復帰戦
ライスフィールドが復帰に向けて調整をしている中、皐月賞には18頭の馬達が集まった。
1番人気になったトランクゼウスを管理している稚内平調教師は、闘志をメラメラと燃やしていた。
(ライスフィールドがいない以上、ファンの人達はこのレースを勝っても、最強とは認めてくれないだろう。だが、どんなことがあってもこのレースを勝たねば。勝った上で、日本ダービーで直接対決だ。)
このことはトランクゼウスに騎乗する逗子一弥騎手もひしひしと感じ取っていた。
その気持ちはフシチョウやトゥーオブアス、シリコンヒルなど、2歳時から実力を発揮していた馬達の陣営を同じだった。
また、3歳になってから頭角を現してきたグレイトエスケープ(英語表記:Great Escape)やシドニーメルボルン(英語表記:Sydney Melbourne)の陣営は、上記の有力馬をいかに崩すか、念入りに作戦を練っていた。
人気はトランクゼウスが頭一つ抜け出しており、単勝2.8倍。2番人気はフシチョウが単勝5.2倍、それ以降は単勝7~12倍の間に4頭が集中していた。
レースはフシチョウが17頭を従える状況になり、グレイトエスケープは4番手辺り、それ以外の有力馬は後方に控える形になった。
最後の直線。外に持ち出したトランクゼウスは猛烈な追い上げを見せて他馬をゴボウ抜きにしていき、見事に1着を勝ち取った。
2着は抽選でどうにか出走にこぎつけた16番人気のソングオブリベラが飛び込み、グレイトエスケープが3着、シドニーメルボルンが4着になって、日本ダービーへの優先出走権を獲得した。
(フシチョウは9着、トゥーオブアスは5着、シリコンヒルは10着だった。)
逗子騎手は「やっとGⅠを勝つことができました。最高にうれしいです!夢がかないました!」と、飛び上がって喜んでいた。
一方、厩舎の稚内調教師や関係者の人達は勝った直後こそ大喜びしていたが、インタビューの時にはすっかり兜の緒を引き締めていた。
「勝ったことはうれしいですが、まだあの馬への挑戦権を獲得しただけです。」(稚内調教師)
「現段階ではトランクゼウスはまだ最強と言える存在ではありません。」(厩務員さん)
「恐らくあの馬はダービーに合せてくるでしょう。そこで絶対に勝ってみせます。」(馬主さん)
あの馬とは言うまでもなく、京王杯2歳Sと朝日杯FSで負けているライスフィールドのことだった。
(相当意識しているな。だが、こっちだって大勢の人達の期待を背負っているんだ。負けるものか。)
善郎はそのコメントを聞いて一段と気合を入れた。
それから3週間後。ライスフィールドはNHKマイルC(GⅠ、東京、芝1600m)で復帰することになった。
皐月賞を勝ったトランクゼウスや、日本ダービーの優先出走権を獲得したソングオブリベラ、シドニーメルボルンはこのレースに見向きもせず、ダービーへと直行することになった。
一方で、グレイトエスケープは権利を確保しているにも関わらず、このレースに出走を表明してきた。
(陣営の話では、グレイトエスケープはタフな馬なので、NHKを使っても十分にダービーにも出せると判断していた。)
レース当日。この日は前日の雨の影響で馬場状態は良くなかった。
天気は朝にはすっかり回復したが、午前中の馬場状態は不良。午後になってから重に回復したものの、結局その状態のままNHKマイルCを迎えることになった。
レースはフシチョウやシリコンヒル、トランクミラクル。さらには牝馬のソルジャーズレストなどが集結し、全部で18頭の顔触れになった。
1番人気は7枠14番のライスフィールドで、単勝は皐月賞のトランクゼウスと同じ2.8倍。
以降、ソルジャーズレスト、グレイトエスケープ、シリコンヒル、フシチョウと人気は続いていた。
「休み明けとはいえ、1番人気ですか。やっぱりライスフィールドは凄いですね。」
「それだけ2歳時の強さがファンの人達の脳裏に焼き付いているんでしょう。」
「とにかく、今日は何としても勝って、ダービーに向けて勢いをつけたいですね。」
「はい。勝った上で、ダービーではトランクゼウスの挑戦を堂々と受けて立ちたいです。」
善郎、道脇君、アキ、紅君は会話をしながら、このレースに向けて並々ならぬ決意を燃やしていた。
一方で、野々森牧場の蓉子、葉月、太郎は緊張のあまり何も言えないまま、ただ善郎達をじっと見つめていた。
そしていよいよ発走時間。各馬は次々とゲートに入り、ライスフィールドは最後から3番目に納まった。
最後に18番のグレイトエスケープが納まると、ついにNHKマイルCの火ぶたが切って落とされた。
