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新潟へ

 8月。村重厩舎ではライスフィールドが新潟2歳S(GⅢ、芝1600m)に向けて入念に調整が行われていた。

 他にもオーバーアゲインは障害の重賞、ユーアーザギターは次走の500万下、ライスパディーはデビューに向けての調整が進められていた。

 オーバーアゲインを担当し、厩舎のメンバーで唯一障害の調教ができる道脇君は、調教の結果を詳しく善郎に報告した。

「ヨシさん、オーバーアゲインなんですが、どうもいいタイムが出ません。これでは目標としていたレースは回避するしかないかもしれません。」

「そうだな。この馬はもう10歳だし、なかなか仕上がりにくくなってきたな。」

「そろそろ潮時が近づいているんでしょうか?」

「かもしれんが、夏バテという可能性もある。僕としては涼しくなればタイムも伸びると思っている。そうなれば9月にレースに出せるのだが。」

「今は我慢の時ですね。」

「だろうな。ミチにとっても我慢の時だと思うが、せめて調子は維持してほしい。」

「はい、分かりました。」

 オーバーアゲインは今年の5月にレースに出た後、ずっと厩舎での調整が続いていた。

 しかし放牧に出してしまうとまた1から調整し直さなければならないため、2人はもどかしさを抱えずにはいられなかった。

 夏の暑さの影響はライスフィールドやライスパディーにも出ていた。

 鴨宮君と善郎はこの2頭の調子について話し合いを重ねた。

「ヨシさん、ライスフィールドとライスパディー、ちょっと夏バテみたいですね。」

「かもしれないな。この2頭は黒鹿毛だから熱を吸収するだろうし。」

「レースどうしましょう?」

「ライスパディーは涼しくなってから中山でデビューさせた方がいいかもしれないな。」

「ライスフィールドはどうしましょう?目標は新潟2歳Sですが、涼しい北海道に移動して札幌2歳Sに出しますか?」

「そこが難しいところだな。2度も北海道まで長距離輸送はさせたくないし、それに…。」

「それに、何ですか?ヨシさん。」

「うちはスタッフが少ないから北海道に滞在させるとこちらの人数が足りなくなる。結局直前まで美浦で調整し、レース直前に移動するしかないだろうな。」

「痛いですね、それは…。」

「確かにな。」

 2人は話し合いを重ねた結果、ライスパディーのデビューを先送りにした。

 一方でライスフィールドはちょっと夏バテの影響こそあるものの、当初の予定通り新潟2歳Sに出すことになった。


 新潟2歳S前日、ライスフィールドは前走と同じくユーアーザギターと同じ馬運車で一緒に競馬場に向かっていった。

 レース当日。この日は雨が降っており、馬場は重だった。

 そのせいで客足はいまいちで、運営する側にとっては頭の痛い状況だったが、暑さが和らいだため、ライスフィールドにとってはある意味好都合と言えた。

 そんな状況の中で、まずユーアーザギターが7レースの3歳以上500万下(芝1800m)に出走した。

 人気は11頭立ての7番人気で、鞍上の鴨宮君は好スタートを切るとユーアーザギターを中段につけ、じっくりと機会を伺った。

 そして最後の長い直線に差し掛かると一気に仕掛け、差し切る手に打って出た。

 だが、残り150mで馬がバテ始めると、そこからどんどん順位を落としてしまい、9着に終わった。

「ヨシさん、やるだけはやったんですが、結果を出すことができませんでした。すみません。」

「あやまる必要はない。展開も悪くなかったし、馬の実力も出した。落ち込むな。次のレースに向けて切り替えてくれ。」

 善郎は頭を下げる鴨宮君に対し、一切叱るようなことは言わなかった。


 そしていよいよ本日の新潟のメインレース、新潟2歳Sの発走時間が近づいてきた。

 このレースは事前に回避馬が相次ぎ、有力馬が小倉2歳Sや札幌2歳Sに向かったため、9頭立てと寂しい顔ぶれとなってしまった。

 8枠9番のライスフィールドは当初、単勝2倍台前半だったが、馬体重が396kg(前走よりマイナス6kg)と発表されると、それ以降は倍率が上がっていってしまった。

 そして最終的に単勝2.7倍となったが、それでも1番人気だった。

(大丈夫だ。落ち着け!僕ならできる。絶対できる!重賞で1番人気は名誉なことなんだ。絶対に勝つぞ!前走では余裕で勝てたんだ。今回も勝つぞ!)

