11月
蓉子達がライスフィールドを種牡馬にするための道を模索する中、オーストラリアではGⅠメルボルンカップ(芝3200m)が行われた。
出走馬はフルゲートの24頭となったが、日本からの出走馬はいなかった。
そのレースには久矢君が現地の馬であるセットメルベイユ(メス、Sept Merveilles)に乗って登場した。
(※Septはフランス語で「7」、Merveilleはフランス語で「不思議、素晴らしい物または人」という意味です。Les sept merveilles du mondeで「世界の七不思議」という意味になります。)
オーストラリア、特にメルボルン大都市圏がこのレースに注目し、大盛り上がりを見せる中、久矢君は中段でレースを進めた。
最後の直線では大外に持ち出して一気にスパートし、前にいた馬達をゴボウ抜きしていった。
そしてゴール直前で先頭に立ち、見事に1着でゴールインした。
日本馬がいなかったことで、日本ではあまり報道されていなかったが、久矢君がこのレースを勝ったことは日本国内で一斉に報道された。
ニュースでは久矢君が満面の笑みを浮かべながら英語でインタビューに応じる姿が映し出され、キャスター達も満面の笑みを浮かべていた。
この快挙には、久矢君の並々ならぬ決意が隠されていた。
実は彼には天皇賞(秋)でソングオブリベラに乗ってほしいというオファーが来ていた。
しかし「メルボルンカップは今年が最後のチャンスかもしれないし、どうしても勝ちたいレースなので、そちらの準備に専念させてほしい。」という理由でオーストラリアにとどまり続けていた。
結局天皇賞(秋)では逗子一弥騎手がソングオブリベラに乗ることになり、せっかく手にしたお手馬を取られる形になった。
久矢君にとってメルボルンカップのために引き換えにしたものは決して小さくなかったため、どうしても負けられない気持ちだった。
それだけにこの勝利は格別なものだった。
翌日、久矢君のもとにはジャパンカップにはソングオブリベラに乗ってほしいというオファーが届いた。
彼はリベラを完全に手放す覚悟でいたが、メルボルンカップ制覇という偉業が認められて、調教師から再度オファーをもらうことができた。
「ぜひお願いします。本当にありがとうございます!」
久矢君は二つ返事でそれを受け入れ、ジャパンカップに向けて新たな闘志を燃やし始めた。
メルボルンカップでの感動が過ぎ去った後も、日本では秋のGⅠ戦線が進んでいき、マイルCSにはストアーキーパーは求次の言ったとおりに出走してきた。
しかし距離が長いのか、それとも天皇賞(秋)から中2週で出したことが響いたのか、8着に敗れてしまった。
(うーーん、この馬は確かにスプリンターで、1600m以上は長いのかもしれない。求次さんは今頃頭の痛い思いをしているでしょうけれど、この実績ではそうやすやすとクォーツクリスタルの相手に選ぶことはできないわね。)
蓉子は厳しい表情をしながらテレビを見つめていた。
その1週間後、東京競馬場ではジャパンカップが行われた。
ライスフィールドは当初からこのレースを回避。さらにはファントムブレインも、前走で連勝を阻止されたことを受けて、引退レースとなる有馬記念に全てを出し切ることにしたため、回避となった。
さらにトランクロケットは先週のマイルCSに出走し(結果は2着)、パースピレーションは翌週のチャンピオンズカップへの出走を表明したため、このレースには不出走だった。
他に、トランクミラクルは前走(秋天)の惨敗を受けてGⅠ戦線からは手を引くことにしたため、不出走になるなど、結果的に日本馬はやや小粒な印象となった。
一方、外国勢は海外の有名なGⅠを制した馬達を次々と出してきたため、人気はそちらの方に集中した。
レース前のオッズでは1、2番人気が外国馬となり、日本馬での人気最上位は3歳のフォークテイオー(オス、Folk Teio、関西馬)で、3番人気だった。
その次に人気を集めた日本馬はトランクゼウス(5番人気)だった。
そんな中、勝ったのはこのレースのために帰国してきた久矢君騎乗のソングオブリベラ(6番人気)だった。
(フォークテイオーは2着、トランクゼウスは5着。)
この馬はライスフィールドと同じ新馬戦でデビューし、皐月賞、日本ダービーにも出走していたが、目立った成績を残していたわけではなかった。
さらにこれまでの獲得タイトルも今年の産経大阪杯、札幌記念の2つしかなく、4着になった今年の天皇賞(秋)でも、その走りがどこかフロック視されていたため、それ程注目を集めていたわけではなかった。
しかし鞍上の久矢君は勝利ジョッキーインタビューで
「この馬は晩成型で、才能が開花するのに時間はかかりましたが、やっとブレイクする時がやってきました。この調子なら、有馬記念もきっと勝てると思います。ですからファンの皆さん、この馬に投票をして、是非ファン投票で選出させてください。お願いします!」
と、勝つべくして勝ったように言い切っていた。
(ファントムブレインを倒したと思ったら、今度はソングオブリベラが出てきたか。しかも鞍上の久矢君は、世界の一流ジョッキーと張り合ってきたから、その点でも厄介だな。それにフォークテイオーも負けはしたけれど、確かな手応えを感じさせる走りだった。鞍上もベニー・ベラクア騎手だし、この馬も強敵だ。)
善郎はテレビを見ながら渋い表情を浮かべていた。
このまま行けば間違いなくライスフィールドは有馬記念でソングオブリベラやフォークテイオーと直接対決をすることになる。
さらに引退レースとなるファントムブレインもそのレースで全てを出し切ってくる。
そしてジャパンカップ不出走のトランクロケット、パースピレーションも有馬記念を目指してくる。
ライバルは多いが逃げるわけにはいかない。
これらの馬達を倒さなければ、種牡馬への道を懸命に模索している野々森牧場に明るい未来は訪れない。
蓉子さん達のためにも絶対に勝つ。
善郎はリモコンでテレビのスイッチを切ると「よし、やるぞ!」と気合を入れて部屋を後にしていった。
決戦の時まであと4週間。




