド!」

「よほど追い込んでギリギリかもな、これじゃ。」

 蓉子、葉月、太郎は手に汗握りながら、食い入るように同馬を見つめた。

 そのライスフィールドは内ラチから少し離れた所から懸命に追い込みにかけている状況だった。

 真ん中からはライスフィールドに並ぶようにしてパースピレーションが上がってきており、ぐんぐん順位を上げていった。

(パースピレーションは前走で大阪杯を勝っているし、去年の春天も3着とはいえ、その時前にいた馬はファントムブレインとホタルブクロだ。この2頭がいない以上、負けるわけにはいかない。単勝も抜けた1番人気だから、絶対に勝つぞ!)

 網走騎手は鬼のような表情でスパートをかけていた。

 必死に追い込む両馬のすぐ前にはフォークテイオーがおり、十分に先頭をうかがえる状態だった。

 シドニーメルボルンは馬場の良い大外を走っているものの、ペースについていけないのか、それとも距離が長いのか、ライスフィールド、パースピレーションと比べて伸びはいまいち鈍かった。

 トランクミラクルは金杯で久しぶりの勝利を挙げ、日経賞でも2着に好走した勢いでこのレースを勝とうと意気込んでいたものの、GⅠではレベルが高すぎるのか、やはり伸びはいまいちだった。

 残り200m。クリスタルロードの脚色は悪くはなかったが、ソングオブリベラはすぐ後ろにまで迫ってきており、今にも交わされそうな状況だった。

 それから間もなく、ソングオブリベラが横から並びかけ、一気に交わしていった。

(……。悔しいけれど、これまでね。あとは少しでも前の順位でゴールするしか…。)

 真剣に勝利を目指していた弥富さんは、悔しそうな表情をしながらスパートを続けた。

 残り100m。先頭は完全にソングオブリベラだった。

(よし、後は粘り切るだけだ。だがライスフィールドやパースピレーションがこのまま黙っているはずがない。絶対に油断するなよ、リベラ。)

 久矢君は決して手を緩めることなく、スパートを続けた。

 彼の思惑通り、後ろでは内からライスフィールド、外からはパースピレーションが猛然と追い込んできていた。

(あと少しだ。どうにか届いてくれ!最後に伸びてくるあの脚を見せてくれ!頑張れフィールド!)

(ギリギリでも差し切れば勝利だ。菊花賞や大阪杯で見せた末脚を見せろ、パースピレーション!)

 鴨宮君、網走騎手も必死の形相でソングオブリベラを負った。

 先頭はソングオブリベラ。しかし外からパースピレーション、内からライスフィールド。

 いよいよゴール板を迎えようとした時、3頭は内からソングオブリベラ、ライスフィールド、パースピレーションの順でほとんど横並び状態となり、重なるようにしてゴールインしていった。

 3頭がほぼ同時にゴールイン。3200mという長い距離を走り切った末に、勝負は写真判定に委ねられることになった。

 その後はフォークテイオーが4着、トランクミラクルが6着、シドニーメルボルンが7着。

 そして逃げたクリスタルロードは最後の最後でゴボウ抜きにあったことが響いて僅差とはいえ、9着まで順位を下げてしまった。


 着順掲示板の3着のところにはそれから間もなく14の数字が点滅し始め、2着との着差はクビと表示された。

「うーーん、悔しいけれど負けてしまったわね。」

「いいところまで追い上げたんだけれど…。」

「これでまたシンジケートに影響出るだろうな。」

 蓉子、太郎、葉月はライスフィールドがつけているその数字を見て、落胆の表情を浮かべていた。

 一方、善郎達、厩舎の陣営はほとんど誰も言葉を交わそうとはせず、ひたすら悔しさに耐えている状況だった。

 写真判定となっていた1、2着争いは数分後に結果が表示され、人々がドキドキから解放される時がやってきた。

 表示された数字は2、15の順だった。

 結果、1着がソングオブリベラ、2着がパースピレーションということになった。

 2頭の着差はハナ差で、ソングオブリベラはパースピレーションの猛追を16センチメートル振り切る形になった。

 この結果、ソングオブリベラはGⅠ3勝目(去年のジャパンカップ、有馬記念、今年の天皇賞)。現役馬の中では、パースピレーション(一昨年の菊花賞、去年のチャンピオンズカップ、今年の大阪杯)と並んで最多の勝ち数になった。


 その日の夕方、馬運車ではレースを終えたライスフィールドとレインフォレストが会話をしていた。

『レイン、端午Sで6着だったんだって?悔しい結果になってしまったな。』

『うん、そうだけれど、お兄ちゃんの方がもっと悔しかったんじゃない?』

『確かにね。同じ着順でもハナ差、クビ差で、しかもタイム差なしの決着だったから。』

『私としてはリベラさんが勝ってくれてうれしかったけれど、すごく複雑だった。正直、お兄ちゃんにも勝ってほしかったし、それにトレセンに帰ったら、リベラさんに何て言えばいいのか分からないから。』

『リベラのことなら心配するな。何も気にせずに、笑いながら素直に「おめでとう」って言えばいいよ。』

『本当にそれでいいの?』

『リベラの性格なら僕がよく知っているから大丈夫だよ。』

『本当?じゃあ、リベラさんに会ったら、私満面の笑みで「おめでとう」って言うことにするっ!』

『うん、ぜひそうしてくれ。』

 ライスフィールドは開き直れたかのような表情をしながら妹にアドバイスを送った。

 しかし内心では負けた悔しさでいっぱいだった。

(勝ち馬とタイム差なしとはいえ、3着は3着だ。有馬記念でもそうだったけれど、あと少し伸びていれば勝利に手が届いていたはず。それにGⅠの勝利数も僕が2勝なのに対し、リベラが3勝目だ。ついにあいつに抜かれてしまった。今度は何としても勝たなければ…。)

 ソングオブリベラは3歳の時点まではGⅠでの好走こそあるものの重賞未勝利で、ライスフィールドからかなりの遅れを取っていた。

 しかし4歳時に産経大阪杯(当時GⅡ)で待望の重賞初制覇を飾ると、その年の宝塚記念には見向きもせずに札幌記念に向かって重賞2勝目を飾った。

 大レースでの勝ち方を覚えた同馬は、久矢君の好騎乗も手伝っていよいよ能力が花開き、天皇賞(秋)こそ敗れたものの、ジャパンカップから怒涛の如くGⅠでの連勝を重ねた。

 そしてファントムブレインを阻止した自分自身をも超えていくまでの存在になった。

 関東でのトレセンの人達からすれば、去年の秋天、ジャパン、有馬に加え、今年の春天も関東馬が勝ったことで、すっかり逆襲に向けて自信をつけることができた。

 それはライスフィールド自身にとってもうれしいことではあったけれど、自分の称号が1つだけで、あとは全てソングオブリベラによるものだということは悔しいことだった。

(次はどのレースに出ることになるんだろう?安田記念かな?宝塚記念かな?いずれにしても、僕はGⅠを勝たなければ。勝たない勝利数でとリベラに追い付けない。)

 ライスフィールドはトレセンに着くまでの間、ずっと悔しい気持ちを抱えたままだった。

 そしてトレセン到着後、レインフォレストが満面の笑みでソングオブリベラにねぎらいの言葉をかけている姿をじっと見つめていた。


5歳5月の時点におけるライスフィールドの成績

17戦6勝

本賞金:2億950万円

総賞金:5憶870万円


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