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種牡馬への道

 ライスフィールドがGⅠ2勝目を挙げたことを受けて、野々森牧場の陣営は同馬を種牡馬にしたいという願望を持つようになった。

 蓉子、葉月、太郎、ジャンを始めとする陣営はこの馬の血統について色々と調べ、相性がよさそうな血統を持つ牝馬について情報収集を行った。

 その結果、まず今年の高松宮記念を勝ったストアーキーパーの母サンフラワーが候補に挙がった。

 同馬はすでに12歳となっていたが、所有している木野牧場はまだ繁殖牝馬を継続するという意向だという情報をつかんだため、蓉子は早速連絡を取り、交渉の日時を決めた。


 後日、木野牧場にやってきた蓉子は、求次の妻である笑美子が出してくれたお茶を飲みながら、求次と交渉にあたった。

「求次さん、いかがでしょう?ライスフィールドと年齢差はありますが、血統としてはいいと思います。ですからうちの馬を候補として考えていただけないでしょうか?」

「そうですね。確かに悪くはないと思います。ですが、サンフラワーはGⅠ馬の母となったわけですから他の陣営からも色々と依頼は来ています。こちらとしてはその中から1頭を選ぶわけですから、まずこの馬についても色々知っておきたいのですが、よろしいですか?」

「はい。木野さんはこの馬のどういったことを知りたいと思っていますか?」

「まず、ライスフィールドの今後について知りたいのですが、この馬はこの後ジャパンカップに向かうつもりなのでしょうか?」

「村重先生だったら、それには向かわずに有馬記念を目指すと思います。」

「それはなぜでしょうか?」

「えっと…。」

 蓉子は正直にその理由を言った方がいいのか迷ってしまい、一瞬言葉に詰まってしまった。

「何か機密事項でもあるのですか?」

「その…、あまり表には出したくないことなので、ここだけの話にしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。では誰にも言わないことにします。」

 求次の同意を得たことを受けて、蓉子はライスフィールドはレースを使った後の反動が大きく、体力の回復が遅いため、中3週でレースが使えないこと。3歳時に右前脚を2度にわたって痛め、それ以降脚の不安が付きまとっているなどを挙げた。

「そういうわけです。このようなことを言ったら、マイナス要素になりそうでしたから、できるだけ表には出したくなかったのですが…。」

「大丈夫です。マイナス要素のない馬なんてこの世にはいません。うちが輩出した馬でも、トランクバークは気性難でブリンカーが欠かせませんでしたし、インビジブルマンは長い間屈腱炎との闘いを余儀なくされました。」

 求次はさらに、ストアーキーパーはこれまで短距離のレースしか実績がないため、種牡馬にしたくても交渉が難航していることを打ち明けてくれた。

「僕としては1200~1400mだけでなく、せめて1600m。できることなら1800~2000mのレースで実績が欲しいと思っているんです。先日の天皇賞(秋)に出したのもそれを踏まえてこちらから要望したことです。距離の幅が利かなければこちらが納得できる種付け料は設定できませんし、牝馬が集まらないことが予想されます。ですから、野々森さんが悩む気持ちはよく分かります。」

「そうですか。そちらも大変なんですね。」

「はい。ですからこちらも必死なんです。」

 求次は自分達の置かれた状況について話した後、ストアーキーパーはこれからマイルCSに出る予定であること。そのレースを勝って、種牡馬としての明るい未来を切り開きたいということを打ち明けた。

 それと照らし合わせて、ライスフィールドには是非とも有馬記念を勝ってもらい、ちまたでは漁夫の利だと言われている天皇賞(秋)での勝利がフロックではないことを証明してほしいということを伝えてきた。

 求次はライスフィールドの交渉を終えると、今度は笑美子に頼んでストアーキーパーの血統表を持ってきてもらい、今度は蓉子に野々森牧場にいる繁殖牝馬を候補にできないか交渉をお願いしてきた。

 結果、クォーツクリスタルであれば相性は悪くないということが判明した。

「では、私は今度のマイルCSでストアーキーパーが勝ってくれることを期待することにします。お互いGⅠ馬を所有し、種牡馬にするための道を模索している身ですから、お互い頑張りましょう。」