 鴨宮君は緊張を振り払おうと懸命に自分を奮い立たせながら、まわりに悟られないように振る舞った。


 雨は相変わらず降り続き、馬場が不良に変わってしまった状況の中、いよいよ発走時間がやってきた。

 鴨宮君は最後にライスフィールドをゲートに誘導していった。

 そしてゲートが開くと、ライスフィールドは好スタートを切ることができた。

 他の有力馬では2番人気の3枠3番フシチョウも好スタートを切り、ライスフィールドと並んで先頭に立った。

 3番人気の1枠1番ソルジャーズレスト(英語表記:Soldier's Rest)は中段に控え、デビュー戦で一緒に走った6枠6番のソングオブリベラ(7番人気)も中段につけた。

 向こう正面を走る間、ライスフィールドとフシチョウはまるで張り合っているかのように並んで先頭を走り続けていた。

(うーーん、ちょっとペースが速いかもしれんな。ただでさえ思ったより馬体重が減ってしまった状態だし、何だかイヤな予感がする。)

 善郎は厳しい表情でレースを見守った。

 3コーナーに差し掛かる頃、鴨宮君はそれまで外を走り続けていたライスフィールドを内に持っていこうとした。

 しかし、7番、8番の馬がすぐ内から伸びてきたため、もぐりこむことができなくなった。

(くっ、まずいな。作戦が狂った。このままでは外を走り続けることになる。そうなったら距離を損してしまう。でも内に入れない以上、こうするしかない。)

 結局彼は7、8番の2頭と並走する形でコーナーを曲がっていかざるを得ず、その分大回りをすることになった。

 そうしているうちにフシチョウは単騎で先頭に立ち、最後の直線に入った時には2番手に1馬身半の差をつけていた。

(さあ、行け!走る距離は長くなってしまったが、お前は1番人気なんだ。それに応えるぞ!)

 コーナーワークが響いて4番手まで下がってしまった状況の中、鴨宮君は終始外を走ったまま差し切る作戦に打って出ることにした。

 中段に待機していたソルジャーズレストとソングオブリベラは残り500mくらいからほぼ同時に一気にスパートをしていった。

 レースはそのまま順位が変動することなく、残りの距離だけが減っていく状況になった。

 残り200m。先頭はフシチョウで、リードは1馬身。しかし差が少しずつ縮まり始めていた。

 ライスフィールドはこの時点で3番手であり、差し切るためにはさらに一押しが必要な状況だった。

 ソルジャーズレストは内からスルスルと伸びていき、フシチョウを捉えそうな勢いだった。

 一方、ソングオブリベラは途中から伸びが止まり、少しずつ後退を開始してしまった。

(頑張れ、フィールド!1番人気に応えてくれ!)

 鴨宮君は懸命にムチを振るい、スパートをかけた。

 しかし夏バテによる馬体減のせいか、不良馬場のせいか、それとも距離ロスが響いたのか、前走までのような伸びは見られなかった。

 そしてなす術なく他馬に抜かれていき。順位を下げてしまった。

(これまでなのか…。)

 彼は残り50mの時点で、半ば勝負をあきらめざるを得なくなった。

 レースはゴール直前で先頭に立ったソルジャーズレストがそのままゴールし、2歳馬牝馬の重賞制覇第1号となった。

 直線途中まで先頭だったフシチョウは先頭からの差は2馬身半程度だったが、4着まで順位を下げてしまった。

 ライスフィールドはそれに続く形でクビ差の5着、ソングオブリベラは穴党の期待もむなしくシンガリ負けしてしまった。

「ライスーー!何で伸びなかった!」

「鴨宮、何やってたんだ!」

 引き上げ場に向かって直線を進んでいる鴨宮君の耳には、馬券を外してしまった人達のヤジが容赦なく突き刺さった。

(どういう理由があったとは言え、1番人気を裏切ってしまった…。はっきり言ってきついな、このヤジは…。)

 彼は心の中で湧き出てくる悔しさと闘いながら陣営の待つところに向かっていった。


 レース後、馬体をチェックしたところ、善郎達はライスフィールドがかなり疲れている状態になっていることを見抜いた。

 そのため陣営は美浦には戻らず、このままライスフィールドを野々森牧場に放牧に出すことを決断した。

 結果的にユーアーザギターは1頭で一足先に馬運車に乗り、美浦に戻っていくことになった。

 一方、善郎達は蓉子達に放牧に出すことを伝え、彼女達から了解を得た後、北海道に向かう馬運車にライスフィールドを乗せた。

 そして蓉子達に

「後はよろしくお願いします。じっくりとリフレッシュさせてやってください。」

 とお願いした。

「分かりました。ではゆっくりと休ませた後、10月はじめには厩舎に戻れるように調整します。それまでの間は、ライスパディーをよろしくお願いします。」

 蓉子はそう言うと、去っていく馬運車を見届け、競馬場を後にしていった。


 実力は確かにある。でも万全の状態で出走しなければこうなってしまう。

 善郎と道脇君は今回の結果を教訓に、改めて気合を入れ直しながら美浦へと戻っていった。


2歳8月の時点におけるライスフィールドの成績

3戦2勝

本賞金:1900万円

総賞金:4000万円


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