ライスフィールドにあこがれた馬
天皇賞(春)の前日、ライスフィールドとレインフォレストはそれぞれ天皇賞(春)と端午Sに出走するために、京都競馬場に向かうことになった。
当初はこの2頭が同じ馬運車に乗る予定となっていたため、レインフォレストは車の前で、兄が来るのを待っていた。
(お兄ちゃん、どうしたんだろう…。こんなに時間にルーズじゃないはずなのに…。)
彼女がそわそわしていると、ふと「レイン。」という声がした。
『あっ、お兄ちゃん。』
そう言って声のした方を向くと、そこにはライスフィールドと共に、もう一頭の馬がいた。
(えっ!?あの馬は!?)
レインフォレストはソングオブリベラを見るなり、途端に顔を赤らめ、顔をそむけてしまった。
『というわけで、リベラ。妹が君の大ファンだって言うから、僕の代わりに馬運車に乗って、色々話をしてやってくれないか?』
『いいのか?っていうか本気だったのかよ、ライス。僕は半分冗談だと思っていたんだけどさあ。』
『実は本気だったんだ。正直、遠い存在のままでいるよりは、こうした方がいいと思って、サプライズを用意することにしたんだ。それに妹は落ち込んでいた僕を元気づけてくれたから、ご褒美も必要だと思っていてさあ。だから、彼女と目いっぱい話をしてくれよ。』
『まあ、君がそう言うのならそうするよ。』
『というわけでレイン。京都競馬場までの間、リベラと会話を楽しんでくれ。』
ライスフィールドはそう言うと、リベラを馬運車のところに向かわせた。
(えっ?ど、どうしよう…。私まだ心の準備が…。それにしてもお兄ちゃん、大スターのリベラさんとすごく親しげに会話をしているし、そんなにすごい馬なの?)
レインフォレストが顔を真っ赤にしたままそう考えていると、ソングオブリベラが彼女のそばにやってきたため、ますます心の中では動揺してしまった。
『じゃあ、お兄さんに代わってよろしく。レインフォレスト。』
『えっ?あの、え…、あっ、は、はい…。』
『そんなに緊張しなくてもいいよ。お兄さんと一緒にいる時のように振る舞ってくれ。』
『そ、そんなこと言われても…。』
そうしているうちに、レインフォレストの目からは涙があふれてきた。
『おい、ライス。泣かせちゃったよ。どうしよう?』
ソングオブリベラは動揺しながらライスフィールドの方を見た。
『アハハハハ。最高、この光景。』
『お前なあ、趣味悪いぞ。何とかしてくれよ。』
『まあ、しばらくすれば気持ちも落ち着くよ。君は冷静に対処してくれ。』
『あい、分かった。』
ライスフィールドはソングオブリベラに対し、あくまでも冷静にアドバイスをした。
そしてリベラとレインフォレストが同じ馬運車に乗り込むのを見届けた後、自分が乗る馬運車へと向かっていった。
トレセンを出発した後も、レインフォレストの動揺はまだしばらくの間、おさまっていなかった。
ようやく気持ちも落ち着き、冷静に会話ができるようになったのは、馬運車が中央道に入ってからだった。
『あの、リベラさん…。さっきまでは動揺してばかりで…、本当にすみませんでした。』
『大丈夫。君が僕にそこまで注目していてくれたというのが分かったから、僕としてはうれしいよ。』
『そうだったんですか。ありがとうございます。それにしても、リベラさんって、あの…、すごいんですね。』
『何がだい?僕がジャパンカップと有馬記念を勝ったことがかい?』
『それも、そうなんですけれど、あの…、お兄ちゃんと知り合いだったことが。お兄ちゃんとリベラさん、何だかすごく親しげに話しているし。』
『まあ、実際親友同士なんだけれどね。』
『えっ!?本当に親友なんですか?』
『正確に言うと、親友であり、そしてライバル同士といったところかな。もっとも、これは僕が大レースを勝った今だからこそ、そう言えるんだけれどね。ちなみに僕達はトランクミラクルやシドニーメルボルンとも親友同士なんだ。』
ソングオブリベラはそれに続いて、これまでのライスフィールドとのエピソードについて色々話した。
2歳時に同じ新馬戦でデビューしたこと。
その時、視線に入った馬を見て(あいつ小さな馬だな。)と思ったこと。
しかしレースではその体のどこにそんな瞬発力が、と言いたくなる程の俊足ぶりを発揮して勝利を収めたこと。
その後、ライスフィールドは関西の有力馬であるトランクゼウス、フシチョウ、トゥーオブアスを次々となぎ倒してGⅢ、GⅡ、GⅠを勝ち、関東の星と言われる存在になったこと。