「はい。こちらこそ。」

 求次と蓉子は交渉を終えるとお互い深々とお辞儀をした。

 その日の夜、蓉子は木野さんの家で食事をごちそうしてもらい、翌日に飛行機で北海道へと戻っていった。


 一方、村重厩舎の陣営は、天皇賞(秋)の後、取材が殺到するようになった。

 善郎、道脇君、鴨宮君をはじめとする厩舎の人達は、朝日杯やオールカマーなどで取材を経験しているだけに、ある程度雰囲気にも慣れていた。

 ちなみにアキは朝日杯の時点でまだ採用前で、ライスフィールドの勝利に関してはオールカマーしか経験していないものの、前の厩舎で大レース制覇を経験しているため、やはり冷静だった。

 なお、紅君は朝日杯の時にはまだ厩舎におらず、オールカマーの時には入院中だったため、このような取材は初めてだった。

 そのため、彼だけは緊張であがってしまっていた。

 そんな中で、インタビュアーが陣営に

「ライスフィールドは去年の天皇賞(秋)で2着、今年は見事に優勝したわけですが、なぜ秋天で好走するのですか?」

 と問いかけてきた時、道脇君はアキや紅君の前で笑いながら

「アキ姉さんが厩舎にいるからじゃないですか?」

 と冗談っぽく答えた。

 それを聞いて皆は一斉に笑いだし、それを聞いて紅君の緊張も一気に解けた。

 その後、インタビュアーは少しいたずらっぽい表情で

「秋の天皇賞はライスフィールドの漁夫の利だという声があちこちで上がっていますが、それについてはどう考えていますか?」

 という質問をしてきた。

 それについて、善郎や紅君達はどう言えばいいのか分からず、返答に困ってしまった。

 そんな中、アキは彼らに代わって質問に答えることにした。

「それについてはそちらの考え方にお任せします。とにかくこれは過ぎたことですし、私達はレース翌日からもう次走に向けて動き出しています。そしてもう一度ファントムブレインを倒します。」

 そんなアキの堂々とした姿勢にインタビュアーはそれ以上ライスフィールドについて聞こうとはしなくなった。

 その後、彼は最後に「紅寿稀君はどのような目標をお持ちですか?」と問いかけてきた。

 その質問に対し、紅君はアキを真似たように堂々とした口調で

「僕が担当しているライスフィールドの妹、レインフォレストを重賞勝ち馬にし、さらにはGⅠ馬にしてみせます!」

 と言い切った。

 それを聞いた善郎達は初めてそのことを聞いたにもかかわらず、彼に向って堂々と拍手をした。

 インタビュアーの人はそれを聞いて、厩舎の雰囲気がすこぶる明るいことを感じ取ることができた。

 さらには、この厩舎には上下関係が排除されており、皆が気持ちを共有し、誇りを持って仕事をしていることも感じ取ることができた。

 後日掲載された記事には、「村重厩舎には他の厩舎にはない明るさ、気兼ねなさ、そして高い志がある。」と結論付けられていた。

 だが、秋の天皇賞に関する記述はなく、しかも彼はライスフィールドの勝利をいかにも漁夫の利だと言いたげな態度を見せていたため、 善郎、道脇君、鴨宮君、紅君は厳しい表情で記事を見ていた。

「なんだよもう。これじゃせっかく勝ったことが過小評価されてしまうじゃないか。」

「せめて、実力でファントムブレインを倒したと解釈してほしかったですね。」

「これではライスフィールドの種牡馬入りにも影響が出そうですね。果たして牝馬が集まるかどうか。」

「ですね。今頃野々森さん達はそのことで不安に感じているんじゃないでしょうかね。」

 そんな文句を聞いても、アキだけは至って冷静だった。

「そう言いたいのであれば言わせておきなさい。その方が次走でも漁夫の利を狙いやすくなり、作戦の選択肢も広がります。作戦を2回成功させれば、さすがにそのような声もおさまっていくでしょう。」

 天皇賞(秋)での作戦を考えた張本人が言ったことだけに、それは説得力があった。

「そうだ。とにかく次走の有馬記念、漁夫の利だろうと絶対に勝ってやる。」

「ですね。勝負の世界では勝つことが全てですから。」

「そして種牡馬への道をアシストしたいですね。」

「そのために僕はライスフィールドをきっちりと仕上げてみせます。」

 善郎、紅君、道脇君、鴨宮君もアキの発言を受けて、心に火がついた。

 目指すは有馬記念制覇。そしてライスフィールドの種牡馬入りをアシストすること。

 その決戦の時まで、あと6週間。


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