そして次の瞬間、アナウンサーは大声で叫んだ。
『あーーっと!ライスフィールドが出遅れた!』
すると、東京競馬場に集まっていた大勢の人達も一斉に悲鳴に似た声をあげた。
「うわあーーっ!こんな大舞台でやってしまったか!」
善郎はそう叫びながら思わず頭を抱えた。
「村重先生、まだ始まったばかりです。あきらめてはいけません。」
「坂江さんならきっと遅れを取り返してくれるはずです。」
「最後の直線でゴボウ抜きをやって、優勝してくれますよ。」
蓉子、葉月、太郎はショックを受けながらも、すぐに冷静さを取り戻し、善郎に向って言い切った。
なお、ライスフィールドの陰に隠れて目立たなかったが、実は2番人気のソルジャーズレストも出遅れたため、会場にはそちらの意味で悲鳴を上げた人達もいた。
レースはフシチョウが皐月賞に続いて先頭に立ち、レースを引っ張った。
前走で先行策をとったグレイトエスケープは大外枠ということもあってか今回は後ろに控え、一方でシリコンヒルは逆に先行策を取ってきた。
『ライスフィールドは3コーナーを回ってもまだ最後方。すぐその前にはソルジャーズレスト。まだ仕掛けません。』
『先頭はフシチョウ。リードは2馬身。グレイトエスケープが上がっていく。4コーナーでソルジャーズレストは外に持ち出そうとしている。』
『トランクミラクルが上がっていく。各馬いよいよスパートをしてきた。』
アナウンサーが解説をしているうちに、いよいよレースは最後の直線の攻防になった。
「フィールド!上がれ!後方一気の競馬を見せてくれ!」
善郎はまだ後ろから3頭目あたりにいるライスフィールドと坂江騎手に向かって、懸命に叫んだ。
先頭はまだフシチョウ。シリコンヒルは2番手に上がり、すぐ後ろにはグレイトエスケープ。トランクミラクルも頑張っている。
そんな中、ライスフィールドの陣営達の目線は、先頭争いをしている馬達の後方に向けられていた。
(順位こそ上げているけれど、まだあの位置にいる…。でも坂江さんなら何かマジックを見せてくれるかもしれない。)
蓉子はまだ中段辺りにいるライスフィールドが猛烈な直線一気を見せてくれることを懸命に期待していた。
『先頭はフシチョウ!逃げ切れるか!?外からソルジャーズレスト!』
『ライスフィールドは苦しいか!?ライスフィールド、これはもう無理!』
『フシチョウとソルジャーズレスト並ぶようにゴールイーーン!!』
アナウンサーの絶叫と共に、2頭はほぼ同時にゴールラインを駆け抜けた。
一方、追い込みに賭けたライスフィールドは重馬場が影響したのかいまいち伸びきれず、先頭には届かなかった。
レースは5番人気のフシチョウが1600mを逃げ切って優勝し、2番人気のソルジャーズレストがクビ差で2着に入った。
3着は3番人気のグレイトエスケープ。4番人気のシリコンヒルは6着。そして1番人気のライスフィールドは7着に沈んでしまった。
(トランクミラクルは9着。)
「坂江さん。敗因はやっぱり出遅れたことと、休み明けだったということなんでしょうか?」
「その可能性は確かにあります。でもそれらを踏まえた上で最善を尽くした上での結果ですから、言い訳にはなりません。とにかく最後の直線ではちょっと伸びが鈍かったですね。」
「そうですか。でもとにかく、このレースはダービーに向けてのステップレースになったと考えることにしましょう。」
「分かりました。」
善郎と坂江騎手は引き上げ場で悔しい気持ちをぐっとこらえながら意見を交換した。
そして善郎は坂江騎手が検量室へと向かっていくのを見届けた後、肩を落としながらライスフィールドをねぎらった。
ただでさえ落ち込んでいる彼や厩舎のメンバー達、そして野々森牧場のメンバーには、1番人気を裏切られたファンの声が容赦なく突き刺さった。
しかし振り向いて何か言い返すわけにもいかず、彼らはただじっとヤジに耐えるしかなかった。
「これがGⅠのプレッシャーというものなんですね。」
「すごい雰囲気。果たしてこれから耐えられるかしら。」
蓉子と葉月は今後に対する不安や恐怖を感じずにはいられなかった。
それでも次のレースである日本ダービーまで、時間は待ってくれない。
このレースでは皐月賞を勝ってGⅠタイトルを獲得し、雪辱に燃えるトランクゼウスが向かってくる。
果たしてそれをはねのけることができるのだろうか…。
運命のレースは3週間後に迫っていた。
3歳5月の時点におけるライスフィールドの成績
6戦4勝
本賞金:7200万円
総賞金:1憶4600万円