一方、自分はどうにか未勝利を脱出しただけの存在で、しかも関西勢の勢いに押されて愕然としてしまい、ライスフィールドが雲の上の存在になってしまったこと。
3歳時。自分は皐月賞で16番人気ながら2着に激走し、一気にオープン入りして知名度を上げながらも、オープン馬の壁にぶつかり、ライスフィールド同様、自分ももがき苦しんだこと。
このままでは自分の未来が危ない。何とかして大レースを勝ち、ライスフィールドのような存在になりたいとひたすら思い続けたこと。
その一心で3歳秋に思い切ってライスフィールドに近づいて会話をし、やがて色々な情報を交換してきたこと。
その後、ライスフィールドと一緒に出走した産経大阪杯でついに重賞初制覇を飾り、目標としていた馬に近づけたこと。
さらには自身がジャパンカップを勝ってGⅠ馬になってからは、ライスフィールドが真の関東馬のライバルと認める存在になったということを打ち明けた。
『お兄ちゃんとリベラさんってそんなすごい関係だったんですね。』
『今では確かにそうなんだけれど、本音を言うと僕は今でもライスには頭が上がらない存在なんだ。』
『えっ?こんなにスターホースになったリベラさんがですか?』
『ああ。ライスフィールドは2歳時から関東の期待を背負い、ずっとプレッシャーと闘いながら頑張っているからね。それに彼は長いトンネルを彷徨った結果、応援していた馬達からもそっぽを向かれ、もう無理なんじゃないと口々に言われながらも劇的に復活し、時の最強馬であるファントムブレインを倒した。その姿と比べれば、僕なんかまだまだだよ。』
『そんなことないです。謙遜しないでください。私はリベラさんのこと、心から尊敬していますし、本当に大ファンなんです!だから、天皇賞、頑張ってください。応援していますっ!』
『ありがとう、レインフォレスト。絶対に勝つつもりで頑張るよ。だから君も端午S、頑張ってくれよ。』
『はいっ!リベラさんとお兄ちゃんにいい報告ができるように頑張りますっ!』
いつしかソングオブリベラに臆せずに会話ができるようになったレインフォレストは、元気よく返事をした。
『ところで君は天皇賞(春)では、僕とライスフィールドのどちらに勝ってほしいと思っているんだい?』
ソングオブリベラはそう言いながらレインフォレストをいじり出した。
『えっ?あ、あの…。ど、どっちも勝ってほしいです…。お兄ちゃんが頑張っている姿はよく見ているから勝ってほしいけれど、リベラさんは心から応援している大ファンですから、やっぱり勝ってほしいですし、えっと、えっと…。同着になってほしいです。』
『そうか。それもいいだろう。でも僕は全力を出し切って、このレースに勝つつもりだ。君の前で言ってしまうのはある意味申し訳ないが、ライスフィールドは必ず倒す。そして僕が天皇賞のタイトルを取り、君のお兄さんが2着になれば、僕に取って最高の結果だと思っている。』
ソングオブリベラはそれまでの表情とは一転し、闘志をむき出しにしてそう誓った。
その迫力に圧倒されたのか、レインフォレストはビクッとして首を上げた。
『おっと、すまない。驚かせちゃったね。でも今頃はライスフィールドも絶対に勝つという熱い闘志をたぎらせているだろう。』
『うん、多分。お兄ちゃん、去年の秋天の時にはまるで猛獣のような目つきだったから。』
『そうだろう。その燃える思いを、僕は君のお兄さんから学ばせてもらったよ。そしてその思いをレースにぶつけ、春の天皇賞を勝つつもりだ。君もそれくらいの闘志を持ってくれよ。』
『えっ?は、はい…。』
レインフォレストはその気迫に圧倒されながらも、どうにか言い切った。
それから2時間後、馬運車はいよいよ京都競馬場に到着した。
(私も頑張ろう。リベラさんは近寄りがたくなる程のオーラを漂わせていたけれど、お兄ちゃんだってきっとそうしているはず。だったら私もそれくらいの闘志を持たなければ。そしてリベラさんに今まで以上に近づいていけるように頑張ってレースを勝とう。)
レインフォレストはそう思いながら、ソングオブリベラや天皇賞(秋)の時のようなライスフィールドの姿を真似るように、闘志をたぎらせ始めた。
果たしてレインフォレストは端午Sを勝つことができるのだろうか。
そしてその直後に行われる天皇賞(春)で勝つ馬は、ライスフィールドなのか。ソングオブリベラなのか。それとも…。